その12
「やあ」
周囲に民家もない、町の外れ。
腕を組むビンスが、まるで待合わせをしていた友人の到着を迎えるかのように、静かに言った。
先ほどドラゴンが落ちたはずだが、とくに被害を受けた様子はない。
ドラゴンの死体も、なぜか見当たらなかった。
「ビンス……!」
ハヤトは迷うことなく剣を抜く。
ビンスはおおげさに拍手をした。
「おおハヤト、ハヤト。すっかり勇者さまの顔つきだねえ。元気そうで何よりだ。せっかちさんは治ったのかい?」
ハヤトは挑発に乗らず、コリンに目配せする。彼女はビンスをにらみつつも、小さく頷く。
ビンスはそれを見てぱっと笑顔になった。
「かわいい子だね。そのお嬢さんを紹介してくれない」
か、と言い終わるまでの一瞬の間に、ハヤトが剣の届く間合いまで踏み込む。
ビンスは特に対応することもなく、彼の周囲を取り巻く障壁が斬撃を防いだ。
「やっぱり、せっかちさんは治っていないらしい」
ね、と言い切る前に、ハヤトが宙を蹴って上空に飛ぶ。
後ろにいたコリンが、指をきりきりと動かす。
地面が弾け、ビンスに彼女の能力が襲いかかったが、彼が手を広げると彼の両横に二体の「ドール」が現れた。
「ドール」の服に幾筋もの傷がつくのを見て、ビンスは背後にステップする。
「ドール」二体は、彼がいた場所へと押しつけられ、はちきれるようにしてバラバラに切り刻まれた。
「なるほど、見えない“魔力”の糸、と言ったところか。なかなかいい『ブレイク』能力だね」
コリンの表情が険しくなる。
たった一回の攻撃で、力を見抜かれてしまった。
「そうなると……『ブレイク』は三、四回ということになるね。ハヤト、体に何か異変は? 『蒼きつるぎ』は大丈夫かい?」
「よけいなお世話だっ!」
ハヤトがビンスの背後から襲いかかる。
ビンスの障壁が、剣をはじく。
「でもハヤト、どうしてさっきから『蒼きつるぎ』を出さないんだい? 早くしろって。チャンスを逃しちゃうんじゃないのかい?」
ハヤトは、攻めあぐねていた。
アンバーが話したように、魔王軍と「蒼きつるぎ」には、何か隠された大きな関わりがあるのは間違いない。
ビンスの口振りが、ただただ不気味だった。だからこそ、ドラゴンが見えた際にもすぐには「蒼きつるぎ」が出せなかった。
町の方から大きな爆発音が聞こえる。
戦いは優勢だが、まだ被害が出続けているらしい。
ハヤトがそれに反応している隙を突き、ビンスは「ドール」を二体召還して彼の腕をつかませた。
「ハヤト。手を抜いていると、死ぬことになるよ。もちろん君も。そしてあの金髪のお嬢ちゃんも、ミランダも、ロバートも。そこのかわいい子も。ルドルフ・ザイドも。ザイド・スプリングに住む人すべてが、死ぬことになるよ」
「ハヤトッ!」
コリンが腕を外にふる。
しかし、ビンスは動かない。
「お嬢ちゃん。ここからその能力で僕を攻撃したら、ハヤトも巻き添えを食うんじゃないのかい?」
「ぐっ……!」
ハヤトは悟った。やはり戦いにおいては魔王軍が一枚上手だ。
このままでは、勝つことはできない。
「……どうしてお前たちはこんなことをするんだ。お前たちは以前、ここを魔族の襲撃から守ったんじゃないのか! なのに!」
そして、許せなかった。
ソルテスを信じていた、ルドルフ王。
そして、シェリル、コリン、ザイドの人々。
きっとみんなが、彼女を信じていたはずだった。
「ああ、ハヤト。もう打つ手がないんだね。そんな打算もくそもない、ただのつまらない疑問を僕に向けてくるなんて。悲しいな」
ビンスが残念そうに言った。
ハヤトも奥歯を噛んだが、ビンスから返ってきた答えは意外なものだった。
「……でも、あの少女のことを教えてくれれば、少し譲歩してあげてもいい」
「少女?」
「ルーとか言ったっけな。魔族みたいな風貌の。僕がペットか? って前に質問した、あの子さ……あいつは、何者だ」
最後の言葉には、これまで彼が見せたことがなかったほどの迫真さがあった。
「ルーは獣型モンスターの末裔だ」
「違うね、それだけじゃないはずだ。言えよ、彼女がジョーカーなんだろう? それ次第で僕も立ち回りを変えざるを得ないんだ。教えろよ。奴や君が、あの女と通じているのなら、そう言えよ」
「……? 何を言っている?」
ハヤトが答えられずにいると、ビンスはふっと表情を失わせて、ひとふりのナイフを手にとった。
「本当に面倒だなあ。複雑で複雑で、どこがどう絡まっているのやら、わかりゃしない。本当に、面倒でならないよ」
ビンスはナイフをハヤトに向ける。コリンが叫ぶが、ハヤトは汗をたらしてそれを見つめるしかない。
たとえこの状況でも、「つるぎ」を出してはいけない。そんな気がしたのである。
「もういっそ、壊してしまおうか。壊して、しまおうか!」
ビンスは、ハヤトの胸をめがけてナイフを突いた。
「ぐっ!」
その時。ハヤトの体に悪寒が走った。




