その3
ある夜のこと。
ベルスタ王国の外れにある山村で、悲劇が起こっていた。
「はっはっはっは! 人間ども、貴様等の“魔力”を全てもらうぞ! 悪く思うなよ」
村は、「魔族」と呼ばれる種族から襲撃を受けていた。高笑いした魔族は人間と同様の言語を用い、見た目もそう変わらず、一見するとただの青年にも見えた。だが彼らは“魔力”を食べることで生きる生物であった。そのため、魔族からすれば、人間の村を襲うことは単なる食事の一課程にすぎなかった。
魔族の一人が村人を押し倒し、頭に手をつけて“魔力”を吸い上げる。魔族の力は人間のそれを遙かに凌駕していた。人間たちには、まるで為す術がなかった。その様はさながら「狩り」のようであった。
「え……」
そんな阿鼻叫喚の光景を見て、少女はさっきまで取りに行っていた薪を全て落としてしまった。
「逃げろッ! 魔族が襲ってきたんだ、逃げるんだッ!」
それに気づいた中年の男が彼女に向かって叫んだが、直後、魔族の女が彼を襲う。
“魔力”を吸い取られた男は、力なくその場に倒れた。
少女は、それを見て声を漏らす。
「お、お父さん……!」
「に……げろ……。私たち人間には、それしか……」
少女の父親は、魔族の女に踏みつけられて絶命した。
少女は必死に駆けた。
自分たちよりも強大な存在・魔族。
それまで人間と関わることのなかった彼らが突如として人間たちを襲い始めたのは、数年前のことだった。
少女はよく聞かされていた。魔族に襲われたら、まず勝ち目がないと。立派な城壁と、ある程度の勢力なら撃退できる力のある王都に住めない以上は、そうならないように祈るしかないと。
だが、現実は甘くなかった。
少女は木々の立つ森を駆けながら、必死に逃げた。
魔族たちが追ってくる。
恐怖でおかしくなりそうだった。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
少女はそれだけ考えて、必死に逃げた。
しかし、現実は無情だった。
少女はあっという間に追いつめられ、魔族たちに囲まれた。
もう、終わりだと思った。
少女にはもう、目をつむって死ぬのを待つしかなかった。
「うおおおおッ!」
そこに、一人の青年が現れた。
青年は炎をまといながら、魔族の集団に突進をかました。
魔族たちが次々と燃えていくのを見て、それまで彼らを指揮していた魔族の男が、だるそうに言った。
「チイッ、こんな辺鄙な村に、魔法の心得がある人間がいたとはな」
「てめーら……とうとう俺たちの村を……許さねえっ! その子から離れろっ!」
火炎魔法を使う青年は必死に戦ったが、魔族の男には敵わなかった。実力の差は、歴然だった。
「くそっ……ここまでか……」
青年は膝をついた。
「いいや、悔しがるようなことじゃない。人間は魔族に“魔力”を提供する、家畜のようなものだからな。これが当然のことなのだよ。わかったら、とっととおっ死ね」
少女はそれをただ、見ているしかなかった。
悔しかった。
青年は唇を噛む。口の端から一筋の血が流れた。
自分たちがこんな理不尽に死ぬことが、「当然」だなんて。
少女は涙を流しながら、青年と同じように唇を噛んだ。
青年が魔族に足蹴にされている。きっと存分にいたぶった後、“魔力”を奪って殺すのだろう。
それを見てなお、少女は恐怖で動けなかった。
それが悔しくて、悔しくて、彼女は大声で泣いた。
力が欲しい。そう思った。
こいつらを倒せる力が欲しい。村をめちゃくちゃにした、この憎たらしい魔族を根絶やしにできるだけの、力が欲しい!
「ん……?」
青年を蹴りつけていた魔族の男は、異変に気がついてそれをやめた。
近くで倒れ込む少女の体が、蒼く輝いていたのだ。
「なんだ……!? 貴様も、魔法の使い手だったのか? なら、もうけものだ。それだけの“魔力”の持ち主なら、きっと三日は生きて――」
魔族の男は、そこで言葉を止めた。
青年がもうろうとした意識の中で見たのは、すでに真っ二つになって倒れる魔族の男と、蒼く輝く剣を持った、少女だった。
「ソ……ソルテス……お前……?」
「グランお兄ちゃん」
青年・グランは目をみはった。
瞳を蒼く輝かせる少女・ソルテスは、頬に伝う涙を払いもせずに言った。
「私は、魔王を倒して、魔族を滅ぼす! お父さんたちを殺したあいつらを、一匹残らず根絶やしにしてやるッ!」
こうして、二人の旅が始まった。




