その6
「ひるむな! 今こそかつての屈辱をはらす時! 一匹残らず殲滅せよ!」
ザイド・スプリングを守護する兵士たちとモンスターたちとの戦いが始まる。
大混乱に陥る街の中を、コリンは走っていた。
彼女にはモンスターも、兵士たちも、街で騒ぐ人々も見えていなかった。
「どうして……!」
彼女はかすれた声で言った。
「どうして、あなたたちが!」
コリンは中庭で、確かに見た。
ドラゴンを駆り、精霊の御神木を引き抜く、あの男を。
「持ってきたぞ」
レッド・ドラゴンに乗るグラン・グリーンが、宙を旋回するドラゴン一行の元へと到着した。
レジーナは身を乗り出し、御神木を確認する。
「さすが、仕事がお速いですわね」
「レジーナ……こんなにモンスターを召還する必要はなかったんじゃないのか?」
グランが静かに言うと、レジーナは蔑むようにして彼を見返す。
「あら? ずいぶんお優しいのねえ、グラン君は。そんなくだらない質問、答えたくもありませんわ。そんな、くだらない質問!」
「……まあいい。おいビンス、勇者どもはいそうか」
グランが視線を移す。別のドラゴンに乗るビンス・マクブライトが、“魔力”の球のようなものを見ていた。
「君の予測通り、どうやら来ているみたいだねえ。さっき、少しばかり『ゼロ』のゆらぎを確認したよ」
「勇者の『ゼロ』の段階は。あとそのうち何人が『ブレイク』したかわかるか」
「おいおいおいおい。僕は万能コンピュータじゃないんだぜ、勘弁しておくれよグラン君」
「さっさと答えろ」
「あくまで予測だけれど、『ゼロ』は少なくとも第五段階以上。『ブレイク』した人数まではわからないけれど……」
ビンスは、グランの背後に向けびしっと指をさした。
「少なくとも、ひとり」
グランが振り向くと、そこには金色の翼を生やしたマヤ・グリーンがいた。
二人の、目が合った。
「兄さんッ!!」
マヤが叫ぶ。彼女の胸の鼓動が高鳴る。
久しぶりに見た兄は、信じられないほど変わっていなかった。
思わず、涙さえ出てきそうだった。
しかしグランは、少しばかり彼女を見てから、再びビンスに話しかけた。
「ビンス、この女の『ブレイク』はすでにレジーナが目視で観測している。問題は他の連中だ」
マヤの表情が一瞬にして絶望に染まる。
「この女」? なんだ? この反応の薄さは。
「に、兄さん! 私よ、マヤよ。ずっと、ずっと待ってたのに。どうして戻ってきてくれなかったの。どうして、こんなことをするの!?」
マヤはがなりたてるように言うと、グランは再び彼女を見た。
敵を見る訳でもなく、かと言ってきょうだいを見る訳でもなく。
彼の瞳は、興味なさげだった。
「どけよ」
「に、にいさ……」
マヤが言い終わる前に、突如として彼女の翼が燃えだした。
コントロールを失いそうになるが、彼女は必死に宙でもがく。
そして、すがるように言う。
「どうして、兄さん!! あなたを追って、ここまで旅してきたのに! 何か、何か言ってよ!」
グランはただ、バランスをなんとか保ちながら飛び続けるマヤを見ている。
そして、言った。
「お前など、知らん」
「えっ……?」
マヤの表情が一瞬にして凍り付き、翼が消滅する。
彼女はそのまま、街へと落ちていった。
「……何ですの、今の」
レジーナが不思議そうに言う。
だが、グランからの返答はなかった。
「レジーナ、聖域に戻るぞ。ソルテスに連絡をとっておけ。ビンス、後はお前に任せる。しっかりと印をつけてから戻ってこい。奴らの戦力分析も忘れるな。レベルは違っても奴らは『ブレイク』能力者だ」
「ええっ、ちょっと!? グラン君、厳しすぎないかい? なんだい、このリブレとの落差は!」
「うるせえ。てめーは生きていられるだけありがたいと思え。ただでさえミハイルとリブレのバカの子守で忙しいんだ。もう助けねえからな」
「おいおいおいおい! グラン君!」
二匹のドラゴンが、聖域への方へと飛んで行った。
ビンス・マクブライトはそれを見送った後、にやりと口角を上げた。
「ま、一人でやっていいって言うのなら、好きにさせてもらおうかな。ハヤトに『ゼロ』、そしてミランダ。ここには僕の欲しいものが全部そろっているからねえ」




