birthday<後編> (意地があんだよ、男の子にはなぁっ!)
「はい、半分」
家に着いた後、笑顔でプリクラの半分を美香に渡す。美香はもちろん怒ったままだった。
美香ちゃーん、美香様~。美香の視界に入るようにわざと手を振って名前を呼び続ける。
「なんでいつもそうなんですか?優李さんに嫌われますよ?」
本気で怒っていた。紘燈はふざけるのをやめた。
「いつものとは違うよ」
「何が違うんですか?」
ぶっきらぼうに美香が尋ねた。
「美香以外にはエッチな事しないよ」
一瞬目を丸くした後、美香は、はぁ?と眉をしかめる。
ここかな。紘燈は決心した。
「前回の冬合宿覚えてる?」
突然関係ない質問をされた美香は、少したって覚えていますと答えた。
「あの時、四十川に告白したんだ」
そういってましたね。美香は言う。
「8年間好きだったと伝えたよ」
8年間?タイムリープの事も言ったんですか?どうして?何のために?驚いている美香から質問が飛び続ける。
その質問をほっといて紘燈は続けた。
「ずっと好きだったと伝えた後に、他に好きな子がいると伝えた」
美香の様子が変わった。優李さんが泣いていたのって……
動揺を隠せないでいる美香の両肩を優しく掴んだ。視線が合ったのを確認して紘燈は深呼吸をした。
「俺は今、美香の事が好きだ」
「そんな、だって私は……」
困惑した美香が再度俯いた。頬と顎の辺りに触れて上を向かせた。
「美香とずっと一緒にいたい」
そう言って美香を抱きしめた。美香はしばらくの間無言で棒立ちだった。やがて美香の手が紘燈の腰にからまり小さく一言。
「ありがとうございます。嬉しいです……」
そのまましばらく時間が流れた。
何分くらい抱き合っていただろうか。美香が小さく、あの……そろそろ、と呟いた。
「あ、ごめん……」
再び美香と視線が合う。恥ずかしくて耐えられなかった。
「だから……」
紘燈が続けた。
「だから、抱きしめたりスカートめっくったり、他にもちょっとエッチな事するかもしれないけど好きだからするんだよ。美香にしかしないよ」
美香が耳まで真っ赤になっていくのがわかった。お互い目を逸らした。
美香が紘燈の手を握ってきた。ビックリして美香を見つめる。
「こういうのはしたいですけど……、あんまりエッチ過ぎるのは<まだ>嫌です」
紘燈にはなぜか、<まだ>という部分だけ大きく聞こえた。まだって事はそのうち……。今までの比では無い妄想が始った。
「ご飯にしましょっか」
その美香の声に反応するのに数秒を要した。
「ふぅ……」
湯船に浸かった紘燈から息がもれる。ご飯はいつもよりもおいしく、風呂上りにはケーキとシャンパンが待っている。
まだとは言っていたけれど、一応丁寧に体を洗っておこうかな。
そんな事を考えていると扉が開いて美香が入ってきた。
「来ちゃいました……」
恥ずかしそうにモジモジしている美香は、もちろん水着は着けていたのだが紘燈はビックリして自然と前を隠した。
「あ、私、眼鏡ないとほとんど見えないので大丈夫ですよ」
何が大丈夫かわからないし、こっちは大丈夫じゃなかった。しかし出て行く気配はない。
「背中流しますね」
そういってスポンジと石鹸を用意して紘燈を前に座らせた。背中のスポンジよりも紘燈の左肩に手をおいている美香の手の感触が紘燈をドキドキさせた。石鹸のヌルヌルと滑る感じは小さな美香の手をよりイヤラシクさせる。
「前は自分でしてくださいね?私は髪洗ってあげますんで」
スポンジを紘燈に渡した後、美香の手は頭へと伸びてきた。途中水着の、いや美香の胸の感触が背中へと伝わった。
シャワーで流して湯船に戻った。美香は目の前で髪を洗っている。どうにも落ち着かなく紘燈は先に風呂から出た。
部屋に戻っても心臓がバクバクしている。自分からエロい事をするのは平気なのだが、人からされるととても困った。美香もこんな気持ちになっていたのだろうか。
しばらくして美香が出て来た。さすがにバスタオル1枚ではなかった事に少しがっかりしつつ安心した。
「あの、無理しなくてもいいんだよ?」
一瞬その意味を考えた美香は笑顔で言った。
「私がしてあげたかったんです。だからいいんですよ」
夜、電気を消すのが待ち遠しかった。
ケーキの時間がやってきた。少し小さめのホールケーキには蝋燭が4本立てられていた。
蝋燭を不思議そうに見つめる紘燈に美香が言った。
「19歳の誕生日といっても何か違うし、23歳+<redo>で過ごした日じゃ27本で歳を取り過ぎてしまうでしょ?」
