その1
終業のチャイムが鳴った。
「今日の部分は来週のテストに出るからな、心しておけよ。おい、折笠。聞いてるのか」
机に突っ伏していた折笠隼人は、教師に呼ばれてようやく目を覚ました。
「ふあい?」
その、あまりにもやる気のない返事に、思わず教師はため息をもらした。教室が小さな笑い声に包まれた。
「まったく、しょうがない奴だ。まあいい、テストで取り返せよ。では、ホームルームは省略。みんな気をつけて帰るように」
教師が教室から出て行き、生徒たちは帰り支度を始める。隼人ものびをすると、かばんに教科書類を詰めはじめた。彼は忘れ物がないことを確認し、席を立った。
「ちょっと折笠、待ちなさいよ」
そこに、ぬっとひとりの少女が現れた。身長は隼人よりも頭ひとつほど小さい。ぱっちりとした目が隼人をにらみつけていた。
隼人はけだるそうに言った。
「俺、もう帰るんだけど。何か用事か、森野」
少女・森野真矢はそれを聞くや否や、むっとして長い黒髪を揺らした。
「帰るんだけど、じゃない! あんた、まーた部活休むわけ!? この間の勝負がついてないわ!」
隼人はさっきの教師と同じようにため息をついた。
「またそれかよ。そろそろ諦めてくれよな。何回やらせんだよ」
その隼人の一言が、真矢の怒りをあおった。
「あんたねー、そうやってもったいぶるのもいい加減にしなさいよ! ちょっと私よりうまいからって、調子に乗っちゃって! この間だって、私の胴の方が本当は速かったのよ!」
「はいはい。そうですね。でも面ががら空きだったぜ」
二人は、この高校の剣道部に所属している。
真矢は毎日のように隼人にからみ、勝負をしかけているのだが、彼はそれをよく思ってはいない。
なぜなら、剣道そのものがそこまで好きではないからだ。
隼人は真矢を横においやった。
しかし、真矢は隼人の前にもう一度立ち、今度は手を広げた。
「きょうは、絶対帰さないんだから。リターンマッチよ!」
隼人は頭をかいた。
こうなると真矢はかなりやっかいな相手である。隼人は咳払いをした。
「しゃあねえな。じゃあ、やるか」
「えっ? 案外あっさりね」
真矢はそれを聞いて意外そうにした。しかし、隼人はにやりとした。
「ただし、道場じゃなくてここでな」
「えっ!?」
「さあ森野くん、まずは神聖な勝負をすべき胴着に着替えようじゃないか」
隼人は学ランを脱いだ。真矢は狼狽した。
「えっ、えっ、今ここで!?」
「ああそうだ! 善は急げって言うしな。クラスメイトのみんなが見てるけど、神聖な勝負なんだ、恥ずかしさなんて捨てちまおうぜ」
隼人がワイシャツまで脱ぎ始めたのを見て、クラスメイトの男子たちは真矢に視線をそそいだ。真矢は困ったように周りを見る。
「ちょっと、ちょっと待ってよ! なんでここで私が脱がなきゃならないの!」
隼人はそこで手を止めた。
「なにぃ……森野真矢よ、そんなことでうろたえるとは何事か! 剣士たる者、どんな状況でも常に臨戦態勢であれ! 先生の言葉を忘れたとは言わせないぞ! さあ脱げ! 早く脱げ! なあみんな! 脱ぐべきだよな!?」
「そうだそうだ! 隼人の言うとおりだ!」
「森野さんがここで……ゴクリ」
「も、森野さん……うっ……」
男子たちに詰め寄られると、真矢はみるみるうちに顔を紅潮させた。気づけば起こる森野コール。彼女はうつむいたままぷるぷると震え、深く悩み、その中で殻をやぶり成長し、やがて言った。
「や、や、や、やってやろうじゃないの!」
すでに隼人の姿はなかった。