腕切り旅館
山奥にある旅館。
交通の便は悪いが、美しい景色に囲まれ、時には自然に囲まれたいと考える現代人にとって、心の安らぐ場所と言える。
「全部いらない!」
「もう好き嫌いしないの!」
旅館から出された夕食に手を付けようともしない少年と、それを叱る両親。
この家族は、どこからか噂を聞き付け、ここへやって来た者だ。
「しょうがないわね……」
少年の説得を諦め、両親は夕食を取り始める。
「あら、美味しいわね」
「ああ、美味い!」
少しでも興味を引こうと、両親がわざとらしく声を上げたが、少年は無視するように窓の外に目をやった。
少年は7歳で、小学2年生だ。
先日、学校で出された給食を食べた際、口に合わず、咄嗟に吐き出してしまった。
その時の事を友人からバカにされ、それから好き嫌いが多くなってしまっている。
両親がしばらくの間、同じような会話を繰り返していたが、少年は振り返ろうとしなかった。
しかし、突然激しく咳き込み、それからすぐに茶碗の割れる音が聞こえた。
少年が慌てて振り返ると、両親はテーブルに顔を伏せていた。
「どうしたの?」
少年は、声をかけながら母親の体を揺する。
同時に母親は仰向けになり、自らが吐いた血で真っ赤になった顔を見せた。
さらに、その顔は苦しそうに歪んでいる。
少年は驚きのあまり、後ろに下がり、そのまま座ってしまった。
少しの間、そのままでいたが、少年は誰かを呼ぶべきだと考え、立ち上がった。
同時に、誰かが部屋に入ろうとしているのか、扉が揺れる。
この時、少年は物陰へ身を潜めた。
理由はわからないが、やって来た者が恐ろしい者だと感じたからだ。
扉が開き、部屋に入って来たのは、右手に斧を持った男だ。
男は斧を引き摺りながら、ゆっくりと歩き、両親の傍で足を止めた。
少年は体を震わせながらも、息を潜める。
男は両親の腕をそれぞれ掴むと、乱暴に引っ張る。
その結果、両親は両腕を伸ばし、万歳をするような格好になった。
男はそれを確認すると、斧を父親の右腕に向けて、振り下ろした。
大きな音が聞こえると同時に、少年は顔を下に向け、必死に体の震えを抑える。
少しした後、今度は左腕に向けてなのか、また大きな音がした。
それから、足音が聞こえ、また同じ音が2度続く。
そして、今まで聞いた事のない、気持ちの悪い音がした後、足音が遠ざかり、扉が開閉する音が聞こえた。
男が部屋を出て行ったのだろうと思ったが、少年はしばらく顔を上げられなかった。
しかし、このままでいる訳にもいかないと考え、少年は何度も深呼吸をして、気を引き締めた後、顔を上げる。
「好き嫌いは良くないよ」
そこには部屋を出たはずの男がいた。
少年は状況が理解出来ないまま、悲鳴を上げたが、その場に倒されると、両腕を斧で切り落とされた。
男の後ろには、両親が食べていた夕食の他に、少年が手を付けなかった1食分の夕食が残されていた。
自営業の喫茶店の中。
真夏日が続く今の季節は、冷たい飲み物が売れる時期と言える。
しかし、この店の客は1組の男女だけだ。
「男は1食分残された夕食を見て、他にも誰かいるって気付いたのよ」
お洒落な雰囲気の店には不似合いな話をする女、瑛李花は不気味な笑みを浮かべる。
「その少年は亡くなったんですよね?だったら、そんな事があったと知る人はいないはずです」
瑛李花の前に座る男、庄次は怯えている様子だ。
「でも、こんな噂があるという事は、確かな事実よ」
「そうですけど……」
「じゃあ、あなたが望みそうな事実を話してあげる。旅館の中で両腕を切り落とされた遺体が、大量に見付かった。死因は全員、毒物による……」
「あ、もう結構です!」
庄次の様子を見て、瑛李花はバカにするように笑う。
「暑い季節にはピッタリの話じゃない?」
「そういった話は苦手なんです」
「あなた、そんなんで、よく私のアシスタントをする気になったわね」
「募集を見て、思わず申し込んでしまったんですよ……」
