その9
グランの腕を取ったマヤは、勢いのまま床へと転がった。
「兄さん!」
「またお前か……。どうやらミハイルのバカをやり過ごしたらしいな」
彼女の手をどけたグランは宙に浮き、続けて部屋に入ってきた勇者一行を見据えた。その顔めがけ、薄い緑色に輝く「矢」が飛ぶ。
「てめえ、うちのミランダになんてことをしてくれやがったんだ!」
ロバートは「矢」を連射する。
グランはそれを受け止めようとしたが、矢が目の前で分裂するのを見て、すぐさま地上へと降りてかわした。
「『ブレイク』能力か……?」
グランは走りながら飛び回り、それらを避け続ける。
その間に、シェリルとハヤトがミランダの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、ミランダさん!」
シェリルが回復魔法をかけ始める。
傷だらけのミランダは、弱々しく笑った。
「へっ、かっこ悪いところ見せちまったね……。でも、アタシのことよりも、あいつに集中したほうがいい。ハヤト、『蒼きつるぎ』は?」
「まだダメです。ビンスに会うことはできたんですが……」
「くっそ、ヤバいね……。注意してくれ、あいつの能力はアンバーが言ってた内容とはまるで違うみたいだよ」
「どういうことです?」
「あの男は消えない炎の魔法を使うわ」
同じく駆け寄ってきたコリンが言った。
ハヤトは首をかしげる。
「炎……? あいつの得意魔法は、マヤと同じ電撃だったはずだろ」
「でも、それが事実。原理はわからないけれど、一瞬にしてミランダの体を炎に包んだの」
「ああ。あいつが使っているのは火炎魔法だ。でも、使う瞬間が全く見えねえ。気づいたら燃やされてたんだ」
「どういうことだ……?」
「確かに兄さんが得意なのは電撃魔法よ。でも『ブレイク』の力で先天属性が変わったのかもしれないわ」
紫電を手に取るマヤが“魔力”を練り、周囲に電撃を発生させた。
「どちらにせよ私は、兄さんの記憶を取り戻す!」
「よし、やろうマヤ! ミハイルたちがここにくる前に、とにかく全員でグランを戦闘不能にするんだ!」
ハヤトは「剛刃」を発動させ、マヤとともに走っていった。
「その『矢』はお前に当たるまで飛び続けるぜ! 絶対必中だ! お前はもう、逃れられねえ!」
ロバートはさらに「矢」を放つ。
グランは分裂を続けながら全方向から向かってくる矢をよけきれず、何本かが右足に突き刺さった。
「ちっ!」
突き刺さった「矢」がさらに枝分かれするようにして彼の右足全体に刺さる。
ロバートが叫んだ。
「今だ、頼むぞみんな! きっとこの『矢』はみんなには当たらねえようになってるっ!」
マヤが火花を散らしながら加速する。コリンは、「糸」を編み込んで大きな手を作りだし、ハヤトを投げ飛ばした。
「兄さん……目を覚まして! 『ヴォルテクス・ブレード』!」
マヤは巨大な雷をまとった紫電を、グランに向けて振り切った。ドン、ドンと続けざまに電撃が放出され、彼を襲う。
「記憶さえ、元に戻ればっ! おおおおっ! 『剛刃破斬』!」
立て続けにハヤトが、“魔力”で具現化した大剣を叩きつける。「蒼きつるぎ」には及ばずとも、大きな“魔力”の爆発が起こり、辺りに煙が立ちこめた。
「こいつでトドメだ! いくぜえええっ!」
ロバートが“魔力”を込め、先ほどまでよりもより大きな「矢」を生成して放った。矢は曲線を描きながら分裂し、次々とグランの元へと飛んで行った。
「ん……!?」
この時ロバートは、言いようもない違和感を感じた。




