第19話:少女の決意と少年の苦悩
俺の直感が言っている。
この件は絶対ヤバイ事が起こる。
大体こういう時の俺の直感は当たる。
ならば対抗策を作っておかなければならない。
調べないといけない事を頭の中で整理をして、メモ帳に簡略化して纏まる。
内容が内容だけに日本語で書いておく。
「すみません。歴史関係の本を探しているのですが……」
「どのような歴史ですか?」
「ブライティア王国に関しての歴史です」
「はい、でしたら4階のD-13にございます」
「ありがとうございます」
流石アヴァロンの図書館、本の量が尋常じゃない。
目的だったブライティア王国に関しての歴史の本も難なく入手する事ができた。
とりあえずこれは今夜読んでしまおう。
基本的な事はこれで分かるはずだ。
「ふむ……大体こんなもんか」
3冊ほど読み終った所で、大まかな歴史を知る事ができた。
文化、偉人、王家の人間等、欲しい情報はあらかた入手できた。
共通語も使えるようなので、近い内に現地に赴いてみよう。
こういう大きい図書館にあるのは大体表向きの情報しか載っていない。
初めて美緒を発見した時のサンテの表情は普通じゃなかった。
だとすると美緒には何か王国にとって重要な何かが絡んでいる可能性がある。
ブライティア王国の表の歴史は、日本に似ていた。
鎖国からの開放、異文化を取り入れ、独自に発展してき、今の王制になった。
王の言葉が絶対ではなく家系その物が発言権を持っており、王はその代表と言った所だ。
それを大臣が吟味し王に助言を加えながら政治を行っている。
50年程前まではとてつもない強国だったが、鎖国を開放してからはこれまでの絶対王政から法治国家に変わったようだ。
ブライティア王国の王と王家は日本で言う総理大臣や天皇陛下のような物だろう。
「50年前が……鍵だな」
50年前とある事が起こり、国が一気に弱体化し、鎖国を開放せざる得なくなった可能性がある。
そして、現在の法治国家耐性に不満を募らせている連中が居るとしたら……?
もしくは、他国との協力関係を築く為に王女である美緒を利用した政略結婚か?
それともただの親バカか?
しかし、行方不明になった自分の娘ならば探して当然なので、それは無いかもしれないな。
法治国家に不満があっても、美緒の存在だけで如何にかなるとは到底思えない。とすると最有力候補は政略結婚だろう。
「やっべー、どんどんヤバイ方向に考えが傾いてる……」
(ブライティア王国の事なら私にも多少分かる。あの国家は古代魔法を使う血筋が居た)
(古代魔法?)
(現在では失われた魔法だ。知る者も少ないだろう。強大な魔法だが、制御が非常に難しく、暴走を起こす事も少なくなかった。暴走した跡地は見れたものではない。私でも余り相手にしたくない部類に入る)
(それって、バビロンが本来の力を持っている状態でって事?)
(そうだ。下手をすれば文明が滅ぶ程の魔法だ。今は絶滅したと聞いている。それが恐らく本に書いてあった50年前なのだろう。古代魔法を失い、失墜したのだろう)
それって相当危険な魔法じゃないか。
(絶滅の原因は?)
(暴走だな。一度目の当りにした事があるが、自我を失いただ力を振るうだけの存在になっていた。そして体が耐え切れなくなり死亡した)
(でも古代魔法の技術が失われてしまってる以上、どうしようもないか)
(古代魔法はその危険性故、書物に書き記す事が禁じられている。もし知っているものが居るとしても血筋の者だけだろう)
第一の目的は政略結婚と見て良いだろう
古代魔法の線は怪しいが、バビロンが実在したと言っている以上存在はするが可能性としては低いだろう。
となると、他次元法とブライティア王国の法律関係の本を漁って来ないとな。
流石にこれは現地にしかないだろうな……読めるかな?
