その9
戦いは終始有利に進んではいたが、冬の精霊は読みが鋭く、主力のハヤトが本調子でないこともあって決め手を欠いた状態であった。
好機を作っては逃し、という状況を繰り返すことはマヤとミランダの攻撃陣、ロバート、コリン、シェリルのサポート陣双方の疲弊を生み、戦況は少しずつ精霊側に傾き始めていた。
「ち、ちくしょう……。いいところでタイミングをずらして来やがる。悔しいがホンモノの戦士だぜ、この精霊さんはよ」
ミランダが毒づいた。すでに「鎧」が解除されてしまっている。マヤも疲れ切った様子で膝をついている。
『あなたたちは、確かに強いかもしれない。でもその程度じゃ、聖地に行く資格はない。特に勇者はダメダメね』
「そんなことないの」
そこに、ひとりの少女が腕組みして現れた。
「ルー……?」
「ハヤトは、最強の勇者様なの!」
隣には少し困惑した様子でハヤトが立っている。
先程までよりも、顔色がだいぶよくなったように見える。
冬の精霊は目を鋭くさせて少し笑った。
『ふーん。何をたくらんでいるのか知らないけれど、さっきまでとは様子が違うわね。せいぜい楽しませてちょうだい』
対して、ルーは満面の笑みで応えた。
「あなたには楽しんでいる暇もあげないの。ハヤト、行こう!」
ハヤトは、ちょっと心配しつつも頷く。
確かにさっき、「ブレイク」の力がルーに働いたのを見た。
だがマヤの時も、ミランダの時も。
翼に鎧。大きな変化があった。
だが、ルーには何も見られない。普段の彼女のままである。
心配をよそに、ルーが駆け出す。ハヤトもそれに続く。
『大見得切っておいて、作戦もないの? しょうがない子ね』
「確かにノープランなの」
「えっ!?」
ハヤトが口を開ける。だが、ルーの表情は自信に満ちていた。
「でも、絶対に一撃も食らわないと思うの。ハヤト! ルーの指示に従ってほしいの」
「だ、大丈夫か?」
ルーはにやりとする。
「プランは、これから見えてくるの」
精霊が魔法を放とうと、“魔力”を練る。
ルーはそれを見た刹那、叫んだ。
「右によけて! そしたらすぐに左!」
精霊が驚いた顔をしながら、魔法を数発放つ。
ルーとハヤトは、まるでそのコースがあらかじめ定められていたかのようにして、見事にかわした。
「ジャンプ!」
二人が宙を飛ぶ。さっきまでいた場所が、一瞬にして凍結する。
精霊は目の色を変えた。
『攻撃が全て読まれているというの!? だったら、これで!』
精霊はこれまでよりも多量の“魔力”を練り、自分の頭上に大きな氷の槍を造る。
その衝撃に、シェリルの顔が青ざめる。
「なんて“魔力”……! あんな攻撃を食らったら、ひとたまりもありません!」
「鎧」を装着したミランダがそれを聞いて駆け出す。
「ハヤト、ルー! こっちだ! アタシの後ろに来い!」
だが、ルーは彼女を一瞥すると、無表情で言い放った。
「ご遠慮するの」
「何言ってんだ!? ヤバいんだぞ!」
ルーは、かっと目を開く。
「ハヤトは、わたしが守るの。それにもう、全部『見』えているの」
ミランダは見た。
ルーの瞳に、複雑な円形の紋様が刻まれているのを。
『「アイス・フラックス・フラワー」ッ!』
精霊が言霊を込めると、槍が展開し、巨大な氷の花が開いた。
ルーは、静かに言った。
「ハヤト。あの魔法を避ける必要はないの。『蒼きつるぎ』でぶった斬るの」
「ルー、そうしたい所だが『つるぎ』はさっきから出ないんだ! 横に飛んで避けよう!」
ルーは首を振った。
「そんなことをする必要はないの。『つるぎ』はちゃんと出るの。あと、あの花は出てすぐ四つに分裂するの。その瞬間、あのおねーさんが無防備になるの。そこを狙って」
「ルー……?」
「ルーを、『わたし』を信じてほしいの」
その言葉には、これまでの彼女にはなかった力強さが感じられた。
ハヤトはどうするか一瞬迷ったが、剣を抜いた。
不思議だった。どうしてか、その言葉がすんなりと信頼できたのである。
『ナメてんじゃあないわよ! いっけええええっ!』
精霊が魔法を放つ。
ルーはその中心に、迷いなく走り込む。
瞳の紋様がほのかに輝き、瞳孔が開く。
そこには、四つに分裂する氷の花が映っていた。
「今なの、ハヤト!」
「おおおおッ! 剣よ!」
蒼き閃光が、精霊に飛び込んでいった。




