その1
第3話は、物語の全容について少しばかり掘り下げる内容です。
「うーむ」
隼人はベッドの上で、難しい顔をしながらうなっていた。手にはゲーム機が握られている。
「ベスドラ」のダンジョンは、相変わらず進行していない。ボスが待ちかまえる部屋の、鋼鉄の扉は開かないままである。
バグだろうか? 隼人はエンカウントを起こしたり、セーブしてやり直したりして試行錯誤したが、やがてゲーム機の電源を切った。
「唯、いるか?」
隼人は唯の部屋をノックした。明るい声が返ってきた。
「なーに?」
「『ベスドラ』のダンジョンがよう……完全に詰まっちまった。見てくれよ」
「ダメだよ」
唯は扉をあけた。
「ダンジョンくらい、自分でクリアしなくちゃ」
「そこをなんとか。話が気になって仕方ないんだよ」
「じゃあお兄ちゃん、ちょっとファミブまで付き合って? ゲームとCDを見に行きたいの」
唯は扉から鞄を出して見せた。隼人は肩をすくめる。
「なんだ、外に出るつもりなのか? 母さんに見つかったら怒られるぞ」
「ちょっとくらいなら大丈夫だよ。お医者さんもたまには外に出て日に当たれって言ってるし」
隼人は腕を組んだ。
「しゃあねえな」
「やりぃ!」
隼人は自転車を車庫から出して、唯を後ろに乗せて走りだした。
自転車が砂利道に入り、がたがたと揺れる。
「大丈夫か?」
「もう、心配しすぎだよ。ちょっと揺れたくらいで死ぬわけじゃないんだから」
「言ったな、この」
隼人は自転車を立って思い切りペダルをこいだ。
スピードが上がり、唯がわあわあと騒ぐ。
二人の乗る自転車は川沿いの土手に出た。
「いい天気だな」
「うん」
「……病気は、どうなんだ? 大丈夫か?」
唯は隼人の腹に腕をからめた。
「自分でも、わからない。たまに、私の病気なんてうそっぱちで、本当はなんともないんじゃないかとすら思う」
「そりゃ、よくなってる証拠だろ」
唯は隼人の背中に顔をおしつけ、首を振った。
「ううん。病院で検査するとわかるの」
「……でも、前みたいに、治るさ」
唯は答えなかった。
ゲームとCDを物色したのち、二人は本屋をあとにした。
けっきょく、何も買わなかった。
自転車は土手を走る。
川はゆっくりと、小さな音をたてて流れている。
「あっ」
唯が指を指す。遠目に黒い煙が立ち上っているのが見えた。
「なんだ、火事かな? うちじゃねえよな」
「ううん、違うよ。別の家」
唯は少し笑いながら言った。
隼人は眉間にしわをよせた。
「おい、笑っちゃだめだ。他人の不幸を笑っちゃいけない」
「お兄ちゃんって、まじめだよね」
「まじめとか、まじめじゃないとか、そういう問題じゃねえ。他人には他人の生活があるんだよ。きっとあれが火事だったら、その家の人たちはすっげー悲しむよな? だからそれを笑っちゃいけないんだよ」
「そういうのをまじめっていうの」
唯はまた、隼人の背中にべったりとくっついた。
「おいっ、こぎにくいだろ」
「ふふっ、まじめ、まじめ!……でも、そんなお兄ちゃんが、好き」
隼人は無言になる。
「どうして何も言わないの?」
「……兄妹に言ってもしょうがねえだろ、そんなこと」
「私たち、血のつながりはないんだよ。だから……好きって言えるんだ」
隼人は自転車をこぐスピードを早めた。
「お兄ちゃん」
唯が言う。
「お兄ちゃん」
隼人は答えない。
「お兄ちゃん、楽しくやろうね」
「ん? 何を?」
隼人は思わず後ろを見る。
赤い髪の少女が、乗っていた。隼人は声をあげた。
「お、お前は!?」
「『冒険』」
隼人は頭を抱える。
そうだ、俺はなぜ、こんなところにいる?
どうして何気なく時間を過ごしてしまった?
もっとやることがあったろう!?
「唯っ! お前は!」
「それじゃあね」
光があふれた。