(読めないものは私が読んでやる)
(助かる)
そして次の日、早速ブライティア王国から12年間行方不明だったアセリア王女発見のニュースがアヴァロンにも流れたのだった。
「美緒ちゃん!! 違うな…美緒様!! いや…アセリア王女様!!」
早速大人気である。
出身地や出身校は報道されなかったが、顔写真が出たのでクラスメイトは一目で美緒だとバレた。
「その美しい銀髪……麗しい顔、はやり一般人では無いと俺は思っていた!!」
クラスの盛り上げ役として定着したブライトが今日もアクセル全開だった。
そのせいで、他のクラス所か全学年まで広がり、廊下は美緒を一目見ようとする野次馬で埋め尽くされていた。
「俺の噂は75日続かなくて良かった」
学校は今美緒一色で、俺の事はもはや過去の事となり、平穏な学生生活が戻ってきた。
「でも、逆に美緒さんが……美緒様と呼んだほうがいいのでしょうか? それともアセリア王女様?」
「何時も通りでいいよ。あいつ急に態度変える奴嫌いだから」
美緒は自分の机で一心不乱に本を読んでいる。
クラスメイトの質問攻めも完全に無視だ。助けようにも俺ではどうしようもない。
「いい加減にして!!」
勢い良く机を叩き立ち上がる美緒、教室どころか廊下まで一気に静まり返る。
「いきなり王女とか言われても、私は何にも分からないし、質問にも答えられない!! 行方不明で記憶も無いんだからそんな事分かるわけないじゃない!!」
まぁ、ああなるわな。
普通に考えて……そして俺は立ち上がる。
とりあえずプライベート空間に放置しておけば後からエヴァンス先生が何とかしてくれるだろう……
「美緒、ちょっと来い」
美緒の手をなかば強引に掴み教室から出ようとした時……
「宮元、お前何様? ホーミィの時とかドラゴンの時とかさ? 最近調子乗ってるんじゃない?」
「そうだよ、いつもいつも、後からシャシャリ出て来て良い所ばっかり持っていきやがって……」
「お前にはホーミィが居るからいいじゃないか」
流石の俺もコレには頭に来た。
ホーミィはフラグがあったかもしれないが、バビロンに関しては死にかけたんだ。
お前らにどうこう言われる筋合いは無い。文句があるのなら同じ事やってみろ。
「黙れよ」
美緒を席から立ち上がらせ、後ろに逃がす。
「お前らさ? 何でそうも首突っ込んでくるんだよ?」
先週から色々溜まっているものがあったのでかなり喧嘩腰だ。
「俺の時はしょうがないと思ったよ? 新種のドラゴンだし? 武勇伝とか素材とかテレビとか色々来てたからさ。でも今回の件は美緒からすれば迷惑でしかないって分からない?」
こいつらは面白半分にクラスに有名人が来た程度にしか考えてないんだ。
「お前らが今の美緒の状況になったらどう感じるのか想像してみろよ。見ず知らずの奴が廊下にまで押し寄せて、今の気分や自分の知らない国の話を聞かせろって? お前らこそ何様だよ?」
頭に血が昇っているので、適当に殴りに来た奴を何人かぶっ飛ばしてやろうと思っていたが、生憎そう言う奴はいなかった。
そう言って廊下に居る野次馬連中も睨む。
「ブライティアは王制の法治国家だ。皇族の人間に無礼があったら死刑だってあり得るぞ? 図書室に本があるから読んで来いよ。お前達の命は正に美緒次第だぞ?」
野次馬達の顔が青くなる。
調子に乗ってたクラスメイト達も凍り付いている。
「どうします? 王女様? 王様に報告すれば、それ相応の処罰が下ると思いますが?」
「必要以上にまとわりついて来なければそれでいい……」
(ひとまず安心だな)
(双君まで王女様って言わないで……泣きそうなんだから……)
(強調しないと効果が無いと思っただけだ。王女だろうが、魔王だろうが、美緒は美緒だろ)
