その18
森の中の河原沿いで、一人の男が昼寝をしていた。
男は全身黒装束で、左目に眼帯をつけている。
近くから、草をかすめる音が聞こえる。誰かが近づいてくる。それでも彼は、寝転がっている。
ひゅんと、彼の元に何かが飛んでくる。
忍たちが使うクナイだ。
男は目を閉じたまま、眼前でそれをはしと掴んだ。
続けて別方向から同様の攻撃があったが、男は掴んだクナイでそれを弾く。
「はあっ!」
すぐ後ろから、刀を持った一人の女が飛び出してきた。
男はようやく右目を開くと、その場を転がって斬撃をよける。
女はころころと転がる男に向けて剣を振るが、当たらない。女はきっと目を鋭くさせて、“波動”を練った。
「『火遁・豪炎牙』!」
炎に包まれた刀が、男に突き刺さった。
女は顔をぱっと明るくさせた。
「やった!」
「お前にはそう見えるのか」
すぐ後ろから、男の声が聞こえた。女が驚いて自分の斬ったものをみると、それはただの木だった。
女は悔しそうに刀を納めた。
「ちぇっ、まただめだったか」
「ちぇっ、じゃない。術まで使いおって。俺を殺す気か」
「でも、そうでもしないとあなたには勝てないわ」
「そういう問題ではない。それに人を斬っておいて喜ぶな」
女は、口をとがらせた。
「あのくらいじゃどうせ死なないくせに。あなたに一太刀浴びせられるのはまだ先になりそうね」
「いいや、そろそろだな。今日は正直危なかった。お前がもう一手、奥の手を持っていたらやられていたろうな。術の際、体を持て余しているように感じた。今度からは二刀を使うといい。そうだな、短い剣がいいだろう。それだけで、もう俺のところまで届くだろう」
男が頭をかいて言うと、女はうれしそうに言った。
「本当?」
「ああ」
「約束は、まだ有効でしょ?」
「約束?」
「もう。あなたに一太刀加えることができたら、一緒になるって言ってくれたじゃない」
男は、はははと笑う。
「そうだったな。その約束はもうやめよう」
「えっ……。ど、どうして?」
「これ以上続けたら、本当に殺されかねん。今日で終わりだ」
男は困惑する女を、抱きしめた。
「お前を愛している、アンバー。一緒になろう」
「ロック……!」
女、アンバーは涙ぐんで男、ロックを見た。
二人はしばらく、抱きあった。
「あね様ーっ、あに様ーっ!」
そこに、一人の少女が走って現れた。
二人はそれを聞いてぱっと離れた。
少女は、不思議そうに彼らを見る。
「こんなところにいらっしゃったのですね。今日も修行ですか?」
ロックはせきをして言った。
「ま、まあそんなところだ。シェリル、もう今日の修行は終わったのか?」
シェリルは大きく返事をした。
「はい! おんばあ様に火遁術をみっつ、雷遁術をふたつほど習いました」
「ほう……。まだ修行を始めて一年にも満たないというのに……。やはりお前には天分があるようだ。こいつはうかうかしていられんな。よしアンバー、今日は三人で模擬戦闘をやろう」
「は、はい」
「あね様、どうかされましたか?」
アンバーは少しばかりぶすっとして、シェリルの頭をわしわしとなでた。
「シェリル……貸しにしておく」
「貸し? 貸しってなんですか?」
「お前が大人になったら説明してやる! ロック、始めましょう」
それからしばらく、月日が流れたころ。
幸せな生活を送っていた彼らの元に、一つの災厄が舞い込んだ。




