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インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅳ部 本物の大人になるために―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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第30話 追憶~第二節~

 決めた。よし、決めた。


「みんな」


 鴨中学校の4名は、警戒心の混ざったような陰鬱な表情を向けている。


庚子こうこの親、今日はまだ来れないんだよ。1人ぼっちなんだ。女子をそうする訳にはいかないからさ。彼女の親が来るまでいいかな。埋め合わせるから、ほんとにごめん」


 どちらかだけと回るという選択肢はない。となると、交渉の余地がある庚子こうこと一緒に祭りを見て回るのが正しい。頭の中には短時間で切り上げる策もあった。


『ゴルァ! お前も謝れ』


 念話で、庚子こうこにそう告げる。この距離なら、まず間違いなく届く。


「……ぐすっ」


 空気が変わった。大粒の涙が、彼女の切れ長のひとみから零れ落ち、頬を伝い、砂地へと吸い込まれていく。


「う、ぐずっ、ううっ~! ごめんなさ……」

「あ、いいのよ、ごめんね」


 そう言って、走り寄ってきたのは律子であった。右手には、イブサン口ーラン(漢字の口である。念のため)のハンカチが握られている。


庚子こうこちゃん、乾先生とゆっくり待っててね」


 律子っ! やれば出来るじゃねーか! それに引き換え、庚子こうこは……。ふと、中学生3人組を見遣るに、大勢は決したとの思いで、めいめいどの夜店でメシを買おうか迷っているようであった。


「わたし、国府市の花火大会来たことないんだ。すっごい楽しみ!」

「そうなん? けっこう綺麗で! まあ、薄情者は放っといて行こうや」

「ま、まって。音恋ねこいさん、部井とりいさん」


 悪いことをしてしまった、でもアクシデントなんだ! このくそちびっ子のせいで、申し……うううううっぐあああっ!!

 思わず叫びそうになる。何より救いだったのは、律子がとっくに振り返っていたこと。


『誰が、くそちびっ子だって?』


 くそ! 私の考えを読めるのを失念していた。まあ、とにかくだ。


「祭り、見るんじゃないのか? 一体、何のために浴衣を買ってやったんだよ」

「勘違いするな。こないだ何でも買ってくれるって言ったろう?」


 庚子こうこは、その唇を私の浴衣の胸元に付けながら、そう呟いた。彼女の両の手のひらは、柔らかく引っかくような感触でもって私の浴衣を貫き、肌に感覚を与え続けている。

 甘える仕草は、まるで大人のそれだった。実年齢いくつなんだろうな。まあ神の使者にそういう概念はないか。


「行くぞタキ。まずはどこがいい?」

「えぇ~、エスコートしてよお。はじめてだから分かんない」

「ぶりっこしてんじゃねーよ……」


 悲しいかな、小児偏愛者(ロ リ コ ン)の気質は我が意思とは関係なく、肉体の火照ほてりをもって応えるのだった。



 それから、数十分が経ったろうか。事務員室のコンクリート塀の真下にあるブロックに腰掛ける、私と庚子こうこ


「あつっ! あつい。もういい、残りは賢が食べてもいいよ」


 その手元には、残り3個になったたこ焼きのパックが握られている。食料を買っている最中、庚子こうこは、ずっと私の右腕に絡み付いて離れなかった。代金の授受で、一時的に離れることはあっても、犬のようにすぐ後ろをついてきて、また腕を連結させた。

 群青色ウルトラマリンの鼻緒が結んである草履が歩き難そうだったが、それでも私の歩幅に合わせて歩き続けた。わざと歩幅を庚子こうこに合わせず、反応を伺っていたのであるが、次第に馬鹿らしくなって、歩調を緩めた。

 そんなこんなで、会場を一回りして国府学園の校舎裏に辿り着いたというわけだ。苹樹たちに目撃されなかったのは、ひとえに日頃の行いの成果だろうか。

 

「意外に、食わないんだな」

「まあな。誰かさんと違って、デブったら困るし」

「もう、77キログラムを切ったよ。身長180センチなら、この体重でもアリだろう?」

「どうだか……」


 そう言って、6個目のたこ焼きを飲み込んだ。さっきから8個入りのたこ焼きを、ひとつづつゆっくりほお張っていった。どうやら熱いものは苦手らしい、一度たこ焼きを解体してから生地を口内に入れていくスタイルだ。

 お茶に手を伸ばし、不器用にラッパ飲みする庚子こうこを横目に、グランドシティ富士で浴衣を買ってやった時のことを思い出す。

 3日前だったか。タキは突然に部屋に現れ、欲しいものが決まったというのだ。確かに、何でもする約束はした。痛い出費ではあったが、調歌の心が傷つくかもしれない機会を脱せたのだから、高々2万7千円の浴衣ぐらいで済んだのは勿怪もっけの幸いである。

 今でも鮮明に覚えている。服飾店でタキが浴衣を選んでいると、店員から、かんざしだの草履だの、色々と付属品の営業を掛けられたのだが、その際に言ってしまったのだ。「親子ではない」と。

 そうしたなら10分後に警官が来て、事情聴取の上で開放された。身分証明書といえば、共済保険証くらいしか持っていなかったし、それで潔白を証明できるわけでもない。警察も渋い顔をして、どうやら犯罪者顔らしい私を睨んでいたのだが、タキプレウスが警官に近づいたかと思うと、彼の顔色が途端に悪くなった。

 そしてタキからの合図で、必死で潔白を示すアピールをすることにより、難を乗り切ったのだ。今、タキが身に着けているかんざしと草履は、そのときに店員に詰め寄った私の戦利品でもあった。潔白な客を通報したことを黙っている見返りとしての、当然の対価。


「さあて、行くか。まだ寄りたいところは?」

「満足だ、ありがとう」


 素直な時と、そうじゃない時の性格の違いが大きいのだよな、庚子こうこは。ああ、違う。今は、タキでいい。


「まだ、2個残ってるじゃないか?」

「うん、まあな。ちょっと待て……お、向こうに苹樹がいるぞ」

「なにっ!?……むぐ!」


 歯茎が溶けるような熱さとともに、塩味の効いた柔らかさが襲ってきた。吐息と一緒だったから、その正体は暗闇でもすぐに分かった。それはタキプレウスが口移しで運んできた、たこ焼きであった。運が悪ければ、互いに口付け合っていたろう。


「むぐぐ、おい!」

「ああ、悪い。からかってみたかったんだ」

「冗談、キツイぞ。誰かに見られたら、人生ゲームオーバーだよ……」

「ふふ」


 一体、何がおかしいのか。タキプレウスという存在は、私をボコボコにのめす(・ ・ ・)かと思えば、こういう甘えた面を見せることもある。

 もやもやした気分で考えあぐねていたが、また同時に、私の男性としての機能が刺激されていることを察知する。「もういい、早く行ってくれ」と心に思ってしまって、すぐにそれを引っ込めた。


「じゃあな、そろそろ行くわ。賢。からかってごめん」


 渋めの色合いではあるが、しかしながら、雅をかおらせる浴衣をひらり、ひらり。タキは、その場で立ち上がる。

 ああ、そうだ。彼女は私の心を読めるのだ。もう何度失敗したか分からない。


「おい! タキ」

「何だ?」

「他にも夏祭りはまだある。今度は射的でもやろうぜ」


 くすりと笑って、彼女は消えた。私の認識の外へ。

毎週、金曜日から更新です。注釈文は最終節にあります。それでは、ゆっくりお読みください(。。)...

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