(うん……ありがとう……)
騒動は落ち着いたものの、この件がエヴァンス先生の耳に入り、美緒は寮から外出する事を禁じられた。
そして放課後、美緒は真っ先に俺の部屋に来た。
エヴァンス先生には同棲の申請を通しておいた。
「この騒動が終わるまでだからな……」
「えへへ♪ 分ってるよ♪」
部屋についてからずっとこの調子である。
俺は他次元法の本を読み漁っている。
項目は遭難の部分だ。
美緒はブライティアの次元から日本の次元に遭難した結果、今に至るのだ。
他次元法は数が多すぎるので、本当に必要な部分だけでも全部読むのに2日位掛かりそうだ。
地盤は今の内に固めておかないと、駆け引きが出来なくなる。
「でも、ブライティアに居た時の記憶なんて無いんだろ?」
「うん……小さかった事もあるけど、日本に移動した時に色々ショックを受けたんだと思う。全く覚えてないよ」
12年前だからな。物心も付くかつかないかの頃だ。
流石に覚えていなくても無理は無い。
「お前自身はどうしたいんだ? 本当に王女だった訳だけど」
「私は今の生活を続けたい。必死に頑張って勉強したんだよ? トレジャーになるって言う夢を持って……」
「一応大臣みたいな人とは話をしたんだろ? どういう内容だったんだ?」
「今すぐにでも、王宮へ帰ってきてくれって言われたけど、寮制の学校だからって言って何とか……」
強制連行までは持っていけなかったようだな。
「案外大臣はこういう事になるのが分ってたのかもしれないな……」
「ねぇ、双君? 私どうしたらいいの?」
「どの道ブライティア王国に行く事は避けられないだろうな。皇族の人間って認められた以上、ブライティアでは物凄い発言力を持ってるわけだし」
「政治の道具にされるの?」
こう言う所は頭が働くらしい。
「一番簡単な解決策は、王家の人間を説得する事だろうな、自分はカリバーンに居たいです。って……家族構成が美緒合わせて5人だからな、他が納得しなくても、一番発言力のある王様さえ納得させちゃえば、多少の無理は通るだろう」
「王様がダメって言ったら?」
「一般人の俺に何を期待する……」
「……誘拐?」
「俺国際指名手配犯になっちゃうじゃない……」
この年で前科持ちとかマジで勘弁して欲しいんだけど……
「王様の一言で強引にこの寮から王宮に戻す事も出来るから、まだカリバーンに居られるって事は、ある程度は美緒の事を考えてくれているんだと思う。学校は日本の両親と契約してるから手を出せないはずだから、寮通いから王宮通いになる感じじゃない?」
今はまだブライティア王国が何を考えているのか分からないので、予防策を張る位しか出来ない。
「まぁ、色々考えておくんだな。今回の件は俺は何も出来ないし」
「そうだよね……」
「喧嘩を売っても、買ってすら貰えないだろ……国家相手じゃ……」
美緒と雑談を交えながら、今日予定していた分まで読み終わった。
最近やけに勉強熱心だな。
そして、美緒がどうしてもと言うので今日は一つのベッドで2人寝る事になった。
次の日、ブライティア王国からの使者が来たというので美緒は授業中だったが連れて行かれた。
「行動が早いなぁ」
「皇族ですからね……放っては置けないと思いますよ?」
「ただの親バカであることを祈るだけだ……」
だが、事態は俺が思っていたよりも速いペース進行し、次の日から美緒は王宮通いになった。
他次元なので学校以外での交流は一切無くなった。
そしてその状態のまま2週間が過ぎた。
「2週間か……早いものだな」
「最初は結構王宮に驚いたけど1週間もするともう慣れてきちゃったよ」
昼食を取りながら、美緒とは頻繁にブライティア王国の話をしている。
「王様との話し合いはどうなんだ?」
