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インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅳ部 本物の大人になるために―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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第29話 非日常の速度~第二節~

「インセンシティブ・センシブル」では柔道描写が出てきます。分からない点は、こちらをご覧下さい。


柔道チャンネル

基礎知識http://www.judo-ch.jp/knowledge/

審判規定http://www.judo-ch.jp/rule/koudoukan_judge/index.shtml

 残り時間、1分。

 苹樹と調歌の乱取りは、白熱していた。これまでは、長い手足を活かし、苹樹が調歌を圧倒していたのだが、組み手争いを禁ずることにした途端に逆襲が始まった。

 執拗に苹樹の足首を蹴り飛ばす調歌。いらつく苹樹の姿を見る機会は滅多にない。さっきから苹樹が手を出せないのは、調歌の連続攻撃によるものだった。苹樹の圧力をかわしたかと思えば、大内刈り、小内刈りと連続して放つ。牽制ではない、本気だ。そして中継ぎとばかり、足払いでリズムを取る。足を引っ掛けられている間、苹樹は技を出せない。

 苹樹は、ついに焦りが頂点に達したのか、前屈みになっている調歌に対し、大外刈りを打つ。その足先は調歌のふくらはぎに引っ掛かかるも、あまりに体勢が悪い。膂力(りょりょく)で劣るはずの調歌にさえ、いなされてしまう。

 これは、調歌の有する重心の低さの賜物でもあった(足が短いという意味ではない、決して)。

 彼女は、もう一度、大外をぶつけようとするも、調歌の柔道着を引っ張り過ぎたからであろう。胴衣と身体との合間に、だいぶ余裕(・ ・)ができたようで、苹樹の持ち手は、ずるりと簡単にその定位置を外れてしまう。

 また思い切って体落としに入る苹樹。飛び込むように自らの体(たい)を調歌にぶつけていくも、相手の身体は、うつむけに倒れ伏すばかりだった。引きずり起こして同じ技に入るも、それは変わらない。

 なぜ効かないかといえば、調歌の上胴衣が肌蹴(はだけ)ているからだ。柔道着というものは、肌(女子の場合はシャツ)に密着しておらねば十分に敵を崩すことが出来ない。

 こういう場合、胴衣を直すよう要求することも出来るのだが、苹樹は、そのルールを知らなかった。いや、知っていても投げようとしたろう。

 幾度となくうつ伏せに倒れ、尻餅をつく調歌。苹樹の焦りは増していく。上に、下にと揺さぶって調歌が前に出たところで――大外刈りを狙った。

 見えなかった。私は、瞬きでもしていたのだろうか。その一瞬の隙に――苹樹の首根っこは畳に接地しつつ、背中の中心線を通って床を転がっていったのである。

 音もなく相手を投げ切った調歌の肢体が、苹樹の上にふわり、回り落ちる――背負い投げ、披瀝(ひれき)。

 しゃがんで投げる低い背負い投げ。まあ、立ち姿勢のままで背負いを打つ選手なんて今時いないのだが。調歌は、大外刈りで重心が前に出るタイミングを狙った。苹樹のすらりとした足首から伸びる鎌が、調歌を捉える前に背負い投げで吹っ飛ばしたのだ。


「マジかよ……」


 私は呟くのであるが、それはまた、苹樹の表情でもあった。律子にしても、賛嘆たる様子である。

 柔道には、崩し、作り、掛けの3つのステップがある。これら全てを満たして初めて、相手を投げることが出来る。

 今のケースだと、大外刈りを背負い投げで迎え撃つという時点で崩しは必要なくなる。作りについても、背負いの姿勢になったまま膝を曲げ込むだけでよい。技に入った後は、思い切って投げ飛ばす。今は調歌が力を入れなくても、苹樹は綺麗に宙を舞っていたろう。

 完璧に入った技というのは、そういうものだ。ここで私は、優子に内股を食らったときのことを思い出す。あれは本当に剃刀のように鋭い技芸であった。高校生とは、いや女とも思えない。


「やったーー!! 久しぶりに苹樹を投げたっ」

「おおー、やったじゃん調歌!」


 そう言って私は、調歌の頭を撫でてやる。


「おい、結び目ほどけるだろが!」


 そういえば、調歌の髪量がロングであることを失念していた。ここで、はっとなって苹樹を見遣る。教え子を、誰も贔屓することがないようにしていたのであるが、つい嬉しくて調歌を撫でてしまった。苹樹よ、おーい、苹樹さん……。


「ああ、投げられちゃったあ」


 彼女は、ぐいと身体を起こして調歌に近づく。


「次は投げられないからね! 調歌」

「ねこ、それは次の乱取りが終わってから言ってね」


 そう言って、笑い合う2人。その様子を見て、健全な空気を感じ取った私は、ストップウォッチに視線を移す。あと4秒で乱取りの6本目が終了するところだった。


「よし、乱取り終わり! 次は、寝技な。10分間休……憩……」


 その刹那。見てしまった。律子も、彩季も、苹樹も水飲み場に向かうところだった。本当ならば、ここで清涼飲料水の存在を明かして大喜びを得るはずだったのだ。

 苦痛に歪むは、調歌の表情。


『おい、どうした』


 そう声を掛けたかったが、刹那の瞬間であったために声を掛けられなかった。向こう側に合流しようとする調歌。さて、どうしようか……。

 迷った挙句に、声を掛けるという判断に至る。さっと後ろを振り向いて、柔道部の練習場所である体育館ステージ場、舞台袖に目を遣る。


「おい、調――」

「いぬ! うち、アクエリ派なんじゃけど!!」

「勝手に開けるんじゃねえ!」


 クーラーボックスに駆け寄る。


「取っていい?」


 とばかり、いじらしい視線を投げるは苹樹と彩季。可愛い。製薬会社が出している清涼飲料水を批判しつつ、パッケージを眺める調歌。もうちょっと淑(しと)やかだったらなあ。ボトルの蓋を開け、許可なく飲んでいるのは律子だった。


「お前は教師だろうが!!」


 問答無用にヘッドロックを決める私に、やいのやいのと騒ぐ女性陣。これは、充実している生活といえるだろうか。

 私(元)の過去を回想しようとするも、肝心な記憶は未だ浮かんでいない。乾賢太朗が知っているはずもない経済、法律関係の知識は、多く脳裏にこびり付くように思い出してはきているのだが。タキプレウスの言うように、長期記憶については思い出すのに時間が要るようだった。

毎週、金曜日から更新です。注釈は最終節にあります。ゆっくりお読みください(。。)...

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