「あら、本当は私と一緒に仕事したくなかったって事?」
その質問に、庄次は困ったような表情を見せる。
瑛李花はオカルトライターの異名を持つ、フリーライターだ。
初めは、様々な心霊現象を追い掛けてはブログに書いているだけだったが、次第に口コミで評判が広がり、今では複数の雑誌でコラムのような物を書くまでになっている。
そして、少しずつ有名になるに連れ、カメラ等を回すアシスタントが欲しくなり、募集をかけた。
その募集を見て、単にライターの仕事に興味があるからという理由でやって来たのが、庄次という訳だ。
この日、瑛李花達は、ある心霊体験をした者の話を聞こうと、喫茶店で待ち合わせをしている。
しかし、予定よりも早く着いてしまったため、こうして話をしながら時間を潰しているところだ。
「それじゃ、話の続きね。予備知識なしで取材が出来ると思ったら大間違いよ」
瑛李花の言葉に、庄次はわざとらしい溜め息をつく。
「でも、さっきの話だけなら、単なる事件の話ですよね?」
「問題はその後よ。そこは事件の後、廃旅館になったの。ただ、そんな大量殺人のあった場所だから、すぐに何かいるって感じに騒がれて、すっかり心霊スポットになってしまった。と言っても、聞いた話では……」
その時、喫茶店のドアが開き、1人の女が入る。
女は大きなボストンバッグを持ち、一見すると、何処か旅行へ行く途中に見える。
瑛李花は女と目が合い、少ししてから笑顔を見せた。
「サナさん?」
瑛李花が声をかけると、女は頷く。
「今日は来てくれて、ありがとう」
「あ、ここに座って下さい」
庄次は席を隣に移すと、先程まで自分が座っていた、瑛李花の向かいにサナを座らせる。
そして、持っていたビデオカメラを回し始める。
「電話で話したけど、顔は撮らないから安心して。じゃあ、早速だけど……」
「キレイですね」
「え?」
「何かされてるんですか?」
サナの質問の意図がわからず、瑛李花は少しだけ固まってしまった。
「……ジムに行ったりしてる程度よ。それより、あなたの話を聞かせて。噂の旅館へ行ったんでしょ?」
出端を挫かれた気分になりながらも、瑛李花は気持ちを切り替える。
サナは少しだけ間を空けた後、ゆっくりと頷いた。
「あの日、私は彼に誘われて、彼と、彼の姉と3人で、問題の旅館へ向かったんです」
サナは淡々とした様子で、その時の事を話し始めた。
その日、サナは彼氏であるタケの誘いで、その旅館へ向かっていた。
車の中、タケは運転しながら、その場所に纏わる噂話をしていた。
「それで……」
「もう、やめてよ」
助手席に座るサナは、うんざりしながら話を止めた。
「何でだよ?ここからが楽しいのに」
「だって、タケ君の話、怖いから……それに今、向かってる場所がそこなんでしょ?」
もうすぐ日が変わろうかという時間。
サナは不安で胸が一杯だった。
「大丈夫、何かあったら、俺が守ってやる」
タケは少しだけ真剣な目でサナを見る。
「運転中によそ見しないの」
「姉貴は黙ってろよ」
後部座席に座るタケの姉、マイは呆れたように笑う。
「そんな事言うなら、最初から連れて来ないでよね」
「俺の周りで霊感あるの、姉貴だけなんだから、付き合ってくれよ」
「もう、2人で行けば良かったじゃない。私、邪魔者みたいだし」
マイの言葉にサナは笑う。
サナとタケは交際を始めて1年になる。
また、サナはよく、タケの家へ遊びに行く事があり、タケの家族とも仲を深めている。
「そんな事ないですよ。マイさんがいてくれて、安心出来ますから」
時にはマイと2人で買い物に行く事もあり、サナにとってもマイは姉のような存在になっている。
「タケ、あんただけじゃ頼りないってさ」
「そんな事、言ってないです……」
タケは少しだけうんざりした様子を見せたが、前にトンネルを見つけ、運転に集中する。
人通りが少なく、先程から他の車とすれ違う事はないが、そのトンネルの中には灯りがあり、それ程視界は悪くなかった。