「平行線かなぁ、通ってもいいけど、通うのは王宮からって言うのは絶対みたい」
「まぁ、まともに話せてるだけマシじゃない?」
「お父様とお兄様はともかく、お母様と妹からは厄介者扱いだけどね」
「おーおー、世知辛い世知辛い。まぁ分かってると思うが……」
「大丈夫、誰にも気は許してないよ。前例があったしね」
美緒は小さい頃に、両親が居る所では良い顔をするが、居なくなった途端に罵詈雑言や暴力を働く奴が居たのだ。
それを見かねて助けに入ったのが幼い頃の俺だったが、証拠を見せるために保護者会で美緒の上着を脱がせたのは今思うと少々やり過ぎたかな……
「なら、いいさ。土日はこっちで遊ぼうぜ? 気分転換にさ」
「そうしたいんだけど……今王宮マナーを覚えてる所で、土日の予定は全部それで埋まっちゃってるの……」
「そうか……まぁそのお転婆が少しは直るのなら、やる価値はあると思うけどな?」
「もぅ!! 人の気も知らないで!!」
「でも、これからは王女として生きていかなきゃ行けないんだろう?」
「本当は……嫌、王女なんていきなり言われても実感も何も無いんだよ?」
「つまり、王女にはなりたく無いというか戻りたく無いと……」
「うん、私はこのまま一般人で居るほうがよっぽど良いよ。王女になったらトレジャーにもなれないし」
まぁ、ずっとトレジャーに憧れて、小さい頃からトレジャーの番組ばっかり見てたからな……
「何とか、頑張ってみるよ。カリバーンには通わせて貰えるみたいだし」
だが、その生活も一ヶ月を過ぎた辺りで激変する。美緒の態度が途端に変わったのだ。
「おーい、美緒一緒に飯食うか?」
「遠慮しておく」
「珍しいな、美緒にしては」
「もう、昼食とか誘わなくて良いよ。断るのも面倒だし」
「忙しいのか? その王族のマナーって言うのが」
「もう慣れた。後私女王になる事にしたから」
「そりゃあ、いきなりだな」
そっけない態度は王女になる事を決意したからか…?
「色々考えたけど、やっぱり私は特別なんだよ。だから特別な事をしなくちゃいけないと思うの。その為には王女って言う地位が一番最適だと思っただけだよ。双君には分からないと思うけど」
「つまり、自分の背丈にあった地位で自分に与えられた使命を果たすと?」
「双君にしては理解が早いね。その通りだよ。私はカリバーンを卒業したらすぐにブライティアの政治に直接関わる。その為の前準備として大臣から色々な勉強を学んでいるわ。だからもう双君達と遊んでる時間も無いの」
「じゃあ、美緒は自分でブライティアをより良い国に出来ると思ってるわけか」
「そうよ。それが王女としての義務だもの。必ず今より良い国にして見せるわ」
ふむ。人生って言うのは、本当に何処で変わるか分かったもんじゃないな……
「じゃあ、最後に一つ。俺に出来る事はあるか?」
「無いよ。護衛もブライティアの騎士団長がしてくれる。双君が逆立ちしても勝てない位強いから大丈夫、あえて言うのなら今までのように気安く話しかけないで。休み時間も惜しいの」
「分かった。頑張れよ」
そっか。
ついに決めたか。
すこし寂しいが、自分で選んだ道だ。
後悔するなよ、美緒。
トラットリアの門をくぐる。最近は1人で来る事が多い。
「こんにちは、宮本様」
「こんにちは、マスター」
マスターに挨拶だけ済まし、俺はテーブルにつく。
「今日もお奨めディナーで」
「かしこまりました」
最近のお気に入りだ。
マスターの気まぐれで作られる料理だ。
その日の食材の残りを使うのでお財布にも優しく、店としても食材を余すことなく生かせるのでどちらも得をするのだ。
「そういえば、ブライティア王国について調べていらっしゃるのでしたよね?」
