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インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅲ部 影響していく力―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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第21話 未成熟で、模索中~二節~

 幸原道場。ハッピーマウンテン駅の裏手にある、柔剣道施設を備える3階建ての準体育館。駅裏には江戸時代の城郭があり、そこに至る小山を越えれば坂下の突き当たりに、それは見えてくる。石段を登ると、道場の1階部分に当たる高さの位置に神社がそびえ立っている。そこを右に曲がり、道場の受付を通り過ぎて2階へ。ここは百畳を超える面積で、ハッピーマウンテン市内一の道場である。ここは私有の道場ではなく市が所有しているのだが、体育文化の発展という目的のもとに専任の指導者が置かれている。そして、子どもや社会人が柔剣道を嗜む場として提供されている(※)。

 幸原道場には律子が通っていた。かくいう私も彼女に紹介してもらい、週に2回の予定で通っているというわけだ。鴨中学校からは電車で30分かかる。自動車をもっていない私は、やむなく律子に乗せてもらっている。もちろん料金を請求する約束となっているのだが、高いのだろうなあ。


「こんばんはー」

「こんばんは」


 受付の事務員に声をかけ、そこの急階段を昇っていく。そして左手に曲がると、50メートル走でもしたくなるような、奥行きある畳の海が出迎えてくれる。現在時刻は7時10分。社会人の部の練習は7時半からだが、もう全員、集まっているようだ。

 男性は板の間スペースで着替えることになっている。律子が更衣室へと入っていくと、私もスポーツバッグから柔道着を出し、板の間の一段高めの場所にそれを置いた。といっても、律子から貰ったやつだが。私のは、いま注文している最中だった。当然、自分の帯もないから、これまた律子から白帯を借りている。帯については彼女のやつだから、かなりきつい。柔道のルールに抵触しそうな勢いである。そんなことを気にしつつ、そこで準備万端に待ち構えている男に挨拶をせねばならない。


志上しかみ先生」

「おお、乾くんじゃないですか! 週に2回しか来ないと、なんか、どうもねえ」

「いやあ、すいません。仕事が急がしいんです」

「お互い様でしょう」 


 志上信六しかみのぶろくという男は、面長で痩せた体型の小男であった。その柔道着の色は、真っ青だ。ブルー柔道着については、導入当初は何やかんやで批判されたりもしたが――っておかしいだろ! ここは日本なのに、何でそんな柔道着を着てるんだ!? それは確か、国際試合で使用されるもののはずだが……。


「志上先生、それ……」

「ああ、これですか。僕が大学時代、初めて国際試合に出たときのやつ。いやあ、懐かしいなあ」

「そうなんですか! また話、聞かせて下さいね」

「ええ、もちろん。いくらでも聞かせてあげますよ!」


 見た目こそ貧弱そうなものの、その強さは道場でも随一である。元全日本強化Aランク指定。まあ、柔道界のエリートというやつだ。実業団を引退した後に、指導者としてのキャリアをスタートさせている。スポーツ選手ならば誰もが羨む人生である。

 捉えどころのない性格が気になるものの、はっきり言って、仲良くなる必要がある人物だ。おだてに弱いし、今のうちから接触していこう、という下卑た考えに因われる。邪心は失敗の元である。

 さあ、いつ飲みに誘おうかと考えていたら、更衣室の方からこっちに歩いてくる気配を感じる。これは……間違いない。


「あ、あの、こんばんは」

「こんばんは、千奏ちゃん」


 その女性は、両手を前に組んでまごついているようだった。女性が私と会話するとき、相手が自動的に上目遣いになってしまうのは身長のうえで仕方ないのだが、それにしても緊張している様子だ。


「い、乾先生、今日も九里村先生と来たの?」

「ああ、私は車、もってないからな。それより、今日は来るの早いな」

「うん、授業が早く終わったから」


 いつの間に? 私の前まで来ている。逃れられない。横に切り揃えられたショートボブの女。成人男性にとっては殺人的な大きさの胸元、そして柔道着を着用していてすらヒップラインが強調されていることから、それらは相当な大きさであることを伺える。


「じゃあ、車で来ないの?」

「ああ、来ないんだよ」

「でも、たまには来てね」


 新井千奏あらいせんかは、ここから自動車で15分程度の距離にある星河ほしかわ学院高等部の二年生だ。年齢的には乾賢太朗の対象外だから、教え子たちと違い、全く意識せずとも済む。というか、そういう方向の興味が湧かない。先日は、寝技の乱取りのとき。対重量級向けに実験したい技があるというので付き合ったのだが、その豊満なものが顔面にのしかかって何十秒が経過しようと、私の下半身は無反応であった。


「たまには、な」

「そんなこと言って、律子先生に甘えてばっかりなんでしょ?」


 千奏のおでこを撫でるように押し飛ばす。そんなことをされても彼女はそのまま突っ立って、私を見上げている。いや、でも、そんなに身長差はないはずなんだが。確か、166センチメートルだったような。


「大人をからかうんじゃねえ」

「だってぇ……」


 別に、私は千奏に嫌がらせをしているわけでは――。


「なにしてんですかあああっ!?」

「ほげえええええっ!!」


 私の身体は、キレイに1メートルは吹っ飛んでいた。そこは畳ではなく、板張りの床だったが、何とか受身を取ることは可能であった。練習前なのに怪我をするわけにもいくまい。私を蹴り飛ばすとなると、この女しかいない。