「このトンネルを抜ければ、もうすぐ着くからな」
タケは嬉しそうに笑う。
そんなタケとは対照的に、サナは今にも泣きそうだった。
サナは幼い頃から幽霊といった、怖い話が苦手で、今日もタケに無理やり連れて来られた形だ。
今、この瞬間も何か心霊現象が起こるのではないかと、気が気でない状態でいる。
そんな不安な気持ちを和らげようと、サナはマイに目をやる。
しかし、マイはそんなサナの不安をさらに高めるような、険しい表情になっていた。
「マイさん?」
「……タケ、ここ何なの?」
「え?」
トンネルを抜け、マイは深呼吸をする。
「姉貴、どうしたんだよ?」
「何か、少しだけ気分が悪くなったの」
「……そういえば、この後、軽くカーブがあって、地図で見ると今のトンネルと旅館が近いよ」
「そう……」
マイの様子を見て、次第にタケも不安げな表情を浮かべる。
「タケ、今から行く場所の事、詳しく話して」
「あ、わかった。そこ、元は旅館だったらしいんだよ」
それから、タケは自分が知る、問題の旅館の噂を話し始めた。
その旅館は、客も多く、評判の良い旅館だった。
しかし、ある日突然、旅館の亭主が料理に毒を入れ、訪れた客だけでなく、従業員まで、全員を毒殺する事件が発生した。
さらに、亭主はそれだけでなく、殺した者の腕を斧で切り落としていったのだ。
その後、大量殺人を行った亭主も亡くなり、動機を含めた、全ての真相は闇の中となっている。
「そんな事件があって廃旅館になってから、あそこは腕切り旅館って呼ばれてるんだよ」
「……変な名前だね」
「タケ、ネーミングセンスない」
「俺が付けたんじゃねえよ!」
そんな話をしながら、車は先へ進み、問題の旅館に到着した。
車を停め、3人はすぐに降りると、辺りを見回す。
「サナ、帰りは運転頼むな」
「あ……うん」
サナは何者かが襲い掛かって来るのではないかと不安に思いながら、車の鍵を受け取る。
「姉貴、何か感じるか?」
「黙ってて」
マイは目を閉じ、大きく深呼吸をする。
「さっき、途中で嫌な感じがしたけど、今はそこまで強くは感じないよ」
「じゃあ、何もいないって事かよ?」
「何もないって訳じゃないわよ。でも、多少は感じるってレベルよ」
そこで、マイはもう1度、深呼吸をした。
「あと、霊感があるって言っても、万能な訳じゃないの。私だって近くに何かいても気付かない時があるんだから」
「おいおい、怖い事言うなよ」
マイに期待していたためか、タケは苦笑する。
「やばいと思うなら、すぐに帰る?」
「いや、せっかく来たんだし、中に入ろうぜ」
「え、入るの!?」
出来る事なら、サナは今すぐここを離れたい気持ちで一杯だ。
「ほら、行くぞ」
「しょうがないわね」
「……本当に行くの?」
結局、前を行くタケとマイに合わせ、サナは軽くため息をついた後、ついて行く事にした。
旅館の中へ入ると、何処からか冷たい空気を感じ、サナは身震いする。
一方、マイは警戒するように辺りを見回す。
「姉貴、何かいるか?」
「私はそんなセンサーじゃないからわかんないわよ」
「タケ君、わからないなら危険だし、帰ろうよ」
サナが必死にお願いしたが、タケは耳を貸さなかった。
そのまま、奥へ進み、3人は扉が開けっ放しになっている部屋の中へ入った。
「何だこれ!?」
そこは、訪れた客が寝泊りをする部屋のようだ。
持っていた懐中電灯で照らすと、床一面が赤黒く染まっている事がわかった。
「血か?」
「タケ、これ以上入らない方が良いよ」
「何かいるのか!?」
「何も感じないけど、いくら何でも危険だよ」
「……ああ、そっか」
タケが少しだけ納得のいかない様子を見せたが、3人はすぐに部屋を出た。
その後、3人はさらに奥へ進み、厨房を見つけた。
噂が本当だとしたら、ここで毒を入れた料理が作られた可能性が高い。
タケは警戒するように懐中電灯で中を照らす。
「姉貴、何かわかるか?」
「ここ、あまり良くないかも」
「え!?」
マイが穏やかな表情ではなかったため、タケは驚いた様子を見せる。
