第15話:今貸しを作っても、後から返せば良い
そして、あっという間に2週間が過ぎて、オリハルコン競争の日がやってきた。
貴族の件はグランの従者と言う事で話が通った。
そして俺は今日本にいる。
なぜかと言うと、アヴァロンや各首都では多くの貴族やその従者達がオリハルコンを狙っている。
つまりゲート前が物凄く混雑しているのだ。
だが、辺境の地日本では基本的に日本語しか通じないので、日本のゲートには俺1人しかいない。
それに、1つのゲートに大量の人が一気に移動を行った場合、当然ながら処理が遅れる。その点だけで言えば俺は一番有利だ。
「すいません。無理言っちゃって……」
「何、気にする事はないよ。それにその鉱石を使って日本刀を作りたいと言うじゃないか……粋だねぇ、日本人として協力せざるを得ないな」
残り30秒……ゲートのおじさんは、親切にカウントダウンまで表示してくれた。
これはゲートを管理している時間なので出遅れるという事もなくなった。
「大和魂見せてやれ!!」
「おう!!」
カウントダウンが0になるのと同時に俺はゲートに突っ込んだ。
視界が開けた瞬間にバビロンが結界を張る。
視界を隠し、方向感覚を失わせる物だ。そして俺は全力疾走だ。
パリィン!!
あっという間に結界が破られる。
「マジっすかぁ!?」
(ふむ、少々侮りすぎたようだな)
アドバンテージは取れたものの、それはほんの数秒でしかなかった。
即座にシールドを張る。
バビロンのシールドは重力による遮断系シールドだ。
魔力が続く限りは様々な攻撃を遮断できる。
シールドを一撃で吹き飛ばすような攻撃が来ない限りは安全だ。
競争の妨害程度ではまず突破できないだろう。
(連続して投下するぞ)
俺を含む先頭集団に再度結界を張るが、やはり簡単に破られる。
どうやら相当の手馴れがいるようだ。
先頭集団である俺にも妨害が加えられるが、バビロンのシールドで十分防ぎ切れる。
(お前か? この結界を張ってんのは?)
思念会話を送ってくる奴がいるが無視する。
返事をしている余裕は全く無い。
(次の曲がり角で仕掛けるぞ)
第2コーナーで次の手を使う。
今度も結界を張る。
だがこの結界は今までとは別物だ。
現在の先頭集団は俺を含め10人。
俺以外を個別にシールドに閉じ込める。
こうする事により、シールドの耐久力分の時間を稼ぐ事ができる。
真っ先に5つ割れる。よし、最重要人物この5人だ!! ……そう思った瞬間、
(右だ!!)
反射的に体を捻る。
だがそれは攻撃ではなく、次の瞬間俺の視界は0になった。
閃光の魔法、今まで視界を奪い続けてきた俺がこの重要な場面で視界を奪われた。
(ふははは……してやられたな、などと言ってる場合では無いな、私の目を使え)
即座に視界が回復する。
いや、回復するだけでない。
何かの流れのような物が見える。
だがそんな事より、この一瞬ともいえる時間で俺は先頭集団から離されてしまった。
即座に追いかける。
そして来る最終コーナー。
俺が逆転出来る所はもうここしか残されていない。
先頭集団の5人は俺よりも速い。
俺は先頭集団の後ろに居るので最終コーナーは内側を確実に取れる。
場合によってはトップに躍り出る事も出来る…!!
(最後だ! 後は突き進め!! 双真!!)
先頭集団が曲がり角に差し掛かったその瞬間……
ダン!!