「はい、少々気になる事がありまして」
「では、こちらをどうぞ」
そう言って一冊の本を渡される。
「なんですか?」
「現地の人が共通言語で書いた日記です。50年程前のものだと聞いております。お客様の中にそう言う骨董品を集めている方がいまして、一週間程借りる事が出来ました」
50年前……ブライティア王国が失墜した時期だ。
図書館の本を読み終えた後、ブライティア王国へ行き色々調べてみた物の、50年前に大きな災害が起きたという事しか情報は掴めなかった。
恐らく古代魔法が関係しているはずだが、因果関係は一切調べる事が出来なかった。
「ありがとうございます」
「いえ、ではごゆっくりおくつろぎください」
そして、俺は日記を読み始めた。
そこにはブライティア王国の裏の歴史が書かれていた。。
「そんな馬鹿な……!!」
ブライティア王国の企みは大体絞り込めた。
恐らく考えられる最悪のケースを辿っているが、必要な物を全部揃えればまだ間に合う筈だ。
50年前の災害。
2年前に失踪した美緒。
異常な速さで王宮に連れ戻された理由。
そして美緒の言っていた自分が果たさなければいけない使命。
日記の情報を全て信用すれば、全部繋がる。
そして法治国家になったブライティア王国がこの計画を進める為に必要な事がまだひとつある。
「マスター、ありがとうございます。お陰で助かりました」
日記を返す。
そして支払いを済ませ、俺は美緒の両親の居る日本へ飛んだ。
時刻は午後11時、日本のゲートは全て閉まり、バビロンを使った索敵を行うが反応なし、どうやらマークはされていない。
エヴァンス先生には明日学校休みます。理由は風邪でお願いしますとメールをしておいたので大丈夫だ。
美緒の家の玄関をノックすると、叔母さんが出てきた。
「あら、双真君こんばんわ」
「こんばんわ、叔母さん。美緒についてとても大事な話があります。早急に手を打たないと、美緒が不幸になります」
何時もなら、何の冗談? と言われるだろうが、今日の俺の気迫を感じてくれたのか直に通してくれた。
「分かったわ。上がって詳しい話を聞かせて頂戴」
そして叔父さんも加わり、今アヴァロンとブライティアで起こっている事と美緒の正体とブライティア王国の計画を話した。
「本当にそんな事がありえるのかい?」
「日本は辺境の地です。余り最新の情報等は入ってきませんがカリバーンとブライティアでは凄い騒ぎになっています」
「分かったわ。最近美緒から連絡が無いと思ったらそんな事になっていたなんてね……」
「じゃあ、協力をお願いできますか?」
「勿論だ双真君。美緒は今でも私達の本当の子供だと思っている。お願いだ。美緒を助けてくれ。私達はその為ならどんな事でもする」
生まれて初めて土下座をされた。
叔父さんと叔母さんがどれだけ美緒の事を想っているのか改めて実感した。
「では……」
今度は俺の計画を説明する番だった。
「宮本君? 君は何をしたか分っているんですか?」
「エヴァンス先生! 反省してます!! 本当です!! 許してください!!」
メールは送ったものの返事を待たずに日本に行ってしまったので、俺は後日エヴァンス先生にこっぴどく叱られた。
「全く…何処で何をしていたかの説明は無いですし、一応風邪と言う事で済ませましたが……」
「実は、美緒が王女になるって聞いてショックだったんです。避けられないとは思っていたのですが……どうしても登校する気分に慣れなくて……」
頭を下げて、少し落ち込んだように話す。
「……分かりました。宮本君にとって麻井さんは特別でしたね。今回は多めに見てあげましょう」
「すみません……」
「宮本君、気分転換してみませんか?」
「気分転換?」
