川崎忍者に気をつけろ!
サッカー好きはね、クリスマスと元旦はスタジアムで過ごしたいものです。悪意も作為もなくても、アウェイの洗礼は存在します。
元々サッカーは好きだったものの、W杯や欧州サッカーをTVで観戦するのみで、Jリーグはあまり注目していなかった。しかし社会人になり会社のフットサル部に入り、先輩に誘われ地元Jリーグチームの試合を観に行くようになって、サッカースタジアム観戦にすっかりハマってしまった。
『欧米に比べれば、Jリーグなんてレベル低いし』と舐めていたものの実際スタジアムに足を運び応援するとなると、コレが滅茶苦茶面白い! みんなでチャントを高らかに歌い上げながら一体となって応援し高揚感の中で掴む勝利は格別なものがある。
「先輩! 今週末アウェイ川崎戦行こうと思うのですが、どうします? 一緒にチケットとりましょうか?」
喫煙所で、先にいた先輩に俺は声をかける。しかし先輩は男らしい眉を寄せ溜息をつく。
「あ~ワリイ。 その日、法事なんだよな」
まあ、先輩と行けないのは残念だが、スタジアムに行きさえすれば、観戦を通して知り合いになれた人もいるので楽しめるだろうと一人で行くことにする。
「そうですか、なら先輩の分も応援してきますよ!」
明るく言う俺を、先輩は何故か心配そうにジッとみる。
「今回は川崎だけど、お前一人で大丈夫か?」
同じ関東なこともあり日帰りで行けるし、土地勘は悪い方ではない、問題なく一人でも簡単に行けるだろう。俺は先輩が何故そんな顔をするのか分からず笑ってしまう。
「子供じゃないんですから!」
「いや、お前あそこは注意しろよ! 迷ったら大変だから、絶対小道に入るなよ! それから青い集団には気をつけろ! 信じるな!」
笑う俺に、何故か先輩は真剣な表情でそんな事を言ってくる。川崎サポーターは、どちらかというと温厚な気質で、他サポーターに対しても優しいと聞いている。負けたからっとイチャモンをつけてくるような話も聞かない。なので俺は首を傾げる。
「何言っているんですか?」
俺が先輩にそう返すが、先輩は首をふり何かを言おうとしたときに、電話が掛かってきたとかで先輩は呼ばれ仕事に戻ってきてしまった。そのあと互いに仕事が忙しくまともに会話をする暇もなく土曜日を迎えることになる。俺自身も先輩との会話もスッカリ忘れていた。
武蔵小杉駅に辿りついたのは三時過ぎ。ナイトゲームなので、この時間で十分だろう。アウェイだけあり、川崎チームの旗やポスターが街全体にあふれている。俺は逆にアウェイの土地を自分のチームカラーのユニフォームで歩くことに変な高揚感を覚える。駅を出た段階で、着ている服の色こそ違えど、サッカー観戦にきたと思われる人物がかなりいて、俺はその人物たちの流れにのって難なくスタジアムに辿り着く。そこで本物の相撲取りがやっている屋台のちゃんこを食べたり、面白そうなイベントに参加したりと時間を潰し、アウェイ専用入り口からスタジアムに入る。ゴール裏のゾーンにいると顔見知りの人にも会う事が出来、一緒に思いっきり応援して燃える。
結果はドローで、やや残念であったものの、攻め合いの戦いで観ていて面白かった。俺は選手にエールを送ってから知り合いと共にスタジアムを出る。辺りはすっかり暗くなっていたものの、人の流れにのり歩き出す。周りにも人が一杯いるので方向的にも合っているのだろう。
違う色のユニフォームに身を包んだ集団が、それぞれ今日の試合の話をしながら駅までの路をゾロゾロと歩いていく。周りにも人が一杯いる安心感もあり俺は、今週先輩にチラリと言われていた事をスッカリ忘れていた。
青い集団は流石地元民というわけで裏道を知っているのか、その歩みに迷いもない。やがて何処かの大通りへと辿り着く。俺は地元民ならではの無駄のないコース取りだなと感心した直後、大きく戸惑うことになる。その大通りに出た瞬間に青いユニフォームの人間が散るように違う方向へと移動をし始める。どちらの道に進む青いサポーターの人数も同じくらい。どの集団が駅へ向かうのかまったく分からない。周りを見ると同様に戸惑う俺と同じ色の服の人間達。
仕方が無く、俺は比較的大通りを歩いて集団へとついて行く事にする。
オカシイ、こんなにも駅って遠かっただろうか? と考えていると周りにいる青いユニフォームの集団が少しずつ少なくなっていっている。よく見るとそれらの集団は小道や建物へと消えていく。もしかして、彼らは駅ではなく家に帰っているだけ? 一緒に歩いている知人も不安そうな顔になっている。聞いてみると、この競技場に来たのは過去に数回しかなく、経路に詳しくないらしい。
恐怖を感じた俺は僅かとなっていた、青いユニフォームの人に声をかける。
「すいません! 武蔵小杉駅ってどちらですか?」
そう聞くと、聞かれた川崎サポーターは驚いた顔をする。
「え?!」
何故、そこまで驚かれるのだろうか? 心なしか川崎サポーターは哀れんだ目でコチラを見つめてくる。
「ココ何処ですか?」
川崎サポーターは、なんとも困ったような申し訳ないような顔をする。
「隣の駅武蔵中原のすぐ近くです。ココから歩いくと小杉結構距離ありますのよ! 中原まで歩いて電車乗ったほうが安全だと思います」
そうして俺達はその教えてもらった通り、武蔵中原という駅まで行き、そこから一駅無駄に電車に乗って移動することとなった。
先輩に改めて聞いた話だと、等々力競技場付近は、他サポーターには等々力ラビリンスという名で呼ばれる程、迷いやすい場所だったらしい。
一つは他のスタジアムとは異なり、駅からは見えない程度に遠くにあり、しかも住宅街の真ん中という場所にある事。そして二つ目は回りに小道が多くうっかり間違えるととんでもない場所に行ってしまう事。三つ目は地元サポーターが非常に多く、駅方面に向かわず直で家に向かう人が多いという事。
その為に、アウェイサポーターはうっかり青いユニフォームを着た人を信じてついていったら、住宅街で道しるべとしていた青いユニフォームの人間が全員忽然と姿を消し見知らぬ土地で放置されてしまうという事態が続出ならしい。暗闇に誘っていきなり消えるので、試合後の川崎サポーターは川崎忍者という名で恐れられているとか。
先輩なんて、味方サポーターについていったから安心だと思っていたら、そのついて行っていた味方サポーターは川崎忍者に誘導されていたらしく元住吉という駅近くまで連れていかれていたらしい。
アウェイの洗礼……恐るべし!
ツィッターで、川崎サポーターが『川崎忍者』という名で呼ばれて恐れられている事を知りました。
これは、実話というか、川崎フロンターレのホームの試合でほぼ毎回このような状況が起こっています。
確かに試合の後、家の近所でものすごく敵サポーターから道を聞かれる事多いんですよね。チョットオカシイなと思った段階で、どうぞ近くの川崎の人に尋ねて下さいね。