先頭集団の全員が何も無い壁に叩きつけられた。
先頭集団は有り得ない事態に対処が出来ない。
その隙をかいくぐり俺はトップに踊り出た。
そして目の前には店の看板。
「よし! もらったぁ!!!!」
そして看板に手が触れる直前……目の前に5つの手が現れた。
そんな、ありえないだろ……
そして俺はその5人と同時に看板に触れた。
「嘘……だろ?」
完全に撒いたはずだ。
最後の壁で……それにも拘らず一瞬で距離を詰められた。
この5人だけ明らかにおかしい……
「ほぅ……こんな若い子が居るとはね……」
「あらあら、将来有望ね?」
「さっきは無視したのは、必死で返す事も出来なかったという事か、この年ではしょうがねぇか」
「ふぉっふぉっふぉ、最後のは驚かされたぞ?」
4人が俺に話しかけてきた。
もう1人はフードを被っているので良く見えない。
上品な貴族の夫婦。
豪快な印象を受けるおっさん。
そしてひょうきんな爺さん。
この5人の内の誰かが恐らくバビロンの結界を簡単に破壊していたのだろう。
「強すぎですよ……幾らなんでも……」
「とてもよく頑張ったと思いますよ? あの結界は見た事ない物でしたし、かなり創意工夫がされていました」
「その年だからかな? 結界に十分な魔力が通ってなかったのさ、あの結界が完成していれば、一番は君の物だったよ」
貴族の夫婦は、結界の事を褒めてくれた。
「中々楽しめたぞ小僧、何処の貴族で何歳だ?」
高圧的だけど、悪い感じはしない。
こういう人を豪傑って言うのかな。
「俺は貴族じゃないです。スフィア家のグラン様の従者としてきました。15歳です」
「成程、スフィアの所の倅か、今はカリバーンに居ると聞くが……そういえば新種のドラゴンを発見したと言っていたな」
「おぉ、漆黒のドラゴンじゃな? ワシも興味あるぞ? この年になっても新発見が続くとは良い時代になったもんじゃ」
この爺さんピンピンしすぎ………
「でも、1人じゃなくて、友人と一緒に倒したと聞きましたが……」
「はい、それが俺です」
周りから歓声が上がった。
「つまり、君が妨害に使っていたのが、新種のドラゴン素材を使った魔法かい?」
「そうです。このドラゴンは重力を操ります、重力を固定して結界を作り、方向感覚を失わせる作戦だったのですが……」
この中の誰かさんに数秒持たずにぶっ壊されるとは……
「作戦は悪くねぇ、何でオリハルコンを買いに来たんだ?」
「このドラゴンの素材で武器が欲しくて……それには適合素材の関係上武器はオリハルコン以外ありえないと思ったので……」
「確かにのぅ、それと最終コーナーの見えない壁はどうやったんじゃ? 全く分らなかったんじゃが」
「あぁ、あれはあのコーナーの重力の方角を変えました。普通に歩いていれば、少し引き戻されるような感じになりますが、それがあそこまで高速移動している場合は、壁にぶつかったような衝撃になったと言うわけです」
周りの貴族達も頷きながら聞いていた。
結果的に一番魔力消費の少なかった壁が一番役に立った。
「さて、そろそろ順位が出る頃だね」
順位は自分の頭上に表示される。
先ずは1位は爺さんだった。
本当にとんでもない爺さんだな。
2位と3位は貴族の夫婦だった。
そしていよいよ、最後の1人が決まる。
頭上に4人目のマークが表示される。
それは俺ではなかった。
隣にいるフードを被った男だった。
そして俺はその次5番目だった。
「はあぁぁぁぁぁ…………」
負けた。
まぁ、これだけ化け物が勢揃いしているとなると無理もないか。
必死にバイトして稼いだお金も、エヴァンス先生が用意してくれたお金も、全部無駄になってしまった……
どうしよう、今日はもう学校サボっちゃおうかな。
バイト代で豪遊するのもいいかもしれない。
そう思って帰ろうとしたその時……
「待ちたまえ」
「え?」
「並んでいくといい」
「でも……」
「此処まで来て諦めるのかい? それとも君のオリハルコンに対する思いはそれっぽっちなのかい?」
「!!」
俺は列に並び直す。
そうだ、諦めるにはまだ早すぎる。
この際どれ位買えるかなんてどうでもいい。
俺は自分が全力で勝ち取りに行った物を自分から捨てる所だった。
それに俺1人でここまで来たわけじゃない。
従者として参加資格をくれたグラン。
無理を言ってお金を用意してくれたエヴァンス先生。
そして、妨害対策をしてくれたバビロン。
俺がここで諦めるというのは協力してくれた全ての人を裏切る事になる。
そんな事は絶対に出来ない。
そして店が開く。
「いらっしゃいませ。本日はお忙しい所をご来店頂き誠にありがとうございます。お怪我をされた方はいらっしゃいますか? おっしゃっていただければ、回復魔法をいたします。では最初の方」
俺は最後まで諦めない。
負けと分かっていても諦めちゃいけないんだ。
「4kgもらおうかの」
え、なんで…? 最大購入量は5kgのはずだ。
ここに来ている人がそれを知らないわけが無い……
(久々に楽しかったぞ? これはワシからの小遣いだ。お前さんには期待しとるぞ?)
(あ、ありがとうございます!!)
この爺さんは自分の取り分を1kg俺に分けてくれた。
こんな嬉しい小遣いは初めてだ。
「私は……4kg貰おう」
(僕の言葉を理解して、諦めなかった君へのご褒美だ)
(気が付くのが遅くて、すみませんでした)
もう少しで協力してくれた皆を裏切ってしまいそうな所も助けてもらった。
感謝の気持ちで一杯だった。
「では、私も4kg頂戴します」
(あの結界、是非完成させてくださいね、他次元で一緒になるのをお待ちしていますわ)
(流石にそれは気が早すぎですよ……でも、ありがとうございます、絶対完成させます)
この夫婦の期待に応えられるような人になりたいと思った。
これで……3kg!!
