表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅲ部 影響していく力―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
30/185

第18話 それが、運命~一節~

 運命の中に偶然はない。人間はある運命に出あう以前に、自分がそれをつくっているのだ。



4/28(木)

 今日の昼食について、いま私は業者のパンにしようか、それとも外食にしようかで悩んでいる。昨日はスーパーに良い惣菜が売っていなかったので、思い切って律子と同じ食事を選んでも良いのではないか、と思ったのだ。パンならば、流石に丸ごと摘み食いされることもないであろう。寛容な私は、弁当箱の唐揚げ1個ちょうだい、ならまだ許せないこともないが、さすがに雪見大福1個ちょうだいなどを許すことはできない……ってそれ半分じゃねーか!

 律子は今日はパンを5つ(8百円分)も買っている。それでも太らないのは、アレか。週に3回、柔道をたしなんでいるからか。


「律子先生、パン1個下さいよ。もしくは私に恵んで下さい」

「だめー」


 だめか。なら仕方がない。そして、複雑な表情を浮かべつつ彼女は言った。


「乾先生、今日はパンを買いに行くんですか? 言ってくれれば良かったのに。おいしいやつ、教えてあげたのに」


 うーん、どうしよう。パン2個を買って300円か、それとも……ああ、そうだ。遠くの席の橘田きった先生は、いつも外食を出前している。なんだっけ、そう、確か中食なかしょくとかいうスタイルだ。今日はお好み焼きを注文しているようだった。国府焼きとか言われる、隣市の名物料理である。

 席を離れて私は、橘田きったの元へと歩を進める。律子の視線が気にならないこともなかったが、まあ気にしない。


「橘田先生、うまそうですね。どこで買ったんですか?」

「これはね、家から持ってきたのよ。実家が国府市なの」

「本格的ですね。お好み焼きの店、やってるんですか」


 橘田は箸を止め、こちらへと向き直る。橘田実子きったみこ。ハッピーマウンテン市、鴨中学校の数学教師。男性にとって、その身体のサイズは色々なところが悩ましく映るのだろうが、小児偏愛ロリコンである乾賢太朗には関係ないことだった。


「国府焼き(※1)はね、庶民の食べ物なの。備後国府市びんごこくふしは、今でこそ広島県の小さきゆうとかうたわれてるけど、昔は貧相な企業町だったのよ。所得が低い地域の人々は、薄めに溶いた小麦粉と安いクズ肉その他を使い、国府焼きを作ることで糊口を凌いだの。まあ今では、その国府焼きも全国区なんだけどね」

「なるほど。大体の国府市民が作れるというわけですね」


 そういうこととでも言わんばかりに橘田は、国府焼きに視線を戻したかと思うと、椅子越しにこちらを振り返る。長い髪が、フワッと椅子の背もたれを掠める。


「半分、あげるわ。今日は、お菓子も食べる予定なの」

「いいんですか! ありがとうございます」


 そう言って国府焼きを渡すと、橘田はすぐに職員室を後にした。そのまま私は、国府焼きのプラスチック皿を持って席に帰り、律子の機嫌を損ねていないことを確認する。普段どおりの表情であった。いつもは、すぐに感情が表に出てしまう九里村律子。

 彼女の椅子の後ろを通って声を掛けようとしたところで、私はあっ、と声を上げる間もなく、切り裂くような腹部の痛みに襲われた。律子のベアークローが、お腹の贅肉へと突き刺さっている。

 

「乾先生、良かったですね。お好み焼き」

「こ、国府焼きですって……あ、あああああァァァァ! ああああァァァァ!!」


 そのまま脂肪の塊を締め上げられ、私は床に突っ伏した。頭にビニールのような感触がヒットする。律子が、私にパンを投げつけたのだ。ふたつ。


「欲しいですか? 欲しいんだったら、取ってみて下さいよ」

「うぐ、う……」


 腹を押さえながら、そのグラタン風味のパンを持ち上げようとして、私の肘に衝撃が走る。それは、律子の踏みつけ攻撃だった。イエローの室内用サンダルが、すっぽりと視界に入っている。


「ほら、取ってみて下さいよ」


 幸い、教室内にいる教師は少なかった。そんなことをしていると、また橘田先生に怒られるぞ。そう言い掛けて、私の内側から何かがこみ上げてくるのを感じる。この感じは、アレだ。クオリアが疼いている。チクチクと、心臓に打ち刺さる感触。間違いない。闘え、といっている。別に、違う人格が入り込んでいるのではない、それは今の私という人間の意識の延長にある。ただ、もの凄くハイになって、一時的に私(元)の行動傾向である状態へと変化するだけだ。

 サンダルで踏みつけられて10秒以上が経過している。踏みつけの位置は、いつの間にか肩へと移動していた。駄目だ。私(元)を抑えられない。このままでは、また律子を傷つけてしまう。あのとき彼女を犯したみたいに。いやむしろ、それを望んでいるのではないか? 律子は多分、傷つけてもらいたがって、ううっ……!


