その19
「侵入者だと?」
フローラの屋敷で、ロックが言った。目の前には傷だらけの忍が手をついている。
「はい。おそらく人間ではありません。春の都を襲ったという、魔王率いる魔族軍団と思われます。奴らは我々の理外の術を使います。すでに神器のうちの剣が奪取されました」
「なんてこと……! 神器が狙われているというの。いったい何のために……」
驚くアンバーの肩を叩いたのは、里長のフローラ婆である。
「魔族……。かつて蒼き勇者に封印された者たちだね。神器を解放してザイドの魔神でも復活させようってところだろう」
「春の都は新たな蒼き勇者である少女と、その仲間によって救済されたという話もあります。彼女たちの到着まで、持ちこたえるしかありません」
ロックが畳を叩いた。
「他者に頼れというのか!? 何のために我ら秋の忍がいると思っている! 俺とアンバーの二人でどうにかしてみせる。いけるな、アンバー」
「ええ」
「お待ちなさいな」
フローラが二人を制止した。
「忍頭を勤めるあんたたち二人に行かれたら、誰がここを守るというの。剣が奪取された以上、ここにある鏡だけは死守しなければならないよ。アンバーは第四、五班を率いて玉のある社に。ロックは第一、三班とここを守りな。いざとなったら私も出る」
「御意」
アンバーとロックは目配せして、頷きあった。
アンバー率いる忍者軍団は、玉の安置される社にたどり着いた。
「それらしき輩は、どこにも見あたりませんね」
アンバーのすぐ後ろに控えるシェリルが言う。
「油断するな、第二班があれだけやられた相手だ。相当の使い手だぞ」
その時、轟音と共に後ろから仲間の忍の悲鳴が聞こえた。
アンバーが振り返ると、一人の魔術師風の男が立っていた。
男は忍の一人の首に手をかけると、“魔力”を練り、その頭を爆散させた。
アンバーたちはそれを見るや弾かれるように武器を取り出し、男に向かっていく。
男はうすら笑いを浮かべていた。
「オータムの忍か……まだ生き残っていたとはな。邪魔をするなら皆殺しだ」
忍たちは次々と術を放つ。
だが、男は消え去るようにして攻撃を次々によけてみせた。
両手に剣を持つアンバーが、男の死角を取った。
彼女は躊躇せず術に入る。
「『火遁』……!」
「角度はいいが、いささか遅いな」
男が雑に手をなぐと、突風が起こった。
つむじ風に切られ、彼女の体じゅうに傷が刻まれた。
「うわああああっ!」
「あね様!」
シェリルが助けに入る。
男は、興味なさげに彼女を見ると、“魔力”の玉を造る。
「邪魔だ」
「おのれ、賊め! 『氷遁・白銀結晶』!」
シェリルの手元から大きな氷柱が現れ、男に向かう。
だが、男が手を掲げると、“魔力”の玉が一瞬にして細い矢となり、それを貫き破壊した。
「なにっ!?」
「どうせ無駄だが、うざったいので覚えてから死ぬといい。格上相手に言霊は厳禁だ」
アンバーは、なんとか起きあがる。
だが、彼女が見たのは、すでに死体となった仲間たちと、頭から流血して倒れるシェリルであった。
「シェ、シェリル……?」
アンバーはシェリルを抱き上げた。
頭を何かで撃ち抜かれ、すでに彼女は息絶えていた。
アンバーは、信じられないといった風に唇を震わせた。
「大したことないな」
男はすでに社から「玉」を持ち出していた。
アンバーはクナイを投げるが、当たらない。
「きさま、絶対に許さんぞ……!」
「かまわん。興味がない。さて、最後の一つは屋敷だったな」
「ま、待て!」
男はその場から消え去った。
アンバーは、シェリルの骸をその場に寝かせて目を閉じてやると、屋敷へと向かう。




