その5
朝。
ミランダが起きてくるとロバートは伸びをして、立ち上がった。
「ちょっと眠るわ。メシの支度を頼む。俺の分は適当にとっておいてくれ」
「なくなってなきゃいいがね」
「このパーティが功労者にそんな仕打ちをするような連中じゃないことを願っているよ」
苦笑しつつも、ロバートはさっきまでミランダが眠っていた場所へと歩いて行った。
ミランダはそれを確認すると、干した肉の塊のようなものを袋から取り出し、ナイフで器用に削りだした。
「おはようございます」
次に起きてきたのはシェリルであった。
「おう」
「て、手伝います」
彼女はミランダの隣に腰掛け、同じ作業を始める。
しかし、どうにもうまくいかない。ミランダはそれを見てちょっと笑った。
「へったくそ。あんた、意外にぶきっちょなんだね」
「す、すみません」
赤面するシェリルに、ミランダはにっこりと笑った。
「別に、恥ずかしがるこたあないの。これからできるようになりゃいいんだよ。見てな」
「はい」
ミランダはシェリルにわかりやすいよう、肉の塊を削いでゆく。
シェリルは、思わずそれに見とれた。
「んーで、ここまで切ったらナイフの持ち方を変えて……って、聞いてるか?」
「ひゃ!?」
シェリルはびくりとする。
ミランダはしょうがないな、といった風に肩をすくめる。
「やる気がないんじゃしょうがないね」
「そ、そういうことじゃないんです!」
シェリルは必死に弁明し、肉を削ぎ始める。
少しばかりはましになった。ミランダは頷いてから作業に戻り、ふと言った。
「こないだの戦いの時さ……アタシ、偉そうなこと言ったよね。悪かったね、あんたらの事情もしらないでさ」
「そんな事ありません。私は……」
シェリルは、回想する。
姉と慕うアンバーが自分の敵となったとき、彼女は、身動きがとれなくなった。
戦うのか? それとも、説得するのか?
説得するにしても、相手が話を聞いてくれる状態であるのか?
だからと言って、戦うのか?
彼女がとれる選択肢はいくつもあった。
だが、それが堂々巡りして、結局、立ち止まってしまった。
そこに、飛び込んできたのがミランダの言葉である。
『躊躇している時間は無駄なんだ。ぶっ飛ばせ。今できる全力でぶつかれ。じゃねえと、前になんか進めねえんだよッ!』
極限の精神状態の中、彼女は自分にこう言い放った。
その通りだと思った。自分はどうしようと迷う中で、いつしか選択することを放棄してしまっていたように思えた。
選択しない。今までずっと、そうしてきた気がした。
忍術の才能がないとフローラのおんばあに言われた時、春の都へ奉公に出ろと言われた時、「蒼きつるぎ」の勇者の案内をしろと言われた時……。
与えられたことを、ただただこなそうとしていた。
だからこそ、一番動くべき時に、何もできなかった。
今回も、ただ「動け」と言う言葉を与えられただけなのかもしれない。
しかし……。
シェリルは思った。
あの時は、自分の意志で、死ぬ覚悟をしたように思う。
姉を止めようと考えたと思う。
それが少しだけ、嬉しかった。
秋の里を出る際、ロックが言ったことを彼女は忘れない。
「すまないシェリル、私はお前の事を誤解していたかもしれぬ」
「あに様」
「お前には、強く固い意志があった。あれだけの戦力差がありながら……アンバーの奴に向かって行った。やつのことはもう、拙者は忘れることにする。それがあいつの願いだそうだからな。シェリル、お前はお前の考えで歩いていくといい。……それと、たまには戻ってこい。次は忍術でも教えよう」
「は、はいっ!」
シェリルは肉を削ぎながら考える。
今は、あね様のことは忘れよう。
この、太陽のような女性に、もう少しついていきたい。そばにいれば、強くなれる気がするから。
あね様を取り戻すだけの強い意志と実力が持てるまで、こうしていたい……。
「おっ、結構飲み込み早いじゃん」
削ぎ終わった肉を見て、ミランダが言った。
「ええ。わたしは今、前に進んでいますから」
シェリルはほほえみを返した。




