その6
「……まったく、ふざけた男だ」
部屋に轟音が響いてからしばらくして、倒れていたビンスがよろよろと立ち上がった。
右腕部分から肩にかけてがなくなっていた。
彼の表情は、怒りに満ちていた。
「魔法を撃つ瞬間に、障壁を展開してはね返すだなんて……お前に、そんな芸当ができたとはな」
ビンスは対峙する相手をにらみつける。
ロバートは、膝をつきながらも起きあがっていた。
魔法でのダメージはほぼなかったようだった。
「ビンス、お前……俺の魔法のことをいつもバカにしてたよな……? それが、仇になったんだよ……。ハードなしごきに耐えたかいがあったぜ」
残る手がなかったロバートは、この瞬間を狙っていた。
彼の“魔力”もまた、秋の里での修行で何段階もレベルアップしている。
しかし、ミランダと同様にそれを見せなかった。
もちろん、うまくいくとは思っていなかった。自分の障壁が、ビンスの魔法に耐えられる確証などなかった。
それでもロバートは、諦めなかった。
その不気味さがビンスの判断を鈍らせ、彼を目の前で抹殺しようという考えに至らせたのだ。
まさに死中に活を見いだした、ロバートのファインプレーであった。
「だが、状況は何も変わっていないぞ!」
ビンスは片腕で「ドール」を動かし、彼を起きあがらせて空中に吊した。
「お前は僕を完全に怒らせてしまった……! もう絶対に許さない! 失われた世界の魔王や『ゼロ』のことなんてもうどうでもいい! 僕は世界以上に、お前を完全に破壊してやりたい!」
「……ビンス、一体何を言っている……?」
「ソルテスも、どうしてこんな手段を選んだのだろう。本当にくだらない! こんな奴、初っぱなに殺してしまえばよかったんだ! あのハヤトだってそうだ! どうして僕らがわざわざ、こうまでして、こいつらの旅をお膳立てしてやらなきゃならないんだっ!」
ビンスは自分の腕を修復しながら、まくしたてた。
すでに彼の左手には、さっきまでよりも大きな“魔力”が集まっていた。
「今度こそ死ね、ロバートッ!」
「ロバートさんっ!」
磔にされたロバートは、思った。
ここまでの戦力差がありながら、一矢、たったの一矢だが報いることができた。
自分は、よくやったと思う。
ミランダ、これでもういいんじゃないか?
後はお前に任せて、行ってしまってもいいんじゃないか?
かつての戦友たちの顔が浮かぶ。
自分のミスで死なせてしまったホーク。あっちに行ったら謝ろう。
自分なんかを庇って死んでいったデュラン。酒でも一杯おごろう。
結局告白できないまま死に別れた、シャルロット。勇気を出して気持ちを伝えてみようか。
みんなが、待っている。
『簡単に、諦めるんじゃねえッ!』
ミランダ、すまん。もう無理だ。俺はやれるだけやった。
お前を守るために、戦い切った。
『あんたは、いつもそうなんだね。ただ見ている。見て、くれている……』
そうなんだよミランダ。結局俺には、それしかできないんだ。
ミランダの顔が浮かんだ。
『でも、アンタはそれで、悔しくないのかい?』
息が苦しい。
出血が止まらない。
涙があふれてきた。
あふれて、止まらなかった。
悔しい。
ミランダのために命を捨てた?
もう、自分は一度死んでいる?
そんな事を言って、自分を押さえつけていたような気がする。
悔しいさ。
戦友に裏切られ、そして彼に何も制裁を加えられず、かと言って何も伝えられず、のたれ死に。
大切な人も守れないで、ただ一人、消えてなくなる。
そんなのは……。
「そんなのは、嫌だ……!」
「食らえーーーッ!」
ビンスが攻撃を加えようとした、まさにその時だった。
ものすごい音と共に、天井が崩れ落ちて来た。
思わず、ロバートは上を見た。
そこには、見たこともない屈強な男が一人。
そして。
勇者ハヤトとマヤが、彼の元に落ちて来た。
ロバートがそれを目視した瞬間、彼の体に輝く亀裂が入った。
彼はすがるように、しゃがれ声で言った。
「ハヤト君……! 俺は嫌だ! こんなところで、終わりたくねえっ!! だから……力をくれっ!」
ハヤトは、その肩を掴む。
ロバートの体を、「蒼きつるぎ」が貫いた。




