その10
ドラゴンの上に戻ったビンスは、輝く“魔力”の玉を右の手のひらに作りだし、それをじっと見つめた。
「『ゼロ』のゆらぎが六回……こいつは思っていたよりも大きいな……ハヤトの成長率は僕らの予想より多少早いようだ……興味深い」
ぶつぶつとつぶやきつつも、左手でドラゴンに“魔力”を送り込み、ビンスは街を飛ぶ。
人々の叫び声や怒号が波のようになって、下方から押し寄せてくる。彼はえもいわれぬ興奮を覚えた。
確認すべき勇者の仲間は、あとふたり。
さっき見た金髪の少女に、小さな子どもだ。
ハヤトと一緒にいるのだろうか。ならば、「ゆらぎ」の起こった方向に進めばよい。
だが、その場にいないとすると面倒だ。またグランに小言を言われてしまう。
この辺で切り上げて、適当に報告しておこうか……。
そう考えた時、ザイド城の南西にある塔の頂上に、誰かが立っているのを見つけた。
ビンスはそれを見て、小首をかしげた。
「あの子ども……」
そこには、ルー・アビントンが佇んでいた。
彼女は無表情で、こちらをただ見ている。
「なんだ? こちらに攻撃もせず、このパニック状態の街を救いもせず……一体何をやっている……?」
ルーは、すっと左手を掲げた。
直後、空に突風が起き、ドラゴンが少しばかり南に押される。
「どうやら大物狙いのようだな。おおかた風で流して、その先に罠でも張っているのだろう。悪いけどその手には……」
ビンスが方向転換し、風に逆らってドラゴンを進ませる。
ルーは、それを確認すると今度は右手を掲げた。
ビンスの進む先に、小さな“魔力”の玉のようなものが無数に現れた。
「機雷……逆をついて来たか。やはりセンスは抜けているな。では、これはどうだ」
ビンスが指示を出すと、ドラゴンの口がかぱりと開いた。
「さあ、でっかい火球がいくぞ。どうかわす?」
「その必要はない」
背後からの声に、ビンスは目をかっと開いて振り返った。
すぐ後ろに、ルーが立っていた。ビンスが確認すると、さっきまで彼女がいた塔には、もう誰もいなかった。
さすがのビンスも、動揺を隠せなかった。
「なっ……! 移動魔法を使ったのか? 呪印で封じてあるはずだが」
「答える義務は、ないわね」
「バカな……貴様、何者だ」
「その質問にも……答える義務は、ないわね。邪魔だから、このドラゴンの首、もらうわよ」
ルーはそう言うと、雑に手刀をうった。
ドラゴンの首が、どっと吹き飛んだ。
「貴様……まさか……!」
ゆっくりと降下を始めるドラゴンの背の上で、ビンスが叫ぶ。
ルーは、右目を少しばかりうすくして、にたりと笑みをうかべた。
「あなたごときの想像力じゃ、答えにはたどり着けない。用事が終わったら、とっとと帰んなさいな」
「黙れ!」
ビンスが空中で“魔力”の衝撃波を放つと、ルーの体はどんと吹き飛ばされた。
「ちっ……あの女、どこかで……」
ビンスの思考は、そこで途切れた。
投げ出されたルーの体を、蒼い閃光がキャッチしたのだ。