その時、サナは少年の悲鳴が聞こえた気がしたため、すぐに振り返る。
しかし、そこは真っ暗な廊下が続いているだけで、変わった様子は確認出来なかった。
「サナちゃん?」
「あ、大丈夫です」
サナは恐怖に押し潰されそうになり、気のせいだと思い込ませた。
その時、外から雷の音が聞こえ、直後に激しい雨の音がし始める。
「雨かよ?」
タケは懐中電灯を外に向ける。
「あ、ほら、さっきのトンネルがすぐそこにあるだろ?」
タケが指差した先には、先程、通ったばかりのトンネルが見えた。
その時、マイは突然うずくまってしまった。
「どうしたんですか!?」
サナは慌ててマイの体を支える。
マイは苦しそうに肩で息をしている。
そのただならぬ様子に、サナの心は不安で一杯になった。
「タケ君、マイさんの様子がおかしいの!」
サナが必死に呼んだが、タケは外を見ているだけで、振り返ろうとしない。
「タケ君!?」
何度か名前を呼び、タケはようやく振り返った。
「マイさんが大変なの!」
「ダメ……」
マイはサナの腕を掴むと、首を振る。
サナはマイの意図がわからず、固まってしまった。
その時、タケがフラフラとした足取りで、ゆっくりと近づいて来た。
その顔は、何故か不気味な笑みを浮かべている。
「タケ君?」
「サナってキレイだよな」
「こんな時に何言ってるの?」
「その腕、細くてキレイで……」
「……腕?」
タケの様子が普段と違い、サナは恐怖から目に涙を浮かべる。
その時、タケは右手で自分の左腕を掴むと、爪を食い込ませた。
すると、左腕から血がダラダラと流れ出し、床に落ちた。
「何やってるの!?」
「サナの腕くれよ。俺の腕、いらないから」
そのまま、タケが右手を下に引くと、今度は血が勢いよく噴き出した。
人の腕は筋肉や骨があり、丈夫に出来ているものだ。
それにも関わらず、タケの左腕は少しずつ肩から離れ、ついに千切れた。
「サナちゃん、逃げるの!」
何とか立ち上がったマイに連れられ、サナはその場を後にする。
サナは今見た光景が理解出来ないまま、ついに泣き出してしまった。
その時、すぐ近くの部屋から悲鳴が聞こえ、思わず足を止める。
「止まっちゃダメ!」
マイに手を引かれ、サナは再び走り出した。
サナ達は旅館を出ると、車に向かった。
外は激しい雨で、たちまち服を濡らしたが、そんな事を気にする余裕はない。
「サナちゃん、鍵は持ってる?」
「はい」
サナはタケから預かった鍵をポケットから取り出したが、手が震え、なかなかドアを開けられなかった。
ようやくドアが開き、サナは急いで席に座り、エンジンをかける。
雨が車を叩く音が焦りを生み、タケを残している状態だが、サナは一刻も早くここを離れようと考えた。
しかし、なかなかマイが車に乗って来ないため、サナは助手席の方へ顔を向ける。
一瞬、助手席側のドアの鍵が開いていないのかと思ったが、そういう訳ではないようだった。
「サナちゃん、先に行って!」
「え?」
その時、雷の光によって、辺りが明るくなる。
そして、マイのすぐ後ろ、タケの顔を確認した。
突然、マイが悲鳴を上げると、両腕から血が滲み出し、着ていた服を赤く染めた。
その光景に、サナは恐怖から動けなくなってしまった。
「サナちゃん、逃げて!!」
その声に反応するように、サナはアクセルを踏む。
その時、マイがもう一言だけ何かを言ったが、雨やエンジンの音で掻き消され、聞こえなかった。
サナは車を走らせると、来た道をそのまま戻り、トンネルに入る。
雨はさらに激しくなり、車を叩く音が大きくなった。
その時、雷の音が聞こえ、トンネル内の灯りが消える。
同時にエンストしたのか、車が突然停まった。
辺りが真っ暗になり、慌てて鍵を回したが、エンジンは掛からなかった。
その時、サナはふと先程の事を思い出す。
何かを伝えようとしていたマイ。
声は聞こえなかったが、その時の口の動きを、サナは、はっきりと記憶していた。
