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インセンシティブ・センシブル  作者: サウザンド★みかん
第Ⅲ部 影響していく力―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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第17話 誘う、言葉~三節~

 律子を見送ってから、私たちは相談室へと移った。僅か6畳ほどの部屋の入り口付近には、四角形の真っ白いテーブルが設えてある。職員室で紅茶を淹れて私は、卓上の彼女側にティーカップを置いた。

 確か、アサーションだったか。加目田さんから相談をもちかけてくるぐらいだから、ある程度は信用されている、と判断してもいいのだろうか。ブレストなどは行うべきだろうか? いや、もう夕暮れも近いし、早めに切り上げよう。加目田さんだって、決心に時間がかかっているはずだ。とにかく、まずはやんわりとした直球でいこう。


「加目田さん、まあ、話してみてよ」

「はぃ……」


 おどおどした様子だった。まあ、彼女はいつもそうなんだが。よく見ると器量はいい。高校生になって、本格的なおしゃれに目覚めたなら良い感じのルックスになること請負なしだ、と小児偏愛ロリコンの当てにならない勘がほとばしる。


「あ、ぁのわたし……実は、説明会に参加してぃて……」


 なんだって。ということは、私が気づかなかっただけで、他にも知った顔があったかもしれないということだ。一応、1年生を対象にした説明会ではあったのだが……


「わたし、それで考えて……ぁの、わたしの欲望……」

「うんうん、話したらええで」


 また出た、謎の関西弁。私(元)は関西人だったのだろうか? いかん、今は目の前の加目田さんに集中せねば。私は、耳を澄まして返事をつ。


「わたし……柔道部に入る目的が、高校入試のためなんです」


 大体、そういうところだろうとは思っていたが、ここまで直球とは思わなかった。いつも、勉強は頑張っていたもんなぁ。


「私、隣の備後国府市にある、国府高校に進学したいんです。でも、部活に入ってなくて、模試ではA判定なんですけど、内申点も加味したら、やっぱり担任の田奴たぬ先生が現状だと無理だって……」

「なるほど」


 きちんと無理だ、と伝えるところが田奴らしい。その不安な気持ちは理解できる。広島県最東端にあるのが国府市であり、岡山県最西端にあるのが、このハッピーマウンテン市である。市が違うどころか、県まで違うとなれば、一般入試ならば公立の名門高校になど、誰だって受かる見込みはない。だが、国府高校は別で、株式会社立の公立高校(※2)という、その特殊な学校経営方針から出発し、外部の仁知勇に優れる中学生を多数、受け入れていることで知られる。だが、厳しい関門であるのは変わりないため、彼女の不安は分かる。


「でも、受かりたいんです……」


 気持ちは分かった。正直、国府高校への進学理由なんかどうでもいい。そこに入りたいと思っているなら、そうなるだけの要因がどこかに転がっていたのだ。だから、理由なんかどうでもいい。そのために柔道が必要ならば、それでいいのだ。

 ここは、会話をポジティブな方向へともっていってみよう。彼女には陽気が足りな過ぎる。もっともっと、自分に適当になれば良いのに。


「うん、その入部理由、いいと思うよ」

「ほ、本当ですか!?」


 加目田さんの瞳に光が宿った気がした。それにしても、彼女ほどの真面目な生徒ならば、内申点目当てで部活をやろうとするなんて罪悪感で一杯だったろう。大人の社会ではそれでいいのだが、とにかく加目田さんにとっては、かなりの勇気が要ったに違いない。

 

「加目田さんが直向ひたむきなこと、知っているよ。今回だって、社会科のテストの平生点、満点を付ける予定だ」

「えぇ! ほんとに……」


 いま、決めた。というか、半数以上の生徒には満点が付くものだ、授業態度がそこまで悪くない限りは。今はとにかく、彼女に自信をもたせてやりたい。確か、主要教科についてはオール10だったはずだ。おそらく、彼女の内申点が高くないのは、保健体育や技術家庭科などの副教科で点を落としていたり、担任教師(田奴利吉)からの主観的評価があまり良くないのだろう。

 もっとだ、もっと安心させる。犬耳のように垂れ下がった横髪部分が、彼女の哀愁をより一層、引き立てている。


「柔道部は、役に立てる。合格の可能性を有意に増加させることは可能だ」

「……」


 加目田さんは、それからしばらく俯いていた。やがて、すっと顔を上げると、


「でも、やっぱり」

「……やっぱり?」


 焦ってはいけない。聴き続けるのだ、不安の声を。すべてのそれを出し切ってもらおう。


「運動神経が……切断されてるんですぅ~~!!」


 言霊を吐き出し終えて彼女は、白テーブルに突っ伏すのであった。そうか、運動神経が悩みだったのか。すぐに入部したいって態度じゃないのは、そういうわけだったのか。だが良かった。武道というのは、球技に比べれば運動神経は関係ない。特に、寝技という分野において顕著である。