俺の目標まで達した。
全部施して貰った。
けれど、いつか施されなくても自分の実力で取りにこれるように絶対になる。
「よく頑張りましたね? 宮本様」
目の前のフードを被った人に突然俺の名前を呼ばれた。
「え!?」
「驚かないでください。私ですよ」
フードを取ると、そこには見たことのある顔があった。
「マスター!?」
そこに立っていたのは、グランの紹介で日曜日昼食を食べたレストラン、トラットリアのマスターだった。
「まさか、本当に買いに来るとは思っていませんでしたけどね? 実に見事でした。グラン様と一緒に漆黒のドラゴンを倒しただけの事はあります」
「マスターが居るとは思わなかった……」
「こう見えても、現役なんですよ? 私」
料理も上手くて、オリハルコン競争でもトップ4に入る実力。
エヴァンス先生レベルの完璧超人だこの人……
「では、私は3kg頂きます」
「え…? マスターも5kg買わないんですか?」
「実の所、情報が入る前に別の物を買ってしまって……3kgしか買えないんですよ」
(後は、私のお店を御贔屓にしていただければそれで結構ですので……宮本様でしたら、お気軽にご友人などと一緒にご来店ください)
(勿論、またグランと一緒に行かせて貰います。とても美味しかったので全メニュー制覇する予定です)
(それはとても楽しみですね。是非またいらしてください)
そして、ついに俺の番だ。
「おめでとう。君の番だよ」
そう言って顔を見せたのは……俺にオリハルコンの情報をくれた張本人だった。
「あ、あれ……? え?」
「売るって言っても、宣伝しないといけないからね? 色々なレストランで噂を撒いてたのさ。でもあのドラゴンの鱗は俺も凄く興味があるから、競売に出すときは教えてくれよ?」
「分かりました」
深呼吸をする。
ここまでサポートしてくれた人に感謝をする。
ここに居る譲ってくれた人達にも感謝をする。
「5kg下さい!」
そして俺は勝者になった。
もの凄い達成感を感じた。今までの苦労が全て吹き飛ぶようだ。
「売るのは別に構わないけど、お金……持ってるの?」
そりゃあそうなるだろうな。
2500万円するんだし。
「大丈夫です、この口座から引き落としてください」
「おぉ! 本当に良く貯めたな……」
「まぁ色々と無理しましたけどね?」
「ははは……そう言う友達は大切にするんだぞ? スフィア君を含めてな」
「はい、今日俺は沢山の施しを貰いました。でも勝ったんです」
「そうだ。君は勝ったんだ。それを誇りにこれを持って行きなさい」
そして手渡される袋、その中には見たことの無い透き通った鉱石が入っていた。
「これが……オリハルコン……」
その美しさに目を奪われた。
もしこれで日本刀を作ったら、一体どれ程美しい物になるのだろう。
「そうだ、この鉱石に素材を入れると、その素材に合わせた色になる。さぁ、君だけの武具を作るといい」
そして俺は、オリハルコンを自分の部屋に転移させ、学校へ向かった。
「おいジジイ…最後にやりやがったな?」
「ルールを破った訳じゃないぞ? ちょっとした妨害じゃて……」
これは双真自身が気がついていないことだが、実は1位の老人は双真の為にすこしだけ他の連中に妨害をしていたのだ。
「全くあの小僧、最後の最後で一番厄介なのを味方に付けたもんだぜ。俺の勝ちだったのに……」
「若い世代に期待しても良かろうて……お主だってやぶさかではなかったんじゃろ?」
「ったく……俺だってあの小僧にくれてやるつもりだったんだ、良い所を取りやがって…」
「ふふふ……」
隣で聞いていた貴婦人が穏やかに笑う。
「な、なんだよ? なんか可笑しいかよ?」
「皆さんの心が一つだったと言う事ですね。あの少年に期待していると言う意味で……」
「そうだね、荒削りとは言え、あの少年の潜在魔力は計り知れない。今はまだ私達には及ばないが、遠い未来、あの少年が私達の先頭に立っているかもしれない。その手助けになるのなら、今回のオリハルコンを譲ってあげてもいいと思ったのさ」
「その時、私達の事は覚えているかしら?」
「しかし、5kg全部買っていくとはのぅ、よく金があったもんじゃ」
「彼はカリバーンのスカウト組ですからね、スカウトした教師等に協力を頼んだのでしょう」
「よく知っておるのぅ、ワシが手助けせんでもお前さんが手助けしたんじゃろう?」
「あらら……そこまでバレていましたか……私はお得意様を贔屓する性分なので」
マスターが恭しく老人に頭を下げる。
「長生きはするもんじゃよ、本当にな……」
そして熟練の貴族達は期待するのだった。先程まで居た新しい原石に………