第9話:日本へ
「ん……?」
甘いまどろみの中俺は目を覚ます。
とても甘い香りが充満している。
(あれ? 昨日は確か……)
決勝戦でグランと戦っている時に、黒いドラゴンが現れて、死に物狂いで倒して……そうだ、そのまま倒れたんだった。
(今日は土曜日だっけ……眠いけど、今日は家に帰らないといけないから起きるかな)
何も考えずに体を動かすと、掌に柔らかい感触があった。
「…? なんだこれ……」
掴んでみる。
柔らかい、マシュマロの様な柔らかさだ。
はて?
俺のベッドにこんな柔らかいものあっただろうか……
さらに同じ様な物が反対側にもあった。
寝ぼけている俺は更に色々動かしてみた。
こちらも同じように柔らかい……なんか幸せだなぁ。
いっそこのまま二度寝をしてしまおうかと思うほど……いかんいかん、今日は色々やる事があるのだ。
今日の内に済ませておかないと日曜日まで食い込んでしまう……
「よし!!」
気合で布団を捲くり、背筋を伸ばす。
4月のちょっとひんやりした気候が心地良い。
そして気になる。あの柔らかい物体はなんだったんだろう?
気になり目線を下に落とすと……
「!!!!」
美緒とホーミィが俺を挟んで寝ていた。
ぐっすりと眠っている。
そこで俺は2人が倒れた俺を看病してくれていた事を理解する。
となると、あの柔らかい感触は2つの山が2つあったという事か。
うん、ラッキースケベと言う事にしておこう。
幸いバレてない。
バレなきゃ犯罪ではないのだよ。
ムッツリ? NONO、ラッキースケベであってるよ。
多分。
2人を起こさないようにベッドから抜け出し、本日最初にやる事に取り掛かる。
「これだな……2人とも寝てくれてて助かったかな。この場合」
バビロンとの契約。
大きい力というのは自然と噂が広がっていくものだ。
そして、甚大な被害をもたらす事が多い。
なので俺はこの力使い過ぎないように心掛けようと思う。
人差し指を軽く切り、その血を鱗に垂らす。
そして契約の言葉を言う。
「バビロン」
ドクン…!!
繋がった。
確かにこの宝玉と俺は繋がった。
(これからよろしく頼む)
バビロンの声が聞こえた。
(驚いたな、思念会話も出来るのか)
(契約者限定だ、お前に有益な情報があれば教えよう)
(じゃあ……俺のプライベートって無いの?)
(種族その物が違うのだ。別に気にする事は無いだろう)
(種族同士の愛の育みとかは、見られると俺は恥ずかしいんだが……)
そんな時に「今お前は何をしているんだ?」とか言われたらムードも何もあったもんじゃない。
(以外に純情なのだな)
(放って置いてくれ……童貞なんだから……)
(童貞とはなんだ?)
あ、墓穴掘った……
うわー、滅茶苦茶説明するの恥ずかしいー………
(あ、あれだ、まだ一度も愛の育みをした事の無い奴の事を言うんだ。俗語だが)
(成程、それは劣等感を感じる物なのか?)
(個人差による……)
(お前はどうなんだ?)
(…………)
(……ふむ、聞かれたくない話題のようだな)
一応、察すると言う事は出来るらしい。
(では、お前が女と居る時は極力話しかけることは止そう。緊急時を除いて)
(助かる。後は俺の事はお前じゃなくて双真と呼んでくれ、バビロン)
(分った。では双真、早速私を使ってみるか?)
(いや、ここで使うのはまずい、夢でも言ったがプライベート空間って所があるからそこを使う)
(面倒だな。なぜ使ってはなぜいけないのだ)
(未熟者の俺が持っていると、奪おうとする奴が現れる。契約しないと使えないと分った場合、殺してでも奪いに来る奴だって居るかもしれない。俺達の世界だとバビロンはそれほど貴重なんだ。せめてある程度使いこなせるまで、公表したくない)
(私も未熟なままで死なれては、力不足で復活が出来ない可能性がある。それは避けたい)
(だから、使わせてもらうけど、宝玉としては暫くは練習のみになる)
(私を武具にするのか?)