「イヌ、だっせぇ~! ねえ、律子先生と何してんの? SMごっこ?」


 救いの神が現われた。部井調歌とりいちょうか。中学に入って1年経つはずだが、そのセーラー服姿には違和感が付きまとう。その肢体はミニマム過ぎて、スカートの膝下などがおかしいことになっていた。それはアレか、成長期を期待して購入したのか?


「部井さん。こ、これは何でもないのよ……」

「うそばっかり~!」


 何しに来たかはどうでもいい。とにかく助かった。あのままでは律子に暴力を働いていたに違いない。少数とはいえ、職員室には同僚がいるのだ。私と律子は、元々そういう風に見られているから、別に奇異な行動を取ってもそこまで問題ないのだが、さすがに暴力についてはとがめを受けてしかるべきだろう。


「そ、それはそうと、部井さんは何をしに来たの?」

「そ、それは……」


 体勢を元通りにして、私は部井の方へと寄っていった。いつものように、その小さい頭を丸掴みにしてやろうと思ったが、真剣な面持ちに気が付き、私は慌てて手を引っ込める。

 口をもごつかせながら、私を見上げようとしている部井。はっきり言って、律子よりも、橘田よりも可愛かった。まあ、そんなこと口が避けても言えないが。アイドル並みとまでは言えないものの、それに準ずる程度のルックスでそんな仕草をされたら、そりゃ、こっちだって、


「あ、あのね……」


 肩甲骨まで延びる髪が、さらりとうねる。いけない。彼女の話に耳を傾けるのだ。集中、集中! 律子だって、昼食を中断して話に聞き入ろうとしている。馬鹿なことを夢想しているのは、私だけであった。


「あたし、柔道部に入りたい。こないだの説明会にも行ったし……あの……」


 いつになく狼狽ろうばいした表情で訴える部井。ただでさえ低い身長が、さらに縮んで見える。多分、律子を垂直に叩き潰したなら、部井みたいな体型になるのだろう。

 いつの間にか、心の中でガッツポーズを決めている自分がいる。よしよし、いい感じだ。この調子でもう数人は欲しい。


「うん、分かった。ちなみに理由は? いや、別になんとなく、でもいいんだけど」


 先日の考えと矛盾している。これはアレか、可愛いは正義というやつか。いや、別に加目田さんが可愛くないわけじゃない。

 いけない、と思いながら再び視線を部井へと戻した。彼女は、わなわなと振るえながら言霊を取り出そうとしている。


「わたしさ、互哩に睨まれたとき、怖かったんだ。男子でも何とかなるって思ってたけど、そんなことなかった。本気の男子には、女子は勝てないんだ」


 律子を見た。悔しそうな面持ちを浮かべている。無理もない、律子だって怖かったろう。あのとき私がもっと男前だったなら、あんな痛みを負わせずに済んだものを。


「力が欲しい、っていうだけじゃなくて……憧れ、ってやつ。イヌみたいに柔道強くなって、とにかく投げてみたい、って想いはある。絶対!」


 十分な理由だと思った。これならば、女子には色々とキツイでろう柔道を続けていけるだろう。だが一応、もう一押しだけ、お願いしてみよう。なにしろ加目田さんとは違って、直接的には見えにくい入部動機だからな。

 私はそのまま、部井を見下ろす。その身長差、約40センチメートル。部井は怯まず、私を見上げ返す。上目遣いというよりは、もはや完全に私を見上げる格好となっていた。可愛い。


「まあ、あれだ。入部表明みたいなものを聞きた……」

「部井調歌っ! 13才っ!! 柔道強くなりますっ!」

 

 私が愚かだった。彼女に非礼を詫び、そして元気よく教室から飛び出していく姿を見送って、私はゆっくりと次の授業の仕度を始めた。

毎週、金曜日に更新です。ゆっくりお読みください(。。)...

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