「はいそうです。何時までも落ち込んでいられては困ります。こういう時は新しい刺激が必要ですよ」
エヴァンス先生から誘われた気分転換とは、今週の土曜日にエヴァンス先生が行く予定だった狩猟に連れて行ってくれるという物だった。
「宮本君の魔力ならそこまで危険じゃないと思いますし、自分で狩ってもいいですよ?」
「獲物は何ですか?」
「ルーンウルフです」
ルーンウルフは日本狼の様な四速歩行の獣だ。
市場には結構流通しているが、希少部分は値が張るので自分で狩りに行った方が安くつくのだ。
「俺アヴァロンの職員じゃないですよ?」
「私の付添いであれば問題ありません。何か危険な事があったら思念会話を送ってください。直に駆けつけますから」
「分かりました。場所と時間はどうしますか?」
「午前7時にメインゲート前で」
「分かりました」
土曜日まで必要な情報は調べられるだろう。
ならばこういう狩りも本当に気分転換になるかもしれない。
そして土曜日までの間俺は美緒を一切会話する事は無かった。
土曜日、午前7時メインゲート前に到着した。
「おはようございます」
「おはようございます宮本君。今日の武器は?」
「すみません、オリハルコンで作る予定の奴はまだ出来ていないので何も無いです」
「では、これを貸してあげます」
そう言われて渡されたのはレイピアだった。
「ミスリル製なので、多少乱暴に扱っても大丈夫ですから安心してください」
「すみません……」
重力系の魔法でどうにでもなると思っていたが、それは魔法を過信し過ぎなのだろう。
俺も武器が欲しい。
早く完成しないかな。
もしくは繋ぎの武器を研究所で適当に作ってもいいかもしれない。
月夜の森、ここに生息するウルフがルーンウルフと呼ばれる。
月の光を浴びると毛皮が白銀に輝く事で有名だ。
エヴァンス先生が見本として2~3匹狩った所で、各自が集合時間まで狩りをする事になった。
「思っていたよりも、手強いな……」
狩りなんて俺位の強さならば簡単な物だと思ってい。
だが狩られる側からすれば必死なのだ。
簡単な物だとひと括りにしていた自分の愚かさを知った。
そして、暫く探索してもルーンウルフが居ないので少々奥の方へ入っていくと……
(止まれ)
(どうした)
(ルーンウルフだが、ルーンウルフではない奴がいる)
(どういうこ……)
(来るぞ! 避けろ!)
咄嗟に後退、その直後自分の立っていた地面が抉られた。
早い!
ルーンウルフとは比べ物にならない。
「グルルル……」
その獣は銀色をしていた。
ルーンウルフより二周り程大きい。
それにルーンウルフは月の光を浴びない限り銀色にはならない。
(ルーンウルフの突然変異種……シルバーフォング!?)
(突然変異種か……完全にこちらを敵視しているぞ)
「やるっきゃねぇ!!」
レイピアを引き抜き戦闘態勢に入る。
すぐさまシルバーフォングは突っ込んできた。
それをレイピアの側面を使いやり過ごす。
(バビロン!)
宝玉から魔力を引き出しシルバーフォングに対し上から重力を叩きつける。
「ガァ……!!」
地面に叩きつけらるが、直に体勢を立て直し強靭な足を使いかく乱して来る。
周りは木や茂みに覆われているので、俺からは姿を見る事すら難しい状況になった。
「落ち着け……」
深呼吸をして冷静になる。
そこらじゅうから音が聞こえるが、シルバーフォングが俺に攻撃を仕掛けてくる様子がない
。武器を持っている事に警戒しているのだろうか?
ガサガサガサ!!
「そこだ!!」
物音が聞こえた方にレイピアを構える。
だが茂みから飛んできたのは何と木の棒だった。
「何!?」
木の棒をレイピアで防ぐのと同時に横からシルバーフォングが鋭い牙を見せながら突っ込んできた。
(何をしている!)
