その10(終)
「わー!」
ルーが目の前の光景にはしゃぐ。
ミランダが外套のフードを取った。
「……すっげえ」
青い空。
春の都。
夏の砂漠。
秋の忍び里。
そして、それに取り囲まれるようにしている、白い霧。
ザイド大陸の全景が見渡せた。
一行は、冬山の頂上へとたどり着いた。
ロバートが口笛をならす。
「寒さも吹っ飛ぶ光景だな」
「……俺たち、ここを全部旅して来たんですね。ほんとに、ほんとにすごいや」
ハヤトは、感慨深そうに言った。
ミランダがそれを聞いて彼に抱きつく。
「んーハヤト! どうやら完全に復活したみたいだねえ! 心配したんだよ」
マヤが彼女の肩に手をかけた。
「ちょっとミランダさん。ハヤト君はまだ病み上がりなんですから、あまりひっつかないようにしてください」
「そんなこと言って、本当は自分が一番ひっつきたいくせに」
「ん、んなっ!? そっ、そんなわけないじゃないでふか!」
「マヤ、噛んだの」
わいわい騒ぐ三人を見て、コリンがちょっぴりもじもじしていた。
シェリルがそんな彼女の様子に気づいた。
「コリン、どうしたのですか?」
「い、いや。なんでも」
「もしかして、あの輪に混ざりたいんですか?」
コリンの肩がびくんとはねる。
「ち、違うよっ!!」
シェリルはにっこりと優しく笑う。
「そうですよね。コリンは早く城に帰りたいって、何度も言ってましたもんね」
「そ、そ、そう。これでやっと帰れる。せ、せいせいする」
近くで見ていたロバートは思わず「鈍すぎる……」とつぶやいてしまった。
ハヤトは騒ぎながらも、景色を見続けていた。
なんて。
なんて、きれいなんだ。
『これで契約は済んだわ。ザイドの四精霊の名において、あなたたちに、聖域に行く資格を与えましょう』
精霊が、少し不満げに言った。右腕が完全にもげてしまっているが、“魔力”が周囲を取り巻き、少しずつ再生しているようだった。
ハヤトは頭をかいた。
「すみません。腕、斬りとばしちゃって」
『いいの。そのくらいできる人でなければ、どちらにせよ契約するつもりはなかったから。「蒼きつるぎ」、確かに見せてもらったわよ。ソルテスみたいなスマートさはないけど、筋はいいわね』
ハヤトはその名に反応する。
「ソルテスは、俺より強かったですか?」
『さあね。「蒼きつるぎ」はもともと無茶苦茶だから、どっちとも言えないわ。そんな神妙な顔してないで、さっさと聖域に行きなさい。それが目的なんでしょう?』
「は、はい」
「蒼きつるぎ」が出現する際に、ハヤトはふと考える。
妹も、ユイもこれを使っていたのだと。
「君には、謝らなければならないな」
秋の里を起つ際、忍び頭のロックが言った。
「拙者たちだけでは解決できぬ問題だったように感じる。先の非礼を詫びさせてくれ」
「いえ。そんな。どちらにせよ、俺たちはアンバーさんを引き留めることができませんでした。謝るのはこちらの方です」
「君があの時に何を見たのか……は、問わぬことにしよう。ただ、里を救ってくれてありがとう。アンバーが『忘れよ』と言ったのだ。それに従うことにするさ。では、達者でな」
罪悪感で、いっぱいだった。
自分が見たことを、彼に説明することができなかった。
ここに来てから、わからないことだらけだ。
そう思った。
つらいこともたくさんあった。
死にそうな目にも、何度もあった。
この先にも、きっと同じようなことが……いや、それ以上に辛いことがたくさん待っているのかもしれない。
それでも、ハヤトはこれを投げ出してしまおうとは、全く思わなかった。
自分の知らないところに、こんなにも綺麗な世界が広がっていて。
それを、壊そうとしている連中がいる。
その首謀者が妹であることに、最初彼は困惑していた。
なぜ、どうして。どんな理由があって。
全くもって理解できない。
だが、それ以前に。
兄として、言ってやらなければ。
「おまえは一体、何をやっているんだ」と。
彼女の考えは、会わねば理解できない。
だが、それ以前に。
人様の世界で、何やってんだ。
こんな綺麗な世界に、何をするんだ。
言ってやらなければ。
怒って、やらなければ。
自分が、行かなければ。
ハヤトの決心はもう、明確になっていた。
「ハヤト、山を降りる準備を。まずは春の都に戻って、ルドルフ様に報告してから、聖域に出発するから」
コリンが彼に言った。
ハヤトは頷いて、もう一度景色を眺めた。
一陣の風が吹いた。
一緒に飛んだ細かい雪が、風に乗って輝く。
ハヤトはそれを全身で受けてから、改めて振り返った。
「その前に、みんなに話しておきたいことがあるんだ」
ハヤトはその日、いくつかの告白をした。
強い意志を持って、前に進んでいくために。
ユイのことを、強い怒りをもってしかりつけてやるために。
【次回予告】
少年たちは、運命を歩いていく。
悪意が道を作り、新たな運命へと導いていく。
それぞれの再会は、いったい何を生むのだろうか。
次回「再会」
ご期待ください。




