その4
「な、なんだ、ありゃあ!」
隼人は思わず大声をあげた。まるで巨大な建造物が動いているようだ。
大きなかぎ爪が門をもう一度つぶし、今度は姿が完全に見えた。
「レッド・ドラゴンだ!」
誰かが叫んだ。隼人は目をみはった。
確かにそうだ。彼が映画や漫画を通して見たことのある、ドラゴンであった。
「誰か、魔術師はいる!? 私たち第四師団をあそこに送って!」
マヤが叫ぶ。ほかの白い服の連中が声をあげた。
「無茶だよ、マヤさん!」
「でも、門が壊されたのよ! 特A級緊急事態だわ!」
白い服の「騎士団」はごたごたと揉め始めたが、そこに、一人の壮年男性が現れた。
「何をやっとるか!」
彼の一喝で全員が黙った。男が続ける。
「こういう時にこそ人民を守るのが我らベルスタ騎士団であろう。魔法が使える者は第四師団を門の前へ送って『壁』を作れ! レッド・ドラゴンの得意とする攻撃は、第四師団の『壁』があれば全て防げる! 我らはそういう訓練をしてきた! 一撃食らわせて追い払え! 第二、第三は場内調査! スパイがいるかどうか調べろ! 第五は……」
男は指示を叫ぶようにして続ける。次第に騎士団の人間たちは冷静さを取り戻し、それぞれ指示された任務へとつく。
マヤは数人の団員とともに一カ所に固まっていた。隼人は彼女のほうへ向かう。
「マヤ! お、俺はどうすれば……」
マヤは隼人の手を取った。
「一緒に来て。ハヤト君の『蒼きつるぎ』なら、あいつも倒せるかもしれない」
その言葉に、隣にいた男が反応した。
「『蒼きつるぎ』だって? 勇者ソルテスの?」
マヤは首をふる。
「ソルテスじゃない。彼はハヤト。新しい勇者よ」
「ソ、ソルテスって?」
マヤは答えずにフードをかぶった男に指示を出した。
目の前が光に包まれた。
ばし、と空気がはじける音とともに、目の前の景色が変わった。
さっきの城門付近だ。周囲に人はおらず、すでに逃げてしまったようだ。露店などはそのまま放置されている。
すぐに、マヤが声をあげる。
「ミレッジ、ガウェイン、サンダース! 後ろに建てるわよ!」
三人が返事するとともに、青白い光を手に出し始めた。例の“魔力”というやつだ。
隼人が後ろを振り返ると、目の前に大きな鱗が見えた。
ドラゴンの足であった。
「う、うわあああっ! でけえっ!」
「マヤさん、いけます!」
ミレッジが言う。頷くマヤも同じように“魔力”を練っている。
「いくわよ! ドラゴンの口が開くのにタイミングを合わせて!」
上方で、ドラゴンの口がかぱりと開いた。
「今よっ! 『ウォール』!」
マヤたち四人が“魔力”を伴った手を全面に掲げると、四人の“魔力”が合わさり、大きな半透明の壁がどんと現れた。同時に、ドラゴンの口からごうと真っ赤な炎が出た。
ドラゴンの顔付近で爆発が起き、地鳴りのようなうめき声が辺りに響いた。びりびりと地面が揺れ、外壁が少し崩れた。
「やった!」
マヤは顔を明るくさせたが、すぐに「壁」は砕け散った。ドラゴンがその太い尻尾で壁を攻撃したのである。門の周辺も吹き飛んだ。
同時に強い風が起き、隼人たちは地面に叩き伏せられた。
ドラゴンは羽を広げて、宙に飛び立った。
動けるようになった隼人が空を見あげた時には、ドラゴンはすでにかなり上空へと昇っていた。
「に、逃げたのか?」
隼人の質問に、マヤは表情を曇らせる。
「そうであってほしいけど……違うみたいね」
ドラゴンは羽をばさばさと広げ、街を旋回する。
騎士団の男たちが声をあげる。
「なぜだ!? ドラゴンは本来、臆病なモンスターのはず。一撃食らわせれば、驚いて逃げてしまうことがほとんどなのに」
「見ろ、ドラゴンが!」
ドラゴンは上空で口を開いた。
「みんな、伏せて!」
マヤの声とともに、ドラゴンが火の玉を発射し、地面がどかんどかんと揺れた。
隼人は恐怖で何がなんだかわからなかった。
ドラゴン、そして炎に包まれる街。
なんて嫌な夢なんだ。
だが、逃れられない。
音がやんだ。隼人たちは上体を起こした。
「これは……!」
誰もが声をあげた。街には、まったく被害がない。
だが、景色が変わっていた。さっきまで街全体を包んでいた外壁が、完全に崩壊している。
どおお、と、波のようになった人々の声が聞こえてくる。
街全体がパニックに陥っているのがよくわかった。
『これは』
その時だった。空から、声が響きわたった。
人々の声はやがてやんだ。
『これは、宣告である』
年端もいかない少女の声だった。しかし、その口調は恐怖を覚えるほど、厳かであった。
隼人が反応して上空を見上げた。
この声は!
『もう一度言う。これは、宣告である』
「唯!」
空に、赤い髪の少女の姿が映し出されていた。