その5(終)
少女の目はうすく開かれ、街を見下していた。空に透けているため、投影された映像に近いものだとわかる。
『もう一度言う。これは、宣告である』
表情の変化はない。抑揚もなく、ただ何かを読み上げているようだった。
「唯!」
隼人が立ち上がって叫ぶ。
少女の顔は彼の妹・唯そっくりであった。この夢の中に来る前にも見た赤い髪の彼女である。黒を基調とした服装も全く同一のものだ。
『我は魔王……魔王ソルテス』
少女から、返事は返ってこない。
代わりに、マヤが言った。
「魔王、ソルテス……? どういうこと……?」
『知っての通り、かつての魔王は私の手によって滅んだ』
隼人がマヤの肩をつかむ。
「どういうことなんだ、マヤ!?」
「……彼女は、勇者ソルテス。五年ほど前に『蒼きつるぎ』で世界を救った英雄よ」
「なんだって」
ソルテスは続ける。
『だが魔王を倒した時、私は思った。自分に勝る力を持つ存在がいなくなった今ならば、この世界を掌握できると』
「唯、答えてくれ! 俺だ、隼人だ!」
隼人の声はむなしく響く。
『確かに魔王は死んだ。だが、魔王はここに復活を宣言する。私が新たな魔王となり、お前たちを掌握する。この事実を世界じゅうに伝えよ。堅牢を誇ったベルスタの城壁はもろくも崩れた。魔王はお前たちを掌握する』
空はしん、と静まりかえった。
マヤが肩をふるわせる。
「そんな……! 『蒼きつるぎ』が現れたのは、これを予知していたっていうの……?」
隼人は空を見た。
唯の顔が浮かぶ空を、さっきのレッド・ドラゴンが羽をはばたかせて飛んでいる。
そこに、彼は見た。
誰かがドラゴンの背中に立っている。
赤い髪の、ソルテス。いや……唯だ。彼女はこの場にいたのだ。
隼人はうつむいて、近くに落ちていた剣を拾った。
「もう、なにがなんだかわかんねぇ……唯……」
隼人は目を開いた。その瞳は蒼く輝いていた。
「答えてくれよ、唯っ!」
ばちばちと言う音とともに、隼人の持っていた剣が光を放った。
マヤを始め、新たな魔王の言葉を聞いていた騎士団の仲間たちは、それを見て驚きの声をあげる。
「『蒼きつるぎ』……!」
「蒼きつるぎ」が姿を表した。同時に、隼人はドラゴンの飛ぶ方向に走り出す。
「ハヤト君!」
マヤの制止も聞かず、隼人は猛然と走る。空を見上げると、ドラゴンの腹が見えた。
「おおおおっ!」
隼人は煉瓦造りの地面を思いきり蹴った。
青白い光がほとばしり、煉瓦が吹き飛んだ。同時に、隼人の体が上空へと飛ぶ。
その場にいる全員が目を疑った。青白い光をまとった人間が、空を飛ぶレッド・ドラゴンに向かって飛んでいく。
隼人はドラゴンの背に着地すると、すぐに赤い髪の少女を見つけた。
「唯、おまえは唯なんだろ!?」
隼人は少女のもとに駆け寄る。しかし、少女は眼前ですっと消えた。
辺りを見渡すと、すぐ後ろに彼女が立っていた。
少女はまるで無関心な様子で、隼人を見据えていた。
「この夢は一体なんなんだ!? 教えてくれ!」
少女は答えない。
「唯!」
少女は隼人の必死な表情にを見て、ようやく反応を見せた。
「これは夢ではない」
その声はやはり、唯そのものであった。
「『蒼きつるぎ』の勇者よ、私は、魔王ソルテスは……いずれこの世界を滅ぼすぞ。止めてみせろ」
隼人はその様子を見ていて思った。
唯に似ているが、違う。森野真矢に似たマヤと同じだ。彼女は魔王ソルテスなのだ。
「それが、お前の『冒険』だ」
「なっ……やっぱり、お前!」
隼人が目を見開いたとき、ソルテスは手から“魔力”の衝撃波を放った。
隼人の体は、空へと突き飛ばされた。
「ちっくしょおお! 話は終わってねえぞっ! 剣よ、『蒼きつるぎ』よ! お前は、悪しき全てを破壊するんだろ!」
隼人が声をがなりたてながら叫ぶ。
「だったら……」
剣が光を増す。ソルテスはそれを見て眉をひそめた。
「力を貸しやがれっ!」
その瞬間、「蒼きつるぎ」はさらに輝きを増しながら、少しずつ形を変えてゆく。
剣は刀身が巨大化し、隼人の身長の倍以上もある大剣へと変化した。
「いっけええーー!!」
隼人は空中でそれを振りかぶり、回転するようにして思い切り一閃した。
ソルテスはそれを見て、少しだけにやりとした後、瞬時に姿を消した。
地鳴りのような怒号が、街中に響いた。
そして、人々は空に見た。
首からまっぷたつになって消えるレッド・ドラゴンと、蒼く輝く勇者の姿を。
【次回予告】
奇妙な夢は、夢ではなかった。
勇者ハヤトと魔王ソルテス。
少年は、妹を止めようと新たな世界へ踏み込んでゆく。
静かに、しかし確実に、運命は進んでいく。
第3話「ハヤトの決意」
ご期待ください。