その1
寄り合い馬車が昼の街道を走っている。
「ってな、わけなんだけどさ」
話を終えた隼人は、困った風にマヤを見た。正面に腰掛ける彼女は、ぽかんとしている。
「……ハヤト君、つまりあなたは、その、ニホンってところからここに来たってこと? 荒唐無稽ね。それに話がつながらないわ。そんな名前の場所、このベルスタの近辺にはないし、まず聞いたことがないわ」
隼人はため息をついた。
話が通じないのは、なんとなくわかっていた。
今でも、さっきまでの出来事が夢のようだった。
マヤが放った電撃、「モンスター」と呼ばれる化け物、そして自分の腕に握られていた、青い剣。
隼人は周囲を見渡した。
マヤを含め、乗車している人は誰も彼も、ゲームや小説に出てくるような格好をしている。中には金属製の鎧を着込み、武器を携帯している人もいる。
そして、窓の先には大きな平原が広がっている。緑の芝はどこまでつながっているのか、見当もつかない。
これは夢だろうか。隼人は指で頬をつねった。
じんじんとした痛みだけが残った。
マヤは咳払いをする。
「あなたの言っていることは、よくわからないけれど……」
彼女は少し恥ずかしげに手を差し出した。
「ありがと。オウルベアに囲まれた時は、もうダメだと思った。こうして生きてベルスタに帰れるのは、あなたのおかげよ、ハヤト君」
隼人は少し意外げにする。
森野真矢……ではないが、マヤそっくりの少女が、素直に礼を言っている。隼人は思わず笑みを浮かべた。マヤもそれに応える。
ふたりは握手を交わした。
「それにしても、『蒼きつるぎ』はどこにやっちゃったの? じっくり見てみたいんだけど」
隼人は頭をかく。
先ほど彼が出した「蒼きつるぎ」と呼ばれる剣は、オウルベアを倒したあと、いつのまにか木の棒に戻っていた。
「なあ、あの剣は一体なんなんだ?」
マヤは眉間にしわを寄せた。
「……本気で言ってるの?」
「ああ」
マヤは肩をすくめる。
「まったく、ずいぶんと冗談がお好きみたいね。もしかして私のことを試してる?」
「はぁ?」
「まあいいわ。このベルスタだけじゃない、世界中の誰もが知ってるわ。『蒼きつるぎ』……神話時代から語り継がれている伝説の剣よ。世界の均衡が乱れる時に蒼い瞳の勇者とともに現れ、その蒼き輝きで、悪しき全てを破壊する。はい、これで合格?」
隼人はまた、頭をかいた。
荒唐無稽なのはそちらの方だろう。