(あぁ、その予定だが、何かまずいか?)
(今の私は鱗の状態になっているが、宝玉の力を使う場合は宝玉の状態に戻らなければならない、一定以上加工した場合、宝玉に戻れなくなる)
幸い尻尾の方の鱗は比較的小さく、手に収まるサイズだ。
鱗を未加工のまま防具位には出来るかもしれない。
もしくはずっと宝玉の状態で使い続けるかのどちらかだろう。
(宝玉の状態でも、他の素材同様魔力は通せるのか?)
(問題ない、宝玉とは私その物だ。牙でもあり、爪でもあり、翼でもあり、鱗でもある。双真が魔力を通せば如何様にでも使えるだろう)
成程…ならカモフラージュする為に幾つかバビロンの素材で武具を作るとしよう。
幸いドロップ報酬はグランと2人で山分けなので幾らでも作りようがある。
(分った、後の事は実際使うときに聞くよ)
(うむ)
基本的なことをおさらいした後、俺は3人分の朝食を作ることにした。
2人はおそらく夜遅くまで看病してくれたはずだ。
せめて朝食くらいご馳走しないと罰が当たってしまう。
朝食のメニューは味噌汁、白米、浅漬け、焼き鮭だ。
米を炊きながら、鮭をグリルで焼く、香ばしい臭いに釣られて2人が起きて来た。
「ふあぁぁ……双君…? おはよぅ…」
「双真さん、おはようございます」
「おはよう、昨日はありがとう。看病してくれていたんだろう? お礼代わりに朝飯でも食べていってくれ」
そう言うと2人は目を輝かせる。
「本当!? わぁ!! 焼き鮭だぁ!! 豪華ぁ!!」
「双真さんの手作りの朝御飯を食べれるなんて……」
まぁ、これだけ喜んでもらえるのなら、作った甲斐があったかな。
まぁさっき良い思いをさせて貰ったお礼でもあるが……
「「「いただきます」」」
「双君、醤油とって」
「はいよ」
美緒は何時も焼き鮭には醤油をかける。
俺は塩の時と醤油の時と気分によって変えている。
ホーミィは白米と味噌汁以外は初めて食べるらしく、最初の一口が中々難しいようだった。
「別に、無理して食べなくても良いんだぞ? 日本の食べ物は好き嫌いが激しいから」
「い、いえ、折角作ってもらったのですから、食べないわけには行きません!」
勇気を出して、鮭をフォークで口に運ぶ。和洋折衷な感じだなぁ……
「あ、美味しい……」
「そうか、なら良かった。どんどん食べてくれ」
「はい!」
ホーミィは初めて食べる日本食に大層満足したようだった。
その後美緒はまだ眠かったのか自分の部屋に帰って行った。
「さてっ…と、準備するかな……」
「何処か行かれるんですか?」
「家だよ。掃除とかしないとホコリ溜まっちゃうし……」
朝食の片付けが終り、家に帰る準備をする。
家に帰るといっても、祖母は俺がカリバーンに入学してからは介護施設に入る事になったので、その施設への挨拶と家の掃除をしに行くのだ。
「と言う事は東洋の日本……ですか?」
「あぁ」
「あ、あのっ!」
急に顔を赤くして焦りだすホーミィ。
「私も、連れて行ってもらえませんか…?」
「別に良いけど……言葉通じないよ?」
日本語とこの世界の言語は違う。
アヴァロンなど首都で使われているのが共通言語だが、他次元では通用しない事もある。
その場合は意思疎通魔法を使うのだが、文明レベルが低いとそれすら使えないことがある。
俺が話せるのは共通言語と日本語の2つだけだ。
「でも、双真さんが居れば大丈夫ですよね?」
「まぁな」
「じゃあ、問題ありませんね?」
「分った。じゃあしっかりコキ使ってやろう」
と冗談半分で言ったはずなのに
「はい!」
と素で答える所が天然だなぁ、と再確認するのだった。