(新)第6話 明日の心もしらない~第一節~
人々は、彼らのおかしがるものによって、最もよく彼らの性格を示す。
四月二十日(水)
もう六時三十分だった。いけない、回想に浸りすぎた。今日は買いたいものもあるのに。早く帰らねば。そう思って私は、その作業机の近く、ある違和感に気付いたのだった。
その違和感の正体は、彼女である。九里村がまだいるのだ。手持ち無沙汰に何かをしている。確か九里村も、黙々と帰りの準備を進めていたと思う。だが、それにしてもゆっくりだった。記憶によれば、いつも九里村は私より先に帰っていたはずだ。
私はずっと回想に耽っていた。その間に帰っていないのは不自然である。そんなことを考えているうちに、私も帰りの仕度を整えていた。帰りに、昨日は買えなかった弁当箱を手に入れよう。ついでに、あの寂れたスーパーで半額の惣菜を買うのだ。半額になっていなければ、また夜にでもいってみよう、それを今日のうちに詰め込んで、明日の弁当のおかずにする。米は実家が農家だから、いくらでもある。
そんなことを考えながら、自分の机をあとにしようとした。
「乾先生」
「?」
振り向いて私は、九里村の方をみる。その視線は、彼女の首筋あたり。
「乾先生、今日は……忙しそうですね」
私は少し考えてから、出来るだけ落ち着いた声で返事を返す。
「はい、けっこう寄るとこがあるんですよ。弁当箱とか、弁当用の惣菜とか」
九里村の頬は少しだけ緩んだ。表情を観察するかのような視線を、こちらに向けている。視線が合うような、合わないような。気まずい時間だった。私は、その視線を高さを変えず平行にずらす。ずっと眼を見詰めるのも良くない。かといって首から下に視線を遣ってしまうと、女性にとっては嫌悪感をもたれてしまいがちなので、そのあたりも注意せねばならない。
口の動きで分かった。九里村は何かを言いかけている。私は、その様子をいじらしいような気分で見下ろしていた。たった二〇センチメートルの身長差ではあるが、相手の様子の探るには十分な高低差である。
「じゃあ一緒に行ってあげますよ。弁当包みもいるんでしょ?」
にっこりとした感じを頭に思い浮かべながら、九里村に向き直る。少し、斜め向きだったのが気になっていたから。
「一人で大丈夫です」
目は口ほどにモノをいう。少しだけ俯いた九里村は、そこから何も喋らない。静かに背を向けて私は、職員室の扉を無音でスライドさせた。
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