その4
山中の夜。ハヤト一行はキャンプを張った。
ザイド・ウィンターの気温は非常に低い。しかし、障壁のようなものが彼らを覆うようにしていた。
「へえ、あったかいね。これで寒さをしのげるってわけかい。便利なもんだね」
ミランダが、障壁に手を出し入れしながら言う。シェリルが嬉しそうにほほえんだ。
「この障壁は体を通過してしまいますから、寝ている時に出ないよう、注意してくださいね」
「だとさ、マヤ」
急にふられたマヤだったが、彼女は不思議そうに首をひねった。
「どうして私に言うんです?」
全員が絶句する。寝相の悪さに自分で気づかないのだろうか。
ロバートは苦笑しながら立ち上がった。
「今夜の番は俺がするよ。みんな、ゆっくり眠ってくれ」
「月が十五度傾いたら起こして。アタシが代わるよ」
「いいや。ハヤト君が不調の今、何かがあった時にこのパーティの主力になるのは、マヤちゃんとミランダの二人だ。体力をつけておいてくれ」
「で、でも。それじゃロバートさんが」
ロバートはマヤの言葉を遮った。
「たまには役に立たせてくれないか」
「ロバートのくせにちょっとかっこいいの」
「うるせえ。ガキは早く寝ろ」
「なんでルーにはそうつらく当たるの! もしかしてロバート、ルーのことが好きなの? でも、ごめんなのロバート。ルーにはハヤトがいるから」
「わあ、よくわからんが勝手にふられた」
ともあれ、彼以外の全員が眠りについた。
ロバートは月を眺める。
この旅に加わってからというもの、色々なことがあった。
死にかけたことも数え切れない。魔王軍の連中は誰も彼も自分とはレベルが違っていて、はっきり言って対峙しているだけでも生きた心地がしない。
先日だって、「ブレイク」能力を解放したアンバーが起こした“魔力”の衝撃だけで、右腕を折った。もっとも、そういったダメージは回復魔法ですぐに癒すことができるが、もし、その一発で自分が息絶えてしまえば……。
力の差を考えれば、いつ死んでもおかしくないだろう。
それでも、ロバートは今の生活に満足していた。
生など、タウラでとっくに捨てていた。
傭兵としてモンスターと戦ってきたロバートは、これまで何度も命を落としかけてきた。
だが、彼の傍らには従姉妹のミランダがいつでもいた。
ミランダは惚れ惚れするほど強く、どんな苦境でも諦めない強い心の持ち主だった。
ロバートはある戦いで、一度自分の命を諦めたことがある。
現在戦っている魔王軍と比べれば天地の差ではあるものの、強力なモンスターと対決した時のことである。傭兵部隊は苦戦を強いられ、親しくしていた彼の仲間が何人か、命を落とした。
補給もなく、武器も全て壊れてしまった。ロバートにはもはや、何も残っていないと感じられた。
じり貧の状況で諦めの境地にたどり着き、とうとう彼は素手でモンスターへと向かっていこうとした。
その時、彼を殴りつけた女がいた。
それがミランダ・ルージュであった。
「簡単に、諦めるんじゃねえ!」
ミランダは、ロバートを押し倒し、獣のように猛った。何度も何度も殴られて、モンスターではなく彼女に殺されるかと思った。
だが結果としてその後、援軍がかけつけてロバートたちは生きながらえることができた。
自分はあの時、死んだのだ、と、ロバートは思っていた。
だからこそ今ある生を、おもしろおかしく過ごして行きたい。そう感じていた。
今の旅は、それにぴったりであった。
そして、何より――。
ロバートは、口をぱっくり開けて眠るミランダを見やる。
彼女を助けなければ。
自分を救ってくれた親戚を。
そして、異常なまでに強い力を持ってしまった、姉貴分を。
ロバートは、ミランダの「ブレイク」能力についての説明を聞いた時、まず感じた。
この先、ミランダは魔王軍にまず狙われる対象となるだろう。魔王軍には、ビンスを始め、魔法を使う人間も多いからだ。それを真っ向から否定できる「白銀の鎧」は、魔王軍にとっては邪魔な存在であろう。
彼女を、守るとまではいかずとも、その助けになれれば。
そして、本人は気づきもしていないだろうが、今までとは遙かに異なる本物の恋を、成就するところを見届けてやりたい。
ロバートはただ、そう思っていた。