バビロンがシールドを張り、何とか攻撃を防げた。
まともに食らっていたらヤバかった……
(すまない、気合を入れなおす)
(この程度で手こずるとは。練習だけしていたのが仇になったか。実戦不足よりまずは危機感が足りない)
(本当にいい気分転換になりそうだな……)
(これを機会に認識を改めろ)
(分かった)
魔力をレイピアに集中させる。
自分の周りの重力の方向を曲げ、一気にシルバーフォングとの間合いを詰める。
「グル!?」
そしてそのまま額にレイピアを突き刺す。
(やれば出来るじゃないか)
(認識を改めただけさ、目が覚めたよ)
この平和ボケを直せただけでも十分だ。
とりあえずシルバーフォングは研究所保管にしておくか。
突然変異種だからな。
特殊能力が付いてるかもしれない。
とりあえずエヴァンス先生と合流しよう。
成果はあった。
「あら、宮本君ちょっと遅いから心配してたのですよ?」
「すみません先生、帰ろうと思ったらコイツに絡まれちゃって……遅くなっちゃいました」
そう言ってシルバーフォングを見せる。
「シルバーフォングじゃないですか!? 突然変異種は出現が稀なんですよ? ドラゴンの時と言い強い運を持っていますね、宮本君は……」
「これで、当面の武器でも作ろうかと思ってます」
「シルバーフォングの特性は加速です。なので一般的には防具関係に使われる事が多いですよ?」
「加速ですか……んー……ちょっと考えて見ます。一風変わった武器でもいいと思ってますし、でもブーツを作って地上戦強化はしようと思いますね」
「空を飛べばいいと思うのですが?」
「いや、今日の戦闘でやっぱり早く動けるって大事だと思ったので……」
シルバーフォングが森を縦横無尽に駆け回る姿を見てこれは使えるんじゃないかと思った。
「戦闘スタイルは人それぞれですからね。色々作ってみるのも良いと思いますよ。思わぬ所で役に立ったりしますから」
こうして何とか無事に気分転換と言う名の狩りは終了し俺は研究所へ急いだ。
電話で連絡をしておいたので、直にシルウィさんに会う事ができた。
「また、珍しい物を持ってきたわね。シルバーフォングはルーンウルフの住んでいる地域じゃないと発見できないのよ」
アヴァロンの研究所には色々な突然変異種が保管されている。
それでもシルバーフォングは珍しい部類らしい。
「エヴァンス先生からも運がいいと言われました……」
頭部一突きで絶命させたので保存状態は極めて良好。
機動力増強の為にブーツを作るのは決定として、問題は武器である。
「通常の加速の特性は、物質の質量が軽くなって武器の速度を上げる効果の事を言うけど、シルバーフォングの加速は少し特殊で、物質の重さは変わらずに、動かす方向に向かって加速するわ。特性的には少し使い辛い特性よ? どういう武器にするの?」
同じ加速特性でも、違いってあるんだな。
そうだ、面白い事思いついた。
「形状再生金属ってあります?」
「あぁ、武器が破損しても自動で直るタイプね? あるけど、どうかしたの?」
「じゃあ……それとこの金属を合わせて……コレお願いします」
そう言って、飾ってあるグレートアックスを手に取る。
「何に使うつもり……?」
「男の浪漫ですよ」
グレートアックスはRPGとかネトゲで見かける結構装飾が施されているものだ。
装飾と言っても魔力効果を高めるルーンが刻まれているのだけなのだがカッコいい。
そして俺はこういうカッコいい武器が好きだ。
採用理由としては十分だ。
「シルバーフォングの牙と爪殆ど使っちゃうわよ?」
「だから、形状再生金属使うんじゃないですか」
「それにしてもねぇ……まぁ捕獲してきた本人が言うのだから別に良いけど、今なら他の武器にも出来るわよ? 同じ素材を使うのならブーツじゃなくてグリーブにも出来るけど?」
「じゃあグリーブの方は動き易さを重視した感じにしてください。もしくは両方作れれば両方で」
「分かったわ。丁度この金属を使い切りたかった所なの。その点では助かるけど、物凄く堅くて核が破損しない限り再生もするけど相当重いわよ? 宮本君に扱えるの…?」
「重力操作能力を使います」
「あぁ! 成程!!」
無重力状態にしてしまえば、どれだけ質量を持っていた所で振り回すのは簡単だ。
そこにシルバーフォングの加速を加える。
カッコよくて実用的な武器になってくれるだろうと期待している。
2012年11月10日、第1話~14話までの話を大まかに書き直しました。行間や設定等も多少変えましたので、一度第1話から読み直していただくと細かい設定の変更等に気が付くと思います。
どうかこれからもDimensional Fantasyをよろしくお願いします