その3
ミランダとコリンは、通路を駆けていた。
分かれ道になっているところからリザードマンが現れるのを見て、ミランダが舌打ちする。
「任せて」
後ろのコリンが、手に“魔力”を集めると、リザードマンの立っている場所周辺に彼女の「糸」の能力が発現し、敵を壁へと拘束した。
「よっしゃ! 急ぐよコリン!」
「わかってる」
つい先ほどまでだらだらと歩いていた二人であったが、状況が変わった。
自分たちが進む方角から、落雷のような音が聞こえたのだ。
「あれは、マヤが魔法をぶっぱなす時の音だよ! それもかなりの大技! きっとマヤが、魔王軍にかちあっちまったんだ!」
マヤが誰といるのかはわからないが、ここに来る時の彼女はかなり憔悴していた。そこを魔王軍にねらわれたのかもしれない。
一刻も早く、彼女と合流せねば。
走っていくと、再び分かれ道が現れた。
今度はT字路になっており、敵がいるかどうかの判断もつかない。
「二択は得意だよ! 右だ!」
ミランダが右側に走り込む。
敵はおらず、通路が続いていた。
「よし! このまま突っ走――」
そこまで言ったところで、彼女の足が止まった。
全力で後ろを走っていたコリンは、ミランダの背中にぶつかった。
「ちょっと!」
抗議するコリンだったが、返事が返ってこない。
代わりに、ミランダはコリンの手を掴んだ。
「やべええっ! 戻るぞお!」
コリンは見た。自分たちが進もうとしていた道が、がらがらと崩れてきていた。
壁が崩れた先には青空が広がり、下方にちらりと海のようなものが見えた。
落ちたら、命はない。
二人は全速力でさっきと別の道を走り抜ける。直後、道が崩れていく。
先からリザードマンが三体ほど、見えてくる。
ミランダは舌打ちした。
「あーもう、こう言うときに限って! コリン、さっきの奴出せ!」
「三体は無理! あと一体をなんとかして!」
コリンが汗を流しながら指を動かすと、二体を壁に拘束する。
残った一体はこちらに突進しようとしたが、ミランダのドロップキックがその顔をとらえた。
「お前らの見せ場はないッ!」
着地と同時に、飛び出すようにしてダッシュを再開するミランダ。
拘束された二体と、ミランダに蹴られた一体は、道の崩壊と共に地面へと投げ出されていった。
二人は走る。とにかく走る。狂ったように前へ進んでいく。
次に現れたのは十字路。
だが、自分たちが走っている方向の道を除いて、道が崩れていくのが見える。
「このまま、まっすぐだ! 突っ走れ!」
と、絶叫したミランダだったが、自分の目の前の道も、がらがらと崩れていくのを見てさらに大きな声を上げた。
「だあああああッ! どうすりゃいいんだよッ!」
「ミランダ、上ッ!」
今度はコリンが叫ぶ。
崩れた道のさらに上方に、階段が見える。
届くかどうか、ぎりぎりの高さである。
「行くしかねえ! コリン、覚悟を決めろおッ!」
「とっくに、できてるッ!」
女は、度胸だ。
ミランダが地面をぐっとふみつけ、大きくジャンプする。ほぼ同時に、コリンも飛ぶ。
彼女たちが走っていた道が、全て崩れた。
ミランダは必死に、上方の階段に手をのばす。
だが、届かない。
「ちっくしょっ……!」
「まだよ!」
コリンが顔の前で、腕を交差させる。
「届けえッ!」
彼女が腕を開くと、“魔力”の糸が連なり、鎖へと変わった。
鎖は勢いよく階段の天井に突き刺さり、彼女らを上方へと導いた。
「はあ、はあ。死ぬかと思った……」
階段に寝そべり、息も絶え絶えのミランダが言う。コリンも腰をおろして、呼吸を整えている。
ミランダは起きあがって、コリンに手を差し出した。
「助かったぜ、コリン。……あんたさ、アタシの名前覚えてたんだな」
「あなたこそ」
手をとる二人は小さく笑みを交わしたが、立ち上がると、すぐに顔つきを変えた。
「この階段……怪しいと思わないかい」
「ええ。最後の最後に、突然現れたように見えた。都合がよすぎる」
「罠かもしれないね……。ま、ビンスの奴に当たるんなら、それはそれでいいんだけどさ」
二人が階段を登り切ると、開けた部屋に出た。
周囲には扉が見える。ほかの通路からも来られる場所のようだ。
空間は、やはり奇妙なほど広い。
「ビンス! いるなら、出てきやがれ!」
ミランダが声を上げた瞬間、正面の扉が開いた。
二人は、目を見開いた。
「たどり着いたか……。能力者二人なら、当然かもしれんがな」
グラン・グリーンが、そこにはいた。




