その2
一行はバドルで雪山を登る。
体調の優れないハヤトは、マヤと一緒にしんがりのバドルに乗っている。
「大丈夫、ハヤト君?」
「あ、ああ……」
言いつつも、ハヤトはふらふらしている。明らかに大丈夫ではない。
マヤは“魔力”を練り、ハヤトに回復魔法をかけてやった。
「気休めにもならないだろうけれど……」
「なあ、どうして大けがも治せる魔法が風邪には効かないんだ?」
「風邪は“魔力”の逆流が問題だから……説明しにくいけど、そういうものなのよ。ハヤト君の『蒼きつるぎ』で体調不良を壊せれば、きっと治ると思うんだけどね」
「『蒼きつるぎ』の効果は、俺自身には効かないみたいだからなあ。うう、頭痛がひどい。ちょっと寝るよ」
マヤは自分に寄りかかって眠るハヤトに、魔法をかけ続けた。
その上で、改めて思った。やはり彼も人間なのだ。
マヤは、先日のことを思い返した。
アンバーを撃破した後、ハヤトに何か魔法のようなもの――彼は、内容について詳しくは話してくれないが、アンバー自身の過去、「絶望」を見たという――をかけている際、マヤは彼女に訪ねた。
「アンバーさん。あなたのかつての仲間に、グラン・グリーンという人がいませんでしたか」
アンバーは頷いた。
「グラン・グリーンはソルテス一派の副リーダーだ。旅をしている際も、決め事はほとんど彼とソルテスのふたりで判断していた。ソルテスも、彼を兄のように慕い、信頼していたように見えた」
兄。その単語を聞き、マヤの胸がぴくんとはねる。
「私は、マヤ・グリーンと言います。彼の妹です。教えてください。兄さんもやっぱり、魔王軍に……?」
アンバーは少なからず、驚きを見せた。
「あいつの……? やつはおそらく、魔王軍にいるだろう。グランはソルテスたちと魔王との決戦に挑んだからな。それにザイドの海で戦ったリブレ・ラーソンとも仲が良かった」
「いったい、どうして」
「さっきも話したが、理由はわからん。私が知りたいくらいだよ。会って確かめる他ないだろう。しかし、妙だな……」
アンバーは、マヤをじっと見た。
「グランに、きょうだいがいるだなんて話は一度も聞いたことがない」
「えっ」
マヤの顔から、表情が消える。
「奴はソルテスや魔法の師匠と出会うまでは天涯孤独だったと、よく話していたよ」
「そんな!? 私はちらりとですけど、ソルテスと顔を合わせたことだってあるんです! その時に、妹だって紹介してくれました!」
アンバーは首をふる。
「ソルテスからも聞いたことがない。……君も、そうなのか」
「ど、どういうことです?」
アンバーは、「知らない方がいい」と小さく言って、それ以降何も教えてくれなかった。
なんとも後味の悪い、不気味な情報だった。
これだったら、聞かなかったほうが良かったのかもしれない。
だが。
マヤは、確信していた。
グラン兄さんに、魔王の島で何かが起こったのだ。そうに決まっている。でなければ、彼が今やっていることに説明がつかない。
かつて守ろうとした世界への反逆……彼の性格からすれば、あり得ないことなのだ。
きっと、絶望的な何かが、起こったはずなのだ。
兄の顔が浮かんだ。
透き通るような長い金髪に、優しげな青い瞳。
だけれど、その意志は誰よりも強かった。
兄さんに、何かがあったのだ。
私が助けなければ。
だからこそ、勇者ハヤト・スナップをサポートしていかなければならない。
マヤは、再びハヤトを見る。
バドルに揺られながら寝息を立てる彼は、なんとも頼りなさげで、弱々しく見えた。
でも、その彼に、これまで何度助けられて来たことか。
ハヤト・スナップ。彼はいったい何者なのだろう。
悪人でないことはもう疑う余地もないが、彼には妙なところがたくさんある。
もっと彼のことを知りたい。理解してあげたい。
そして、できれば……。
そこまで考えてマヤは、はっとして赤面し、首をぶんぶん振った。
違うの。そういうのじゃない。
彼を知りたいというのは、単なる仲間としての感情、友情に近いものであって!
……って、一人で何考えてるんだろう。
「マヤ……」
そのとき、ハヤトがぼそりと言った。
「ひゃい!?」
マヤの声は見事に裏返った。
「……悪いな、世話焼かせちまって」
「べ、べつに……仲間として当然じゃない。ルーでも、ミランダさんでも、こうするわ」
「はは。お前のそういうとこ、あいつにそっくりだ」
「あいつ?」
「こっちの話。悪い、もう少し寝るよ」
「あいつ」と聞いて、思い出した。
結局船の一件でうやむやになってしまったが、「ユイ」とはいったい、誰のことなのだろう……。
マヤはハヤトの顔を一瞥してから、バドルの手綱を引いた。




