その5
炎に包まれたミランダは地面に倒れ込み、声を上げてその場に転がった。
「ぐああああッ!」
「ミランダ!」
コリンがかけより、バッグに入っていた外套で彼女をはたいた。
ミランダはがなりたてるように叫んだ。
「戦闘中だ! 奴の追撃に備えろッ!」
「で、でもっ!」
しかし当のグランは、腕を組んだままそれを見ている。
彼は後ろを向いて言った。
「別にいいよ。その炎、どうやっても消えねえから。そいつが死ぬまで消火作業、がんばれ」
コリンはその後ろ姿をにらみつつも、必死に外套で彼女の体についた火を消そうと試みる。
だが、彼の言う通り、炎は消える気配すら見せない。風が当たっているはずなのだが、それに影響されてゆらめいたりしないのである。
消すどころか、外套に炎が燃え移ってしまい、コリンはそれを投げ捨てた。
普通の魔法ではない。
ミランダは体を焼かれる苦しみに耐えながら、地面を叩いた。
奴の魔法が出る瞬間を逃したのか。
それとも、時限装置がある罠のような魔法だったのか。
どちらにせよ、してやられてしまった。
こうなってしまっては、もう能力を使わなければ命が危ない。
幸い、グランは今、後ろを向いている。
「どうやっても消えねえ」炎とやらの力を信じて、油断しているのだ。
今だ。今しかない。
今できる、全ての力を込めて攻撃するしかない。
ミランダは痛みをこらえながら、足に力を込める。
体が光り、「白銀の鎧」が炎を吹き飛ばしながら彼女の体に装着される。
ほぼ同時に、地面を蹴って猛烈な勢いで突進した。
「おおおおおおッ!」
一瞬にして距離が詰まる。
ミランダの槍が、グランの背中を捉えた。
「ぐっ……」
ロバートは、折れた弓を地面に突き立てながらなんとか立ち上がった。
その顔は腫れに腫れ、もはや元の顔がわからないような状態になっていた。
息は荒く、地面には彼の血しぶきが滴っていた。
「おいおいロバート、もう息切れかい? そんな体たらくでよくもまあ、ミランダを助けるだなんて大見得切ったもんだね」
彼の目の前には、大笑いしながら彼を見るビンスがいた。すぐ隣にはドレスを着た「ドール」が控えている。その腕には、ロバートの血液が大量に付着していた。
「へっ……助けるどころか嫌われっぱなしのお前に言われたくねえ、よ」
ロバートは途切れ途切れに言った。
「ロバートさん、逃げてっ!」
すぐ近くに、シェリルが立っている。周囲には半透明の障壁が展開され、彼女を閉じこめていた。
ビンスはそれを聞いて、表情を変えずに言った。
「巨乳のお姉さん。僕もね、そこが見たいんだよ。傭兵時代から正義漢気取りのこの男がさあ、仲間を見捨てて、しっぽを巻いて情けなく逃げるところ。なあロバート。きみ、状況分かってる? このままだと、間違いなく死ぬんだぜ? それとも『ブレイク』の加護を受けていない奴が、僕に勝てるとでも思ってる? だから早く逃げよう。逃げちまおう。そんな安っぽいプライドなんて捨てちまおう」
「黙れ……よ」
ロバートは、腰にくくり付けていた直刃の短剣を抜いた。
「ビンス……お前は、うちの姉御が絶対に許さねえってさ。だから、俺もだ。俺もお前を許さない。世界の危機がどうだとか、『蒼きつるぎ』がどうだとか、そんなのはどうだっていい。お前は俺たちをだましたんだ。だから、ぶっ飛ばす。それだけだ!」
ビンスは黙ったまま、人差し指をくいとたてた。
「ドール」が彼の元へと移動し、容赦なく殴り始めた。
「痛い? 逃げないと、続くよ」
しかしロバートは、それを食らいながらもビンスの元へと走る。
ロバートには、わかっていた。
パーティが分断された状態で魔王軍と出会ってしまった以上、彼らの狙いははっきりとしている。
彼らは確実にここで、自分たちを殺そうとしている。
これまで彼らはなぜか、ハヤトを始めとした自分たち勇者一行に対し、戦力を分散させ、あえて手を抜いて戦いを挑んできていたようだった。
きっと彼らには何か目的があったのだ。
それが一体どういった事柄なのかはわからないが、おそらくは、その目的を達しつつあるのであろう。だからこそ、彼らは容赦なく自分たちを殺しに来ている。
ビンスは逃げろ逃げろと言っているが、おそらく逃げ切ることはできない。進んだ先に障壁や罠が張られている可能性が高い。ビンスはそういうことに抜け目のないというか、むしろそういう部分に力を注ぐ男だ。
この戦いは、もはや詰んでいるのかもしれない。
それでも、できることはある。
混濁した意識の中で、ロバートはそう考えていた。
自分の体が、ダメージで動かなくなりつつある。
それでも。
『簡単に、諦めるんじゃねえ!』
従姉妹の言葉が、彼を動かしていた。
「おらああああっ!」
ロバートは「ドール」を押しのけながら、ビンスの元へと向かう。彼はそれを見ても微動だにしない。
それもそのはず、彼の周りには強力な「障壁」が取り囲んでいる。
剣を突き立てたロバートだったが、その“魔力”の壁が無情にもそれをまっぷたつに折った。
ビンスはにこりと笑う。
「ワンパターンだね。僕の障壁は何度も何度も見せたはずだけど。もう逃げる気力すら失っちゃったのかい?」
「諦めねえ……俺は絶対に諦めねえぞっ!」
「そんな思考停止の根性論で僕に挑もうなんて、本当に笑えないなあ」
ビンスが指を弾くと、「ドール」がすぐさま彼を拘束する。
「ロバート、君は本当に頑固でどうしようもないね。どうやら死ぬしかなさそうだよ」
彼はいいながら、「ドール」をけしかけて殴らせる。
ロバートはその場に仰向けになって倒れた。
「はあ、はあ……」
「ロバートさん! ロバートさんっ!」
シェリルが必死に叫ぶ。
彼女は自分を隔離している障壁を壊そうと、必死に“魔力”を練っている。
だが、ビンスの作る障壁は非常に強固なもので、反応すら示さない。
ビンスはロバートの頭を蹴りつけ、腹を踏みつける。
彼の手に“魔力”が集中する。
「じゃあ、そろそろ死んでもらおうか。じゃあね、ロバート。君といた傭兵時代は、本当に楽しかった」
ビンスが魔法を撃とうと試みたその時。
ロバートは出せる力全てを振り絞って起き上がり、その腕を抱き抱えるようにして掴んだ。




