表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅳ部 本物の大人になるために―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
70/185

第30話 追憶~第三節~

 校舎裏を離れてグラウンドまで戻ってきた。これから鴨中の4人組女子(1人は女子じゃない)を探して、彼女らにも色々おごってやるつもりである。

 さすがに国府市近郊で唯一の夏祭りとあって、数多くの出店が並んでいる。タキプレウスが残したたこ焼きしか食べていなかったから、腹が減って仕方がない。


「お! あれは」


 ふと、焼きそばの出店を見つける。


「焼きそばかあ、二口目まではおいしいんだけどな、すぐに飽きるんだよな。しかも、500円か。お祭り価格とはいえ、ぼったくりじゃねーか……」


 独り言を呟きながら、ちらり。販売用テント内の折りたたみテーブルに積んである焼きそばの側で(冗談ではない。念のため)、稼動を続ける発動機が視界に入る。見た目に違わず重苦しい音を響かせていた。

 全体的に濃緑色で禍々しい形状をしたそれは、四輪車で移動可能な作りになっている。途轍もなく重そうだったが、人力でも何とか運べそうな代物だった。


「うーん、男としては、こういうのには惹かれてしまうんだよな」


 これは、私(元)の嗜好だろう。乾賢太朗は、油臭いモノは好きではない。と、そう思ったところで、同じく無骨な形状の発動機を見詰める影があった。もそもそと動くそれは、明らかに人間のもの。テントの暗闇に紛れてよく見えない。多分、浴衣の模様は花火柄だろうか。

 えらく派手な浴衣だな。そう思って私は近づいた。影の方もこちらを振り向く。その立ち位置は、ちょうど陰影の境目であった。校舎の方から明かりが照らし出されて、茶色く光る地面と暗黒に染まる陰の世界とを隔てていた。ライトによる分断線は、テントの真っ白い屋根布を突っ切っており、お祭り会場の喧騒と相まって、幻惑の世界に連れて来られた子どものような感覚が、私を突き抜けて、幻想の入り口を連想させた。


「いぬ先生っ! 大丈夫ですか!?」

「お、おお。彩季だったのか! なんでここに?」


 さっきも彩季は、私たちに先立って屋台の方へと飛んでいった。それが、どうだ。口元は汚れていないし、それにどうして発動機なんて見詰めてるんだ?


「い、いや、あの」

「あの? 何だ、まあ言ってみろよ」

「これの仕組みが気になって……」


 ん、これが……? ああ、そうか。最近の子どもは、発動機なんて触らんよな。これは、知的探究心とでも言えばいいのか? そうでなければ、14歳の女子がこんな重苦しい一品に近づくはずもない。

 

「発動機だ。ほら、ここからコードが延びて、向こうの焼きそばとか焼いてる鉄板に繋がってるだろ。灯油を入れるとな、電気になるんだよ」


 細かい仕組みは、よく分からないが。とりあえず発動機とはそういうものだ。


「ええー、そういうのがあるんだ! これ、どうやって操作するんですか?」

「これは昔のやつだからな、いや、それでも今のと変わらないか……? 灯油を入れて、そこのグリップを握って、思いっきり引くんだよ。そうしたら電力が供給できるようになる」

「へー、そうなんですか。へえー」


 興味深そうに、発動機を様々な角度から眺める彩季。いつもとキャラクターが違う彼女を見ていると、子どもというものについて、自分自身の思慮の浅さを感じざるを得ない。私が知る彩季の姿は、勉強をしているときと、柔道をやっているときぐらいのものだ。

 学問好きというのは想定内だったが、こういう実際的な分野には興味がないのだと勝手に決め付けていた。生徒というのは、教師目線からは理解できているようで、それは氷山の一角でしかないのだ、というかび臭いドラマのような格言の一端を私は体感している。

 さて、ここで嫌な予感がしてきた。ここいらでひとつ、確認しておくべきことがある。おそるおそる背後を振り向いた。

 

「いぬ先生、ねえ、これ、このへんのスイ……え?」


 彩季の手を引いて立ち上がるよう促す。その手をグイと引かれ、振り向いた彩季の先には――強面のおっさんが。発動機の持ち主であるとともに、焼きそば店の代表者だろうか?


