その21(終)
ハヤトには、何も言えなかった。
ただ、アンバーの顔を見ることしか、できなかった。
彼女は無表情で彼に言った。
「どういうことだ、とでも言いたそうだな」
混乱していた。
今見たものは、いったい何だと言うのだ。
「ど、どうしたの、ハヤト君?」
マヤが彼の肩に手を置く。
どうやら、自分しか見ていないらしい。
「アンバーさん、今のは……」
「真実だ。私の身に起こった、全てだ」
「で、でも……!」
ハヤトは、振り返る。
ロックが不思議そうに見返してくる。シェリルも、きょとんとしている。
ハヤトには、それを形容すべき言葉が出てこない。
どういうことなのだ。
アンバーは表情を変えずに、彼を見る。
「言ったろう。『蒼きつるぎ』の力は私たちの理解を超えていると。はっきり言って私にも、なぜこんなことが起こっているのか検討もつかぬ。しかし……どちらにせよこの現状は悪い冗談だ。まさに絶望と呼ぶにふさわしいだろう」
「で、でも! ロックさんたちはここにいるじゃないですか」
「確かに、そうかもしれない。だが私からすれば、今見ているものは幻、または悪夢でしかない。……ハヤト、お前にも同じ事が、起きるのかもしれないのだぞ」
ハヤトが返答しかねているうちに、空間にびしびしと亀裂が入り始めた。
「どうやら答えは出ないようだな。せいぜい悩んでくれ。それでも進むというのなら行くがいい。それこそが君の運命という奴なのかもしれんな」
「運命……」
「運命が定まった時に、また会おう」
アンバーの作った空間が、崩壊を始める。
ハヤトには、何も言い返せなかった。
運命。
それがもし、アンバーの言う悪夢、絶望といったものに向かうのだとすれば。
それにあらがう手段は、存在するのだろうか。
「シェリル、そしてロック」
アンバーは、静かに言った。
「アンバーという女のことはどうかもう……忘れてくれ。神器も返す。これで全て、元通りだ。私たちとお前たちは、表現するのが難しいのだが……もはやわかりあえない」
「アンバー、拙者はそうは思わない! お前が戻ってくればといつも、そう考えていた」
「拙者……ね」
アンバーはそれを聞いてなおさら悲しげにした。
「アンバー、拙者は!」
「アンバー・メイリッジは死んだのだ。忘れてやってくれ。おそらくそれが、お前たちが知るアンバーという女が一番望むことだ」
「あね様!」
アンバーはそれ以上、何も言わなかった。
その後、ハヤトを始めとした八人の戦士たちは秋の忍に戻り、神器を元の位置へと戻した。
里の忍たちは大いに喜び、ハヤトたちを英雄としてもてはやした。
だが、忍頭たるロックと元秋の忍であるシェリル、そして勇者のハヤトに笑顔はなかった。
アンバー・メイリッジの姿は、そこにはなかった。
【次回】
少年たちは、雪道を行く。
決心する者。考える者。悩む者。
歩く道は同じでも、歩む道は、違う。
次回「冬山に想う」
ご期待ください。