いぬいっ! 何してるんですかあっ!? お姉ちゃんに! あなたは邪魔だって、言ったじゃないですかあっ?」


 新井千璃あらいせんり。妹の方は、姉とは対照的にロングであった。いまは首の後ろで収納されているものの、背筋の半ばまで延びるその髪。普段は、星河学院の制服にぱらぱらと纏わりついている。今日はどんな風に纏わりついているだろうなと思って、そういう意味では気になってしまう。

 その肢体を眺めないようにしているものの、髪全体に意識をやろうとすれば、どうしてもそうなってしまう。高校一年生ながら、その身体付きは姉と同様、もはや凶暴と言って差し支えないであろう、それであった。


「い、痛いじゃないか……」

「お姉ちゃんに近付くなって、何度も言いましたよねえ?」

「千璃ちゃん、わたしから近付いたんだよ」


 私たちの周りは、そのような光景など気にもかけず、練習時間をしみじみと待っているように思えた。私が幸原道場に来て3週間少々しか経っていないが、彼女に蹴られるのは、もうこれで三度目だ。


「別に、いいだろ。お姉さんの好きにさせれば」

「だ~めっ! 悪い虫がついたらどうするんですかっ。責任取れるんですか。わたしは姉を愛してるんですっ」

「……なあ、千璃」

「ああ~~っ!!」


 千奏だった。何があったんだ?


「乾先生、妹を呼び捨てにしないで下さい」

「何で? 千奏ちゃん」

「何でって……親しい人同士でやるものでしょ!」

「千璃、呼び捨てでもいいか?」

「い……いいですよっ。わたしも乾って、よ、呼び捨てしてますからっ」


 星河学院の一年生と二年生は、それからも何かについて話し合っていた。まともな大人から見れば、(肉体的に)彼女らは子どもには見えないだろう。だが私には見える。彼女らは、子どもだ。だって高校生だし。ところで皮肉にも、乾の身体は中学生以下の女子について、彼女らを女性として認識する。

 ふと、室内に変化を見て取る。道場の中央付近に男が一人。嘉納治五郎かのうじごろうの写真の真下、その上背のある男は屹立きつりつしている。


「これより、練習を、始める!!」


 いかにも体育会的な抑揚。その屈強な男、性名を宇野青葉うのかんばという。志上と同じく元強化選手であるが、性格は志上とは正反対だ。普段はチャラいが、練習となれば一気に体育会モードになる。

 やがて道場内に居る者――20名弱ほどか――全員で円形となり、準備体操が始まる。ラジオ体操みたいなものから、柔軟運動、前方回転受身での柔道場を四往復ときて、ようやく柔道らしいことをする。

 技の打ち込みが始まって、立ち技の乱取りに繋がっていくかと思えば、そこで志上と宇野は別々に分れた。道場仲間たちは、そのどちらかに付く集団となっている。


「何が始まるんですか?」

「あ、ごめんなさい。話してなかったですね」


 律子が声を掛けてくれた。やはり(バスト以外)スタイルのいい女性には、柔道着が良く似合う。何だかパリッとしているような感覚を、その外面から感じるのである。


「今日は、一ヶ月に一回の定例試合なんです。その年の初めにメンバーを決めて、試合をやるんですよ。ちなみに勝ち抜き戦です」


 ああ、そうなのか。迷わず私は、志上の方へと付く。こっちの男の方が扱いやすいしな。どちらのグループも、こしょこしょ声で話し合っている。どうやら、オーダーがバレるのを回避しているようだ。


「乾先生、志上チームに来るなんて嬉しい」

「なんでわたし達と同じチームなんですかっ? 不運ですね……今回は勝ちたかったんですが」


 おい千璃、誰が運が悪いって? と言いたかったが、ここはとにかく耳を傾けていよう。って、ちょっと待て。この感じだと、女性も男性に混ざって試合をするということか。まあ人も少ないしな。仕方ないか。

 やがて数分が経ち、柔道場の奥側。志上チームは入口側に11人が並び立つ。あちら側には壁を背にして、これまた10人が並び立っている。どちらのチームメンバーも覇気に満ちている。これって、勝てば何か貰えるのだろうか?


「楽しそうだな、志上。今日も勝たせてもらうぜ」

「今回、あの子(・ ・ ・)はいない。勝利はもらいましたよ、宇野先生」


 意地を掛けたぶつかり合いが、今にも始まろうとしている。問題なのは私が志上チームの先鋒ということだ。だが最大の懸念事項、それは、「期待している」という志上のメッセージだが、その期待される男である乾賢太朗は、今日が初試合だということだ。ちなみに、まだ5回しか練習に来ていないので、幸原道場の面子については、ほぼ知らない。勝利への鍵は、私(元)の身体が覚えているというエピソード記憶。だが、普段の練習では乱取りでも辛うじてこなせる程度のレベル。私は当初、全然弱かった。互哩のときのような、ああいう鋭敏で怒気に満ちる感覚がよみがえったならば、ここでも勝利できるはずである。今は丁度、いい機会だ。さあ、勝負を始めよう。

 (第21話、終)

※……実際の市でもありえることですが、物語の設定上、ハッピーマウンテン市が体育系の各連盟に指定管理委託することで、市内の体育施設の管理を行っているという設定です。


毎週、金曜日に更新です。ゆっくりお読みください(。。)...

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