その11(終)
「えっ……」
起きあがったミランダが、思わず言った。
これまで想像したこともない光景が、目の前に広がっていた。
ロバートの体に、剣が突き刺さって――。
体から、血がどろどろと垂れている。
彼の胸を貫いた刀身には、べっとりとその血が付着していた。
「ちっ……お前じゃねえ。いったいどうやって今の一瞬で移動して来やがった」
グランは面倒そうに言うと、剣を引き抜いて彼を蹴りとばした。
体がら血が吹き出て、ロバートは力なく倒れた。
「えっ、なんだよ、これ……」
ミランダは、声を震わせた。
グランはもう一度剣を彼女へと向けたが、すぐに電撃を散らしながらマヤが現れ、それを阻んだ。
「シェリルさん、すぐに回復を!」
マヤは「翼」を生やし、つばぜり合いをしている状態のまま、グランを宙に連れて行った。
シェリルは、倒れたロバートにすぐさま回復魔法をかける。
ミランダはそこでようやくはっとして、その体にかけよって叫んだ。
「ロバート! ロバートしっかりしろ!」
だがシェリルは、回復をやめた。
「おいシェリル、何やってんだ! 続けろ!」
シェリルの顔は蒼白していた。
「どういうこと……? “魔力”を、感じません。心臓を貫かれていても、“魔力”が全て放出されるまでは時間がかかるのに……。も、もう……ロバートさんは……」
ロバートの胸部から、血がどろどろとあふれ出てくる。
ミランダは必死に、それを止めようと試みる。
彼の体はぴくりともしない。
「バカ言ってんじゃないよ! いいから続けろ! おいロバート、ふざけんな! ふざけんじゃねえぞっ! 起きろ、起きろおっ!!」
「無駄だ」
空中でマヤとつばぜり合いを続けていたグランは、ふっと姿を消した。
「この剣は、ソルテスの『ゼロ』を使って何ヶ月もかけて構築したものだ。刺さったら最後、一瞬で生命力を抜き尽くす。一撃必殺って奴だな。まあ、一人分で使い物にならなくなるが。さあどうする、勇者」
「ロバートさん!」
ものすごい形相をして、ハヤトがミランダたちの元へとやってきた。
「シェリルさん、回復は!?」
「今、あるだけの力でやっています……でも……」
「そんなっ!」
ロバートの顔を見やる。
生気がない。それどころか、顔も真っ青になっており、もう死んでから何時間も経ったのではとすら思えた。
ハヤトの顔は絶望にひきつった。
あっては、ならないことだ。
「剣よ、『蒼きつるぎ』よ! 出ろ、出てくれ! 今ならきっと、こんなダメージ『破壊』できるんだ! 出やがれちくしょうっ!」
グランはそんな彼を見つつも、背を向けて言った。
「ターゲットは変わっちまったが、終わったぞ。ソルテス」
「ありがとう、グラン」
部屋の中央に、紅い髪の魔王が現れた。
「ソルテス!」
コリンが攻撃を試みたが、ソルテスは指をちょい、と持ち上げた。それだけで、コリンの体は壁へと叩きつけられていった。
ハヤトは、立ち上がって声を上げた。
「ユイっ! 『蒼きつるぎ』の力を、返してくれッ! 今ならまだ間に合うかもしれないんだっ!」
ソルテスは目を細め、ふうと息を吐いた。
「まだわからないの、勇者。『冒険』はもう、終わったの。勇者と魔王は、殺し合うんだよ。私たちの未来は、殺し合いしかないって、言ったよね。それと……『つるぎ』の力が戻ったところで、その男は生き返らない。その男は、私たちが殺した」
ハヤトの目元から、涙がこぼれる。
「なんなんだよ……ワケがわかんねえよ! どうしてこんなことをする必要があるんだっ! 答えろ、ユイッ!」
「――失った全てを、取り戻すため。憎むなら憎め。私はソルテス。魔王、ソルテスだ……。ここでお前ら全員を、殺す」
ソルテスは手を上方へ掲げ、「紅きやいば」を呼び出す。
彼女の瞳が紅く輝き、体全体へと広がる。
同時に、彼女を囲むようにして、何人かの男女が現れた。
「なあ、まだ俺は誰も殺してねえぞ」
巨漢、ミハイル・テツナーが腕を組む。
「あなた、何も理解してませんのね。これだから野蛮人は」
ウェーブのかかった長髪の魔術師、レジーナ・アバネイルが薄く笑う。
「会いたかったぜハヤト。君をブッ殺すのを、ずっと楽しみにしていた。この傷を見ながら、毎日心待ちにしていたよ」
緑髪の剣士、リブレ・ラーソンが頬に刻まれた傷をそっと撫でる。
「ロバートは死んだようだね。残念だ、僕が殺せなくて。さあハヤト、最後のカードを切るなら早くしなよ」
傷だらけのビンス・マクブライトがほほえむ。
「俺たちは」
最後にグラン・グリーンが先頭に立った。
「俺たち魔王軍は、世界を破壊する。そして全てを、取り戻す! ハヤト、お前たちにはそのための礎になってもらう!」
「てめえら……」
ハヤトの中で、ぷつん、と何かがはじけた。
「てめえらああああああっ!!」
彼の体に、輝く亀裂が走る。
ソルテスは、それを見てにやりと笑った。
「よくも! よくもロバートさんを! お前らだけは、絶対に許さねえ! お前らがそのつもりなら……殺してやる。一人残らず殺してやるぞ!」
「ハヤト君!」
「ハヤトさん!」
「ハヤトっ!」
仲間の声は、もはや彼には届かない。
ハヤトの体に刻まれた亀裂から、紅い“魔力”が吹き出した。
ビンスがそれを見て口角を上げた。
「殻が、破れたねえ」
ハヤトは悲鳴に近い叫び声を上げながら、体中からこみ上げる力を全て解放する。
彼の体を突き破るようにして、紅い大剣が姿を現した。
ハヤトは、それを両手に取って、大きく振りかぶった。
「ソルテエエエエスッ!」
「来るぞ! 全員、タイミングを逃すなよ!」
グランが指示を出すと、魔王軍一行は、手を広げて“魔力”を展開する。
「来い、『レッド・ゼロ』。俺たちの世界を破壊した悪魔よ!」
「おおおおおおおおッ!!」
ハヤトが剣を振り切ろうとした、その時であった。
「――全く、つまらない展開ね。全部予定調和じゃない」
一人の少女が、彼の目の前に立った。
マヤが、声を上げた。
「ルーちゃん!?」
ビンスが目を見開いた。
「来た……!」
ルーは、意地悪げににやけながらハヤトに抱きつき、魔王軍に向かって言った。
「悪いけどこの子、しばらく預かるから。ここからは予想のできないゲームになるわよ。せいぜい楽しんで、にせ魔王軍のみなさん」
グランがその声を聞いて、血相を変えた。
「貴様……まさか!?」
「おおおおおおおおおッ!!」
ハヤトの叫びと共に紅い輝きが、部屋を包んでゆく。
十字を象った“魔力”の塊が、広がっていった。
針のようにして真上に突きだした塊の上部が、塔の頂上に浮いていた宝玉を破壊する。
そして、そびえ立つ塔が、割られるようにして切り裂かれた。
部屋全体がぐらりと揺れたところで、ハヤトの意識は失われた。




