その9
ハヤトは、「蒼きつるぎ」を地面に突き刺してマヤに言った。
「……あれをやる。しばらく頼めるか?」
マヤは黙って頷くと、一振りの日本刀を取り出した。
三人目のアンバーは目を鋭くさせる。
「『紫電』か……」
修行の際、日課の素振りをしていたマヤを見て、フローラは開口一番言った。
「嬢ちゃん。あなたは向いてないね」
マヤはすぐに反論しようとしたが、フローラはそれを手で制した。
「剣術の話じゃないよ。その剣……そのものがさ」
マヤは、愛用の両刃の剣を見て言った。
「どういうことですか?」
「踏み込みの入り方といい、振り下ろす際の体の動かし方といい、その剣とあんたの体が合っていないんだ。不思議なことだがね、あんたの剣筋は、私ら忍のそれとよく似ている」
フローラはマヤに待っているよう伝えると、部屋に入って一振りの日本刀を持ってきた。
「こいつを使いな」
「不思議な形の剣ですね。少し反っている……?」
言いつつも、マヤは鞘を抜く。
波打った刃紋に、細身の刃。
マヤは不思議と、それに懐かしさを覚えた。
一度、踏みこんで空を斬る。
マヤは驚いた様子で、もう一度剣を振る。
「なんだろう……体に、しっくりくる」
彼女は気づけば、素振りに夢中になっていた。
「そいつの銘は『紫電』という。長らく使い手たる人間が現れなかったが……嬢ちゃんにあげるよ。あんた、それを振ってりゃ、蒼き“波動”の部分以外は、ハヤトに勝てるかもしれないね。そうそう、おもしろい使い方もあるんだ。たしか嬢ちゃんは、雷遁が得意だったね」
マヤは「紫電」をアンバーに向けると、“魔力”を剣に集め始めた。
「アンバーさん……。あなたは船での戦いの時に言いましたね。『魔王軍と戦うのなら、相応の力を得ろ』と。私は、もっともっと強くなる。ハヤト君を助けるために、そして、兄に会うために……! あなたには、聞きたいことが山ほどあるっ!」
マヤが足を踏み出す。アンバーは剣を受け止めるために双剣を重ね合わせる。
走るマヤの足下から、ばちばちと青白い電撃がほとばしり、「紫電」の刀身が輝いた。
「『ライトニングブースト』ッ!」
マヤの体の周囲に“魔力”の火花が散り、一気に加速する。
アンバーはそれを見て防御を解き、クナイを投げ込んだ。
マヤは「紫電」を振るい、クナイを弾きながらアンバーの眼前まで迫る。
二人は剣を打ちつけあった。
「風遁の次は雷遁か。おんばあもこの短期間で、まったくよくやってくれる」
「余裕ぶってる時間なんて……与えない!」
マヤは体を反転させると、猛烈な勢いで斬撃を振るい始めた。アンバーは両手の剣で、それを全て防御する。
もはやハヤトには、二人の姿は目で追えない。
だが、彼は気にせず、地面の「蒼きつるぎ」の側面に手を置いた。
蒼き“魔力”が、彼を包み込む。
「『蒼きつるぎ』よ、力を貸せ……」
ハヤトは目を閉じる。
「言霊を込めな」
術の修行をしている際、フローラはそう言った。ハヤトが首をかしげていると、彼女は驚いた様子だった。
「もしかして、知らないのかい?」
「え、ええ……」
「術を使う際には、言霊を込めるのさ。仲間が術を使うところを見たことがあるかい? だったらわかるはずだ」
そういえば、今まであまり疑問を感じてこなかったが、この世界の人々は、たいていの場合、魔法の名前を呼ぶ。
「フローラさん。でもそれって、戦う上で不利になるんじゃないですか?」
「もちろん、相手に何をするか伝える訳だからね。私ら忍は、属性まで宣言してしまうから、相手の勘がいいと、見切られてしまうだろう」
ハヤトはますます混乱した。
意味がない。
フローラはその表情から察したようだった。
「意味はある。自分の“波動”に問いかけて決意を口にし、それを相手に伝達する。“波動”の極意は両者の認識にある。逆説的だが、相手にどんな術か聞かせてやったほうが、威力が上がるのさ」
「言わない場合はどうなるんですか?」
「もちろん威力は落ちるが、宣言しないで戦ったほうがいい場合もあるからね。それでも術について端的にわかるようにしてやれば、威力は増すよ。だから、言うんだ。“波動”を言霊に変え、力にしなさい」
ハヤトは、目を開いた。
わずかだが、激しく戦うアンバーとマヤの二人が、見えるようになった。
新しい武器と戦闘方法を手に入れたマヤは、思いのほか善戦していた。
だが、確実に消耗している。
やらなければ。
彼は剣を引き抜いた。
「いっくぞおおおおっ!」
ハヤトの声に反応し、マヤが“魔力”を解放する。
「『ショック』!」
アンバーは電撃をかわして空を舞ったが、そこにハヤトが狙いをつけていた。
彼は、ありったけの力を込めて、アンバーに斬りかかった。
「『蒼刃破斬』ッ!」
強大な“魔力”の振動が起こり、視界がぐにゃりと曲がる。
空間を包むほどの“魔力”の大爆発が起こった。