そして、サナは自然と口を動かし、マイが言ったであろう言葉を声に出す。
「……トンネルに入っちゃダメ」
その言葉にサナは寒気を覚える。
さらに強まる雨が気持ちを焦らせ、サナは何度も鍵を回す。
しかし、一向にエンジンは掛からなかった。
そこで、いっその事、車を置いて逃げようかと考えた。
外は真っ暗で、相変わらずの雨だが、ここに残っているよりかは、ずっとマシだった。
そんな考えから、サナはドアに手を掛け、そこで止まった。
「……何で?」
相変わらず続く、雨が車に当たる音。
しかし、トンネルの中にいる今、雨が車に当たる訳がないのだ。
その事に気付き、サナの体が震え出した。
その時、突然トンネル内の灯りが点き、辺りが明るくなる。
同時にサナは悲鳴を上げた。
サナの目に映ったもの。
それは、血で真っ赤に染まった無数の腕が周りを覆い尽くし、激しく車を叩く光景だった。
「私は気絶してしまい、気付いた時には病院にいました。タケ君とマイさんは行方不明で、今も見つかっていません」
サナは話をしている間、全く表情を変えなかった。
庄次は恐怖からか、顔を青くしている。
そんな庄次に気を使い、瑛李花はここで切り上げる事にした。
「今日はここまでで結構よ。貴重な話をありがとう。もしかしたら、また話を聞く事になるかもしれないけど、その時はよろしくね」
「はい、わかりました」
サナは席を立つと軽く頭を下げ、喫茶店を出て行った。
サナが去った後、瑛李花と庄次は荷物を纏めてから、喫茶店を出た。
「怖かったですね」
「あんなのは、よくある話よ」
「本当なんでしょうかね?」
「さあ?でも、あの子があんな体験をしたと話したのは事実でしょ?」
「あ、はあ……」
そこで、瑛李花は庄次を怖がらせようと、笑みを浮かべる。
「そういえば、話の途中で言ってなかったけど、腕切り旅館って、今はトンネルを通って行けないのよ」
「え?」
それから、瑛李花は今まで自分が調べて知った事実を順番に話した。
事件が起きた時と同時期、旅館に繋がるトンネルが突然崩壊した事。
その時、大量殺人をしたと言われている亭主が下敷きになり、亡くなった事。
トンネルから亭主の遺体の他、多くの腕が出て来た事。
それから、トンネルの改修工事が何度も試みられたが、事故が多発し、今もそのままになっている事。
「もう結構です!」
庄次は慌てた様子で話を止める。
しかし、瑛李花は話をやめなかった。
「いくつか疑問があるのよ」
「もう結構ですって」
「トンネルからは随分古いと思われる腕もたくさん出て来たの」
「え?」
「トンネルが作られた当時のものと思われる、ミイラ化した腕よ」
庄次は顔を真っ青にし、引きつった表情を見せる。
「あと、模倣犯なのか、両腕を切り落とす猟奇殺人事件が最近起こってるみたいだし……」
「もうやめて下さい!」
「あなた、相当怖がりね。ところで、映像はちゃんと撮れたの?」
「あ、はい」
庄次は自身なさげに先程撮った映像を確認し始める。
そして、すぐに表情を険しくする。
「腕が映ってないですよ!?」
庄次はサナの顔を映さないよう、胸から下に向けてカメラを回していた。
当然、そのように撮れば腕が映る。
しかし、サナの両腕は全く映っていなかった。
瑛李花も映像を確認したが、納得のいく説明は浮かばなかった。
「あの……?」
その時、後ろから声を掛けられ、瑛李花は慌てて振り返る。
そこにはサナが立っていた。
サナは片手をボストンバッグの中に入れているため、しっかりと確認は出来ないが、両腕は普通にあるように見える。
その事を確認しながら、瑛李花はサナに笑顔を見せる。
「どうしたの?他に伝えたい事でもあった?」
「いえ、本当にキレイな……腕だと思いまして」
「え?」
この日、サナはずっと無表情だった。
そんなサナが突然、不気味な笑みを浮かべた。
「その腕、私にくれませんか?」
ボストンバッグから出したサナの右手には、血塗れの斧が握られていた。