「何しとるんなあ、そこで」


 まあ、近場で堂々をこんなことをしていては当然か。もうちょっと早めに気付けばよかった。


「態度によっては本部に連絡するど。悪意がなくても関係ない。こっちは被害者じゃけえの」


 手を繋いでいる彩季の震えが伝わってくるようだった。こちらが悪いが、あちらの態度の悪さも気になる。こちらには萎縮している中学生もいるのだし、政治的には有利な要素が揃っている。本部で決着を付けてもいいか。

 私は、もう少しだけ言霊を練るべく思案する。少しばかり、彩季を引き寄せながら。緊張の間。口を開くのは相手が早かった。


「どうなんや、ん! いたずらしようとしとったんか。ちょっと、こっちけえや」


 あっち系の人なんだろうな。理不尽な怒りは周囲にも響くようだ。私の対応は決まった。

 本部で決着を付ける。震える彩季を利用して、こいつらに恥をかかせて今後の立場を不利にしてやる。こっちだって恥をかいてるんだ、メンツを潰されたままで引き下がれるか。台本は、いま考えた。おっさん見てろよ。

 ああ、これだ。以前の自分が蘇ってくるような感覚。鬼気迫る感覚を得たときのみ、今の認識そのままに、乾賢太朗のメンタルとはてんで異なる存在へとスライドするのだ。


「いい度胸じゃねえか、私の娘に何言って……」


 複雑な気分である。段々と気分が乗ってきた。あとは、おっさんの反応次第だ。


「おい! なんとか言え――」

「ご、ご、ごめんなさい!」


 その振り絞るような言葉に、彼女を握っている私の左手も釣られて振動するような気がした。


「ごめんなさい、発動機を見たことがなかったから。仕組みが知りたかったんです。本当にごめんなさい」

「そ、そうなんですよ。私の娘なんですけどね、こういうのが好きなんです。今回だけ、なんとか……」

「……」


 危なかった。もう少しで私(元)の感覚が蘇って、そういう風に行動するところであった。こういうのは本当に危険が迫るとき以外に用いてもロクなことがない。

 思案顔のおっさんに対し、おずおずと縮こまる彩季。あちらとしては、さっさと帰ってもらいたいと考えてるのか? ここは……そうだ、そうしよう。


「彩季、帰るぞ。あいつらにも買っていこう。2000円もあれば足りるかな」


 そう言って2人は、おっさんの横をすり抜けた。彼は、私たちが焼きそばの列に並んだのを確認すると自分たちのテント内の調理スペースへと帰っていくのだった。

 さっきの気分が高揚していた自分自身を見直すと、いかにもDQN気質である本来の自分が想像された。タキプレウスが言うには、私(元)は社会的に見て優良な部類に入る人間とのことだったが、あんな好戦的な態度でよくそういう評価になるものだ。

 もしかして優良というのはタキプレウスの主観で、本当は悪い方向にとんでもない人間なのかもしれない、という予想が今の私を支配していた。

 

「彩季、メシ食ったのか?」

「いえ、まだです」

「そうか。さっきは悪かったな、嘘ついて」

「本当ですよ。親子だなんて」


 そう言って彩季は、私に身体をぶつけてくる。何度も。

 やめてくれ。私は、小児偏愛者(ロ リ コ ン)なんだよ。色々と刺激するんじゃない。そんなことを思いつつ、数十メートル先を見据える。視界の先には、射的に挑戦しようとする調歌と、その側で立ち食いしているらしい律子(お前いくつだよ……)を散見する。

 焼きそば買ったら、ちょっと行ってみるか。行列は残り数人というところまで迫っていた。

毎週、金曜日から更新です。注釈文は最終節にあります。それでは、ゆっくりお読みください(。。)...

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