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インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅲ部 影響していく力―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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第19話 優しい花~二節~

 スーパーに寄って、家に帰ったのは夜7時半だった。思ったより時間を使ってしまった。コタツに入ってから私は、今日のことを回想する。

 音恋さんの家庭が特殊であったこと。父君の、音恋苹樹に懸ける気持ち。わが子の教育計画の一担を任せてもよい、という信頼を一応は得たこと。易しくもなく、かといって苦しくもない協議だったのは私の努力のおかげか、それとも端からそういう運命だったのか。判断のつけようがないものの、条件付きとはいえ、一応は成功したのだ。しかも今の私にとって、その条件などあってないようなもの。来週から始めるのだ。本当の意味での、本当の私を取り戻すための戦いが。

 携帯電話を取り出す。慣れない電話帳の操作。2回ほどの呼び出し音とともに、律子の耳元へとつながる。


「は、はいなんですか? で、電話なんて」

「すいません。これまであまり連絡をすることがなかったもので。音恋さんの説得、成功しました」

「ということは……最低限の人数は集まったんですね?」


 鴨中学校の校則では部活動を申請する際の最低人数について、その競技をプレイできる最低限の人数と定められている。女子柔道の団体戦は3人で行われるので、今回はその人数で申請を通すつもりだ。もし申請を断られた場合、市内の各校の女子柔道部のデータをもち出して説得する予定となっている。今時、4人以上も部員がいる女子柔道部なんて滅多にない(※2)から、部員3人でも珍しくないことを交渉の材料とする。どうしても断られるならば、最悪あの3人を連れてきて泣き落とし作戦を決行する。いや、もう1回目に断られたなら、2回目の交渉の際には連れて来ておこう。


「あのー、乾先生?」


 いけない。戦略を作るのに夢中になっていた。一度にふたつのことを並行して行うのは、乾賢太朗には至難の業であった。まあ、気合を入れれば出来るかもしれないが、そういう機会はおとずれるのだろうか。


「とにかく成功しましたので、明日の午後4時に鴨中集合とします。練習場所の設営を行いますので」

「午後4時に練習場所? ああ、体育館の話ですね?」


 そうそう、と返事をして私は、律子にある事前準備の指示を行った。私がやっても良いのだが、それは女性向きの仕事である。もし必要ならば、仕事は完全に振ってしまった方が良いと思った。その間、私も別の事前準備をしておこう。

 それから10分程度に渡って、しょうもない話をした。業者のパンはこれが美味しいとか、外に食べに行くならあそこが安くて量があるとか、親から結婚はいつになりそうなの? と聞かれて面倒くさいこと、個人的にどの生徒がかわいいと思うかなど、本当にどうでもいい話題ばかり。しかしながら、この時の電話は、乾賢太朗のここ半年間の通話履歴の中では最長のそれであった。最後は、お互いに柔道部の成功を祈りあい、通話が終わった。

 寂しい人生ばかりを過ごしていると、何かにすがりたくなるのが人間というもの、かもしれない。乾賢太朗の数少ない趣味のひとつは、アニメーションの鑑賞であった。私(元)には間違いなくそういう性向はなかったのであるが、それでも乾賢太朗の身体で見るアニメは、まあそれなりに面白く感じた。子ども向けの作品を見ている駄目な大人、というレッテルもぐに剥げた。よくよく見れば、大人の鑑賞にえるアニメというのも、ごく普通に存在している。いま私が好きなのは動画サイトで配信されている、時間を飛んで色々と解決する(らしい)やつだ。まだ序盤なので詳しい内容は分からないが、毎週を楽しみにしているアニメのひとつである(他には、なんとかちゃんねるというのや、タイトルが長いやつ等を視聴しようか迷っている)。

 コタツから立ち上がって私は、明日の弁当を作るために惣菜の開封を始めた。ぱきぱき、という音とともに、プラケースが破れていく。その中味であるコロッケを慎重に箸で掴むも、あまり上手くいかず、具をさらけ出してしまった、その時である。


“それをクリームコロッケであると思ったから購入して、実はそういう形状の芋コロッケだったときの殺意というのは、一般に、雪見大福を半分わけて欲しい、と頼まれる際のそれを超える”


 そういう内容の英文があったとしたらどうなるのだろう、といま私は考えることになった。

 気持ちを落ち着かせ、音恋さんの家で和室を出た時のことを思い出す。父君が先に玄関に向かう途中で、こっそりと彼女に呼び止められた。そのまま中二階にある部屋の前へと案内され、提出を忘れていたであろう、生活ノートを渡されたのだ。そのとき、彼女の室内が少しだけ見えた。そして見てしまった。彼女の日記を。文字までは見えなかったが、日記の内容に満足いかなかったのだろう、所々に黒塗りの線を確かめる。私の目線はすぐに気付かれ、彼女は即座に私を遮ろうとするのだが、悲しいかな、身長があと10~20センチメートルほど高ければそれを達成できたろう。すぐに振り返って私は、玄関へときびすを返すのだが、その時の音恋さんの態度が気になった。到底、文字など見えない距離だというのに、まるで人生最大の秘密が見つかったかのような、そんな悲壮感に満ちる表情で私を睨んでいたのだ。まさか、あんな顔をするなんて思ってもみなかったから、こうして私は帰り道に自己反省の時間を設けることになった。

 弁当が完成した。月曜日も1限目から授業だ。最近は静かになってきているものの、やはり、1人が不登校状態、もう1人が入院状態というのは気が重い。いつかは解決しないといけない問題だと思うし、実際にやろうとも思っている。仕事という言葉はそのまま、為すべきことという意味なのだが、いまの私には、それは多過ぎる。

※1……“俟つ”という言葉には、何かを期待して待ち続けるという意味があります(。。)...

※2……女子柔道の人口は本当に少ないです、ハッピーマウンテン市は政令市と中核市の間という設定なので、けっこう女子部員もいますが、そこらへんの市内大会だと出場者数名ということもあり得ます(。。)...


毎週、金曜日に更新です。ゆっくりお読みください(。。)...

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