その1
春、夏、秋、冬。
四つの気候を持つザイド大陸の中心には、非常に濃い霧のかかった地帯が存在する。
各地に散らばった四精霊がかつて一体の魔神であったころ、その中枢を司る部分を封印したとされるのが、この「ザイドの聖域」である。
バドルに乗るハヤトたちは、目の前に立ちこめる霧を見据えていた。
「なんつう、みょうな光景だ」
ロバートがつばを飲む。
自分のいる場所から数歩先を、目視することができない。
ミランダも神妙そうに言う。
「疎いアタシでもわかる。なんというかこれは、“魔力”に近いものを感じるね」
シェリルが頷く。
「そうです。これらはすべて“魔力”の霧です。精霊の加護がなければ、永遠にここをさまようことになり、聖域の内部に入ることはできません」
「すごいヘンな“魔力”なの。ルー、なんだかおかしくなりそうなの」
「でも、ここを進んで行かなきゃならない。だよな、ハヤト君」
ロバートに言われて、最後尾のハヤトが頷く。
彼の顔はこわばり、脂汗をかいていた。
「ええ。この先に魔王軍がいるのは間違いないでしょう。あいつらを止めるためにも、春の都を元に戻すためにも。行かなきゃ、この霧の中を」
でも。
ハヤトは、自分の手を見た。
ビンスから受けた、妙な魔法。
あれを受けてから、ハヤトは突如として「蒼きつるぎ」を出すことができなくなった。
春の都の争乱はなんとか収まったものの、都は精霊の神木が抜かれたことによってか気候が変化し、陽気さを失って突如として寒波が襲っている。また、町そのものもそれなりの被害を受けた。
しかしそれより深刻なのは、魔王軍に対抗するための大きな戦力である「つるぎ」が使えなくなったことである。勇者一行からすれば、主力を失った状態で聖域への道に臨むことになる。
そして。
ハヤトは、自分の後ろのマヤを見やる。
彼女はすっかり生気を失った表情で、地面を見つめていた。
マヤは先日の戦いから、ずっとこの状態である。
誰が何を言っても、返事はするものの心ここにあらずといった具合だ。
それだけ彼女は、心に深いダメージを負っていた。
「折れるな」というハヤトの言葉は、届かなかった。
だが、もし自分が同じ立場だったらと思うと、ハヤトは彼女を無理矢理にでも奮い立たせようなどという気にはなれなかった。
「大丈夫だよ、ハヤト」
ミランダが言った。
「ビンスの奴をとっつかまえれば『蒼きつるぎ』は取り戻せるんだし、アタシらの能力もある。こないだは遅れをとったけど、あいつらには能力を一切見せなかった。アタシが一発で、決めてやるからさ。あんたは勇者らしく、どっしり構えてな。マヤもじきに元に戻るさ」
「ルーもいるの」
「その二人だけじゃ不安。ハヤト、私を使って。絶対に春の都を元に戻したい。あの能力、すこしずつだけど、やり方がわかってきたから」
「……ま、俺とシェリルさんは『ブレイク』してないけど、補佐くらいはできるはずさ」
「シェリルはいいとしてロバート、あんたは足引っ張るなよ」
「ちくしょう、どうして俺だけそういう扱いなんだよ! でも言い返せねえ!」
ハヤトは頷いた。
状況は、確かに悪いかもしれない。
だが、今の自分には頼りになる仲間たちがいる。
「ああ。行こう、みんな」
一行は、霧の中へと入っていった。




