その7
「なんだい、これは」
ミランダが声をあげる。
頂上付近までやってきた一行が見たのは、直径十メートルくらいの丸い台座だった。紋様のようなものが刻まれている。
コリンが前に出る。寒さのためか、鼻が真っ赤だ。
「ここが、冬の精霊を奉る場所」
「ゴール地点ってわけか」
ハヤトがマヤに支えられ、よろよろと歩いてきた。
シェリルの頑張りのかいもあり、彼は話せる程度には回復した。
『誰?』
女性の声が聞こえる。コリンが反応して言った。
「冬の精霊様。コリン・レディングです。契約に参りました」
『まあ』
嬉しそうな声と共に、台座から一人の少女が現れた。
『久しぶりじゃない、コリン。少し背が伸びた?』
見た目はコリンと同世代くらいだが、その所作一つ一つに、大人びた雰囲気と、異様な妖艶さが見られた。
「お久しぶりです。背は思ってたよりも伸びていなくて……」
『大丈夫よ、あなたはこれからもっときれいになるわ』
「ありがとうございます」
冬の精霊は、これまでの精霊たちに比べると非常に親しみが持てそうだったが、契約の話をコリンから聞かせられると表情を変えた。
『なあるほど。つまりあなたたちは私と契約した時点で、聖域へ行く資格を手にするというわけね。コリンのお願いだからすぐに聞いてあげたいところだけれど、私の責任は重大だわ。悪いけど戦闘を通してテストさせてもらうわよ』
ハヤトは頷く。
「はい。元からそのつもりでここまで来ました」
『いい心がけね、新しい勇者様とやら。でも、私は甘くないからね。コリン以外は、弱かったら殺してしまうわよ』
ミランダはそれを聞くや否や歯を見せて笑うと、外套を捨てて槍を構えた。
「いいねえ、あんた! 実にわかりやすくていい! アタシはこういう展開をずっと待ってたんだよ! さあ、とっととやろうぜ!」
マヤは「紫電」を抜く。
「ミランダさん。力を見せるだけでいいんですよ。本気を出して、倒してしまわないで下さいね」
ロバートが笑いながら弓を構える。
「マヤちゃん、そりゃ言うだけ無駄だ」
ハヤトも剣を抜く。体調は悪いままのようだが、その眼には力が戻っている。
「最初から本気で行こう、みんな。コリンとシェリルさんはサポートを頼む。戦いは俺たちがやる」
シェリルは頷いて“魔力”の錬成に入る。
コリンもナイフを抜いた。
『さあ、かかって来なさい!』
冬の精霊が氷で剣を生成すると、吹雪が一層強くなる。
こうして戦いが始まった。
「『ライトニングブースト』!」
「『オーラアロー』!」
「うおおおおっ!」
剣戟と魔法が交錯する。
一人の少女が、それを傍観していた。
『凍りなさい』
精霊が魔法を放つと、その周囲に一瞬にして氷の道が精製された。
魔法はハヤトに向かって一直線に進む。不調で「蒼きつるぎ」を出すこともできていないハヤトは動きも悪く、避けられそうにない。
ミランダはそれを見て不敵に笑う。
「待ってました!」
ミランダの体が輝くと、一瞬にして白銀色の鎧が装着された。
彼女がかばうようにしてハヤトの前に立つと、魔法が鎧に吸われるようにしてに消え去った。
「悪い、ミランダさん」
「いいってことよ。これはアンタのための鎧だ!」
ミランダがそう言ったのもつかの間、精霊がいつの間にかハヤトの背後にまで迫っていた。
『甘い!』
またしても氷の魔法が炸裂する。
だが、ハヤトの姿はそこにはない。
精霊もさすがに驚きを隠せない様子だった。
『今度は、上!?』
「翼」を発動させたマヤが、ハヤトを掴んで宙を舞っていた。
吹雪のせいでうまく飛ぶことはできなかったが、攻撃を避けるには十分だった。
「ありがとう、マヤ」
「いいのよ。ハヤト君は『蒼きつるぎ』を出すのに集中して。ここは私とミランダさんで!」
「俺も忘れないでくれよな!」
ロバートも弓を乱射する。
冬の精霊は舌打ちした。
だが。それよりももっと大きな舌打ちが、別の場所から発せられた。
勇者一行の中で、ルー・アビントンだけが何もせず、ただ不満げにそれを見ていたのであった。




