その20
アンバーは走った。
仲間が死んだ。家族のように思っていたみんなや、シェリルが死んだ。
あの男は、あまりにも強すぎる。次元が違いすぎる。
自分一人では勝つことはできない。
だが、ロックとおんばあなら。
自分よりも強い彼らならきっと、あの憎たらしい魔族の男を倒してくれるはずだ。この恨みを晴らし、里を守ってくれるはずだ。
だから一刻でも早く屋敷に戻り、少しでも役に立たなければ。
そのとき、先の方角で爆発が起こった。
いやな予感を感じ、アンバーはさらに急いだ。
「くるな、アンバー」
里に戻ったアンバーが見たものは、炎に包まれ、煙を立てる屋敷と倒れる仲間たち、そして膝をついている傷だらけのロックであった。
その先には、先程の男とフローラ婆が対峙していた。
男は、感情のない声で言った。
「どいてくれ」
フローラの体はロックと同様傷だらけだったが、彼女はなお、闘志に満ちた瞳で男をにらんでいた。
「去ね、小僧」
「諦めが悪い人だ。ではあなたは、その小僧に殺されることになる」
「黙れ、魔性の者!」
「おんばあっ!」
アンバーが叫んだ時には、フローラ婆は“魔力”の槍にその胸を貫かれ、倒れていた。
男は何事もなかったかのように、死体となった彼女の体を足でのけ、崩壊した屋敷の向こうへと歩いてゆく。
それを見たアンバーは激昂し、双剣を抜く。
「きさまあああっ!」
男が振り返った。すでに、先ほどフローラを殺した際に使った“魔力”の槍が、アンバーの元へと向かっていた。
アンバーは、死を覚悟した。
「ぐっ!」
だがその前に、ロックが飛び出して彼女をかばった。
“魔力”の槍は、彼の胸を貫いた。
「ロッ……!」
アンバーにはその様子が、スローモーションのようにして見えた。
ロックは血を吐きながらも、アンバーを抱きしめて“波動”を練ると、その場から消えた。
男は興味なさげにそれを見送ったあと、屋敷の残骸の中へと入っていった。
炎に包まれた森の中で、黒い服を着た男が倒れている。
傍らには、同様の服を着た一人の女性が寄り添うようにして座り、肩をふるわせていた。
「泣くな……俺は後悔などしていない」
ロックが、言った。その声は優しかった。
アンバーは、いやいやをするように首をふる。
頬を涙が伝った。
「嫌だ……あなたがどう思おうと、私はこんなの、嫌だ……」
「おまえに、涙など似合わない」
アンバーは、すがるように言った。
「だったら、立ち上がってよ……また、抱きしめてよ……」
「すまない。もう、できそうにない。これが、俺たちの運命だったのだ」
「こんなのって、ない……」
森の炎が、どんどん強さを増す。
アンバーは絶望の中で思った。これで里は終わりだ。
ロックは苦しそうにうめく。
アンバーは彼の手を取り、強くつかんだ。
「早く、行け。おまえだけでも生き延びるのだ」
「行けるわけ、ないでしょ……私も、このまま一緒に……」
もはや、生きている理由などない。
だが、ロックは息を荒げながらも、強い口調で言う。
「馬鹿者……! おまえにはやらねばならぬことがあるのだろう……!」
「私、何を信じればいいのか、もう、わからないの」
ロックはせきをしながら、手に力を込めた。
その口から、どす黒い血が吹き出す。
アンバーが、それを見て表情を変えた。
「何を……!?」
「ならば、生きていてくれればよい……おまえが、生きてさえいてくれれば、私は」
ロックの手がから光があふれ、アンバーを包み込む。
「生きよ。さらばだ……」
「ロック! ロックッ!」
ロックは、笑みを浮かべた。
アンバーは、最後まで彼の名前を呼び続けた。
「……じょうぶですか、だいじょうぶですか」
アンバーが気づくと、そこはザイド・オータムの山岳地帯の入り口付近だった。
誰かが回復魔法をかけてくれたようだった。彼女は、なんとか起きあがった。
黒髪の少女が、彼女の肩を掴んだ。
「まだ、動かないで。傷が開くわ」
「ロック、ロックッ……!」
アンバーは、遙か先で立ち上る煙を、ただ見ていることしかできない。
山の植物は、すでに全て枯れていた。