 そしてしばらく、沈黙がその場を支配した。私は言霊を練っていた。そして、それが成った、いま。意を決して、加目田さんの入部の可能性に賭け、対話を試みよう。


「……よく、分かった。不安な気持ち、理解できた。はっきり言おう。柔道は才能があまり関係ないスポーツだ」

「……はい」


 このままではダメだ。もう一押し欲しい。こういうときのパターンは……確か……。ああ、そうだ。思い出した。


「まあ、せっかくの機会なわけだ。自分の合格可能性を上げるための機会。多分、今回を逃したら、次がない可能性はけっこう高い」

「はい、分かります……」

「備後地方の名門である国府高校を受けようっていう連中は、勉強ができるのは当たり前として、プラスアルファを一つ以上は持ち合わせている。それに対抗するための目ぼしい手段としては、部活をやるのが手っ取り早いわけだ。このままじゃあ、無理って判断できたからこそ、ここに来てるんだろう」

「その通りです……」


 不安にさせて悪いが、これも営業のうちだ。その最終的なゴールは大げさにいえば、相手の心を救うことにある。この選択は正しかったのだという安心感を相手に与えることに他ならない。部員不足という点を除いても、正直いって、この子が欲しかった。ペーパーテストで平均97点を獲得するような化け物だ、そんじょそこらのガリ勉とはレベルが違う。気弱だろうとなんだろうと、人間的には十分な素質を持ち合わせているに違いない、というのが私の考えだった。


「人生の要所で、より良い選択をしたいんだったら、直感の反対を行く必要がある。導き出した結論を怖い、と思ったら、その反対を行くんだ。ところで加目田さんの直向さなら、市内大会で優勝できる……可能性があるし……」

「は、はぃ……」

「そして……少なくとも黒帯を取って、内申書でその成果を堂々とアピールする。そこまでなら、ほぼ確実にいける!」

「……はいっ!」


 嘘は付いていない。大会での優勝は難しくとも、黒帯ならば、真面目にやっていれば誰でも取れる。というか、中学生で柔道している女子なんて珍しいから、トーナメントで2回ほど勝つだけで市内制覇の可能性すらある。直向き、という言葉も大事だ。“真面目”という語彙にはガリ勉人間という意味は含まれていないのだが、どうも世の中では、そのように解釈される傾向がある。


「わたし……今日のこと、親に話してみます」

「おう、それがいい。許可もらえるように頑張るんだぞ」


 営業というのは、許される限り強引にやるものだ。元々の記憶に在った、仕事哲学の一つである。私の方針は変わっていた。普通の柔道部では駄目だ。スポーツでなくとも、何らかの光るモノを有する生徒を少しだけ、採用する。いま目の前にいる加目田彩季かめださきも、その一人である。


「……はいっ!」


 勢いのある返事とともに、加目田さんは立ち上がり、両手を卓に付く姿勢となった。正対していた私は、その凄まじい大きさに思わずのけぞる。私の心を知ってか知らずか、彼女はそのまま相談室を後にした。

 それにしても、内申点というのは、それによって公立校の一般入試の少なくとも3割少々が決まるというのに、これを評価するのが教師の主観によるというのが、私には恐ろしいことのように思われた。学校の先生が選ぶのだから、そりゃあ、世間的に見たところの“いい子”というやつが選ばれるのだろうが、それだと早熟な子どもが有利になりはしないだろうか。天才というのは、総合タイプを除けば決まって晩成である。そういうタイプの天才をあえて間引くような仕組みを公立学校で採用しているのではないか、という思いが私には浮かんでいた(ちなみに、音恋さんのテスト平均は加目田さんのそれよりも20点ほど低いが、彼女の通知表の中味は問答無用のオール10である)。

 いや、別にそれでいいのである。だって、公立学校は一般労働者を育てるための施設なのだから。 ある保護者が、我が子に本人の資質を伸ばすという意味での英才教育を施したいのであれば、そういう学校に入れればよい。それは少なくとも、普通の公立学校が果たす役割ではない。もし果たすとすれば、それは国の役割だ。そういう学校を作って、専門教育を施せば良いだけのことである。

 とにかく、勧誘の成否については、明日を待とう。成るようにしかならないが、そうした天運に頼らざるを得ないのも、また事実だ。ここで私は、さっきの二房の塊のことを思い出しつつあった。かぶりを振って、必死で妄想を消しながら、下駄箱へと歩を進めていった。

 これは後で気が付いたのだが、相談室の鍵を返却し忘れるどころか、ついでに洗濯まですることになった。この小児偏愛ロリコンという体質は、アレか。タキが仕える神様というのが、暇つぶしとばかり、世の少数の人間にくっつけた呪いのような存在なのだろうか。

※1……例えば地方自治法施行令第167条の2第1項第3号には、相手方が福祉関係の業者であることを理由に、随意契約(ある程度、裁量的に相手を選んで行う契約)を締結できるとあります(公の機関が一定額以上の出費をするときは、入札によって一番安い業者から買わないといけない決まりがあります。詳しくは随意契約でググって下さい)。

私も時々、市役所内で行われる入札というものに参加しています。要するに、行政機関から仕事を取るためには、入札で他の会社に勝たねばなりません。そんなにめんどくさいことしなくても随意契約でいいじゃん、と思うこともありますが、癒着を防ぐために制約が付くのは仕方のないことです。だって大事な税金ですから(。。)...

※2……公設民営学校というものをモデルにしています。早い話が、民が運営する公の学校を指します。2013年現在、公設民営学校は存在しませんが、「インセンシティブ・センシブル」では、備後国府市が株式の7割を所有する株式会社立の中高一貫校、という設定にしています(。。)...


毎週、金曜日に更新です。ゆっくりお読みください(。。)...

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