その8
コリンは、思わず膝をついた。
春のご神木を持ったドラゴンが、はるか先の聖域の方面へと向かって消えてしまった。
「どうして、グラン……どうして、ソルテス」
その時、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。
コリンはそちらへ向けて走る。
小さな女の子が、モンスターに囲まれていた。彼女のすぐ後ろには、一軒家がたたずんでいる。
「こ、来ないでっ!」
女の子は、必死に手を広げる。庭の中に、何か生き物がいるのが見えた。
老犬だった。
刹那、コリンは腰に括り付けられているナイフを取り出して駆ける。
きっと、彼女はこの犬を守るために、ここに残ったのだ。
全くもって、非合理的な判断だ。
さっさと逃げていれば良かったものを。
だがその姿は、過去の自分とまるまる重なった。
「そこの子! 動かないで」
コリンは言いながら、姿勢を低くしてモンスター三体に近づき、斬撃を浴びせて倒す。
剣を持った骸骨兵士が突きを放ったが、彼女はバック転して振り向きざまにナイフを投げつけ、撃破する。
幸い、そうレベルの高いモンスターではない。彼女一人でもどうにかなった。
「大丈夫?」
コリンは少女の元に近づいて行った。
なんとか、守ることができた。
だが、その歩みは途中で止まった。
右腕に痛みを覚え、コリンはそちらを見た。
ローブを羽織った骸骨兵が、そこにはいた。
体を動かそうとするも、言うことを聞かない。
どうやら金縛りの魔法を食らったらしい。
「ぐっ……! 逃げて……!」
コリンは必死にもがくが、動けない。少女も硬直してしまっているようだった。
モンスターはコリンのナイフを拾い、近づいてくる。
コリンは、声を上げて必死に抵抗する。
「うあ、ああああ……!!」
それでも、体は動かない。
モンスターは迷うことなく、少女のほうへと向かう。
「やめ……! ろ……!」
少女の顔が恐怖にひきつる。
コリンは、念じた。
守りたい。この子を守りたい。
動いてくれ。動いてくれ。
しかし、現実は応えてくれなかった。
モンスターが、ナイフをふりかぶる。
「やめ……っ! わたしに……しろ!」
コリンの目元から、じわじわと涙が溢れだす。
どうして、ソルテス。
どうして私に、こんな光景を見せるのだ。
どうして、どうして、どうして……。
「おおおおおっ!」
その時、蒼い閃光が、モンスターを瞬時に破壊した。
「大丈夫か!」
モンスターを倒したハヤトは、コリンに駆け寄った。
だが動けるようになったコリンは、彼を通り過ぎて少女を抱き抱えた。
「ごめんね、怖い思いさせて」
「う、うん……」
「私たちが守るから、ここにいなさい。その犬と一緒に」
コリンは改めてハヤトのほうへと振り返った。
「ルドルフ様は、無事。グラン・グリーンは聖域のほうに向かった。もしかしたら、聖域にはソルテスがいるかもしれない」
コリンの体に、輝く亀裂が入った。
「私の考えは、まだ変わっていない。でもソルテスがもし、この街を壊そうっていうのなら、私はどうしても守りたい。君と一緒に、どうしても、守りたいの」
「ああ……」
二人は手をつなぐ。
コリンの体を、「蒼きつるぎ」が貫いた。




