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その宿題、やらなかったら⋯?3

作者: 夜凪アリス
掲載日:2026/05/15

昼休みの喧騒が最高潮に達している大学の学生食堂。いつもの窓際の席で、陽乃花がニヤニヤを隠しきれない顔で身を乗り出していた。


「ねえ彩美! 早く早く! 例のあざと男子くん、昨日の合格発表どうだったのよ!?」


私は力なく笑いながら、和定食のトレーをテーブルに置いた。


「……受かったよ。無事に、うちの大学。春から私たちの後輩になるわ」


「やったぁぁぁ! おめでとう! っていうか、すごじゃん! あの偏差値から逆転合格とか、彩美の指導、マジで神だったんじゃない?」


陽乃花が自分のことのように拳を突き上げて喜んでいる。私は深いため息をつき、お浸しを力なく咀嚼した。


「……それがさ、手放しで喜べないっていうか。あの子、合格した途端に何て言ったと思う? 『先生の部屋の隣、ちょうど空いてたから速攻で契約しちゃいました。運命っすね』って……」


「ぶっ!! ゲホッ、ゲホッ……!!」


陽乃花が飲みかけの烏龍茶を噴き出して、激しくむせ返った。


「えっ、マジ!? 同じアパートの、しかも隣!? ちょっ、ちゃっかりしすぎでしょ! それ、確信犯じゃん! ストーカー予備軍じゃん! あはははは!!」


「笑い事じゃないってば……。お母さんまで『彩美先生が隣にいれば安心だわぁ』なんて言っちゃってさ。あんなにお仕置きされて泣いてたくせに、その図太さ、本当に意味わかんない……」


「あー、お腹痛い! っていうか、そのお仕置き! 入試が終わってお疲れ様会したんでしょ? お祝いムードだったはずなのに、なんでまたそんな展開になったのよ?」


陽乃花はテーブルをバンバン叩きながら爆笑している。私は箸を止め、昨日の夜の「惨劇」を思い出した。


最初は本当に和やかだったのだ。私の部屋で、入試を終えた彼のために腕によりをかけてハンバーグとか作って、「本当にお疲れ様」って労っていた。彼も合格の手応えがあったのか、いつになく饒舌で甘えてきていた。


けど、食事が一段落したところで、彼が調子に乗って信じられないことを言い出したのだ。


『実は、試験直前の追い込み時期、先生に内緒で夜な夜なゲーム三昧だったんですよね。どうせ受かる自信あったし、先生に叱られたくてわざと宿題サボるのもバレちゃったから、次は何して困らせようかなーって考えてました。……あ、あと隣の部屋、もう内定もらってます。これからは毎日、パジャマ姿で先生の部屋に突撃しますね』


その時の、私を馬鹿にしたような、あざとすぎる笑顔……。

私の中で、教育者としての、そして「なめるなよ」という女子大生としてのプライドが、ブチッと音を立てて弾けた。


「……で、私は無言で立ち上がって、玄関の鍵をダブルロックしたわけ」


「ひぇっ、彩美、目がマジだよ……」


「『そっか。合格を確信して、先生を馬鹿にして遊んでたんだ。その上、勝手に隣に住む計画まで立てて……。大学生になる前に、一回とことん分からせてあげないと、とんでもない勘違いしたまま入学しちゃうもんね』って、最高に優しい笑顔で言ってあげたよ」


そこからは、お祝いムードなんて一瞬で消え去った。

暴れる彼を捕まえて、私の膝の上にうつ伏せに固定して、言い訳も甘えも全部封じ込めた。


「お尻百叩き。一発一発、これまでの『甘え』を全部吐き出させるつもりで、心を鬼にして叩いたよ。最後の方はあの子、『ごめんなさい、調子乗ってましたぁぁ! 先生、もう許してぇ!』って、大声で泣きじゃくってたけど、百回終わるまで一発も手加減しなかったから」


「ぎゃはははは!! 百叩き! マジで!? お祝いなのに百叩き!? 彩美、鬼すぎるでしょ! あー、死ぬ、お腹痛い……!」


陽乃花は椅子から転げ落ちそうになりながら悶絶している。


「そのあと一時間たっぷり正座させて、大学生になる心構えをコンコンと叩き込んだよ。あんな風に私に叱られてるうちは、あの子、彼女なんて一生作れないんだろうな。将来、彼のお嫁さんになる人は、本当に苦労すると思うよ」


私がしみじみと呟くと、陽乃花が涙を拭きながら、意地悪な顔で私を指差した。


「あはは! 何それ、完全に教育ママっていうか、お局さまの台詞じゃん! っていうかさ、彩美、自分で気づいてないの?」


「……何が?」


「『将来のお嫁さんは苦労する』って、それ、自分のこと言ってるのと同じだよ? だってもう隣の部屋に住むんだよ? 毎日パジャマで突撃してくるんだよ? それ、もう半同棲みたいなもんじゃん! あーウケる、彩美、完全に囲い込まれてるー!」


「なっ、何言ってんのよ! そんなわけないでしょ! 私はあくまで先生として……」


「はいはい、先生ねぇ。先生が自分の部屋に鍵かけて教え子を百叩き、かぁ。それ、もう愛以外の何物でもないでしょ! あの子も確信犯だよ。彩美を怒らせれば、自分だけに構ってくれるって分かってるんだもん」


陽乃花の言葉に、顔がカッと熱くなるのが分かった。照れ隠しにスマホを手に取ると、案の定、彼から能天気な通知が届いていた。


『先生ー! 隣の部屋の鍵、来週もらえることになりました! 今日は引越しのお祝い、何してくれます? またお邪魔しに行きまーす!』


「……あいつ、マジで一ミリも懲りてない」


私は恥ずかしさと怒りを誤魔化すように、猛スピードでフリック入力をした。


『合格したからって調子に乗りすぎ。昨日ので反省が足りないみたいだから、今日も私の部屋に呼び出し。お尻ペンペンして、その腐った根性叩き直してあげるから、今すぐ来なさい。逃げたら倍だからね』


送信ボタンを叩きつけるように押す。


「うわぁ、彩美、とんでもない悪い顔してる! 今度は何送ったの? お尻ペンペンの予約?」


ニヤニヤしながら覗き込もうとする陽乃花を、私は鋭い視線でブロックした。


「陽乃花。あんたもあんまり調子に乗ってると、あいつと一緒に二人並べてお尻ペンペンするよ? 私の手のひら、バスケ部仕込みで相当痛いんだから」


「ひっ! サーセン、彩美様! でもさ、あの子、絶対喜んで来るよ。『先生の部屋に呼び出されたー! お尻叩いてもらえるー!』ってさ!」


「陽乃花っ!!」


陽乃花は「キャハハ!」と笑いながら、残りのドリアをかき込んで立ち上がった。

私はフン、と鼻を鳴らして、冷めかけた味噌汁を啜った。


――あいつと結婚、か。

どうだろうな。あんな生意気な教え子とデートなんて、あんまりイメージできないけど。


でも。

「先生!」って、尻尾を振って隣の部屋から飛び込んでくる彼の姿を想像すると……。

これからの大学生活が、なんだかんだで騒がしく、それでいて退屈しないものになる予感だけは、確かにあった。

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