今までそんなに気にした事は無かったが言われてみればそうだった。
「だから……私と過ごした4年間で、4本ってことで」
嬉しそうに美香が笑っている。
シャンパンはほんの少しだけ飲むことにした。もしかしたら迎えるかもしれない<初めて>を酔っ払ってしたくなかった。
ケーキは1/4を残した所で勢いが止まった。紘燈の口元についた生クリームを美香が人差し指ですくい、ペロっと舐める。女子高生ペロリストとかなんて俺得なんだろう。
残りは明日にしようか?と提案したがすぐに却下された。
「ゆっくり食べてもいいですか?」
美香が聞いてきた。まあ甘い物が好きな事は知っていた。笑いながら、いいよと伝える。
デザートを食べてる時の女の子って本当に幸せそうだよなぁ、としみじみ思う。美香が食べ終えるのを待ってからそばに近寄って座った。
手を握る。もう振りほどかれる事はなかった。紘燈は美香を見つめていった。
「キスしたい……」
しばらく考え込んだ美香がこう言った。
「じゃあ今からクイズを2問出します。それに正解したら……いいですよっ」
どんなクイズだろう。やる気はMAX。なんとしても絶対正解してやる。
クイズは2人が少し離れて小声でしゃべる美香の口元を見て何て言っているのか当てるというゲームだった。余り自信は無かったがキスの為ならどうにかしてやる。
「生粋のゲーマーを舐めんなよ?」
「そういってられるのも今のうちですよ?」
両者とも1歩も引かない。バトルが始った。
「い お お あ ん あ い う い」
そんな風に美香の口が動いた。少し考えて照れながら紘燈は答えた。
「ヒ ロ ト サ ン ダ イ ス キ?」
正解でーす、さすがですね。と恥ずかしそうに美香が言う。カワイイなぁ。
「楽勝じゃない?大丈夫?キスって軽い奴じゃないよ?」
これならいける。紘燈は確信した。
じゃあラスト問題です、といい美香が出題した。
「あ い あ お う。い う」
ん?なんだ?
「あ り が と う?まではわかった」
そういって紘燈は悩んだ。もう1回言いましょうか?と美香が言った。
言う?キス?いろいろ考えたがどうもしっくり来ない。もう1回お願いといいながら考える。
「じゃあ、少し声に出していいますねっ!」
美香は勝ち誇った顔をしている。絶対キスGETするんだ!負けらんねぇ。
意地があんだよ。男の子にはなぁっ!!!!!!!
でもわかんねー。なんだ?なんだ?
いうー いうー いうー いうー ……
何度も語感を試すうちに頭にある言葉が浮かんだ。その直後に紘燈の顔色が変わる。
そんな、でもありえない。
この場面で言うはずがない。
美香が言うはずがない。
「redo……」
紘燈はそう呟くと美香の顔を見た。ありがとうまで言い終えていた。
「待てっ!!」
そう言って立ち上がったと同時に全身の力が抜けていく。美香の目からは涙が溢れている。
「惜しかったですねヒロトさん。でも少し遅かったみたいです」
美香がこちらに近寄ってきた。
「私、ホント嬉しかったです」
じゃあなんで…… 薄れ行く意識の中で声を振り絞る。
「私は今日でヒロトさんの前から姿を消します。だから優李さんと幸せになって下さい。これが最後の<redo>で、私からのお願いです」
今日で消える?何言ってんだよ。させるかよ!
紘燈は残ったわずかな力でテーブルのフォークに手を伸ばし、自分の太ももに突き刺した。
鈍い痛みと共に血が溢れてきた。このまま眠ってやるかよ、歯を食いしばり意識を保とうとする。
青ざめた美香がタオルで止血しようとする。
「なにやってるんですかっ。バカっっ!!!!」
大丈夫ですか?大丈夫ですか?少し遠くで声が聞こえる。
「早く、早く意識を無くして下さい。気づいた時には傷も痛みも消えています。だから早くっ」
紘燈を力強く抱きしめながら美香は泣き叫んでいる。
「いやだね……」
「俺は、美香のそばにいたいんだ……」
紘燈の意識が消えかかった。普段よりも長い時間耐えてはいたが限界だった。
今にも眠りにつきそうな紘燈の表情は安らかになっていった。それを見てようやく美香はホっとする。
どうか優李さんと……。手を握り締めて呟く。
「ありがとうございました。これは残念賞とお礼です」
そう言って美香は紘燈の頬にキスをした。
サブタイ(スクライド)
これを書き始める前に構想で最初に決まったのが11~14話の流れでした。
1話の後書きに書いた「ねぇ」ですが12話以外の優李との場面や美香との場面にも合うかと思います。