オレンジ色と猫(百合? 女子高生。僕っ娘先輩と私っ娘後輩。後輩視点。付き合ってない)
塾帰りに捨て猫を見付けた。
折悪く、ぱらぱらと小雨が降っている。四月の雨はまだ寒い。
建物と建物の間、薄暗い闇の中で、その子は私を見上げ「にゃあ」と鳴いた。
小さなダンボール箱に入ったまま。
思わず足を止め、その子をじっと見つめてしまった。
「白山?」
後ろから声がかかる。
「……有田さん?」
ふり返ると、一つ上の先輩がいた。名前を必死で思い出し、多分合ってるはずくらいのあやふやさで呼んでみる。
「お前さん、何やってんの」
どうやら合っていたらしい。訂正もせず、先輩はこちらへやって来た。
「……猫が」
「猫?」
私越しに隙間を見て、
「あー、捨て猫ちゃんか」
有田さんが言った。
「見付けちゃって」
どうやら、有田さんも塾帰りのようだった。帰りのエレベーターやエントランスで見かけなかったから、このあたりにある別の塾なのだろう。
ここは駅前であり、また私たちの学校の最寄り駅ということもあって、塾は何軒かあった。
「寮に持って帰る?」
「え!?」
何でもないことのように有田さんが言ったので、私は驚いて顔を上げた。
私たちは、全寮制の学校に通っている。ここから徒歩約十分。
駅前から伸びる坂道を上っていくと私たちの学校がある。
山の中という立地を生かしてか、それぞれの部活ごとに寮がある、ちょっと変わった学校だ。
「いやいや、隠れて飼うなんて無理でしょ」
「うん。無理だから、先生にしばらく預かってもらう」
よいしょっと。
そう言って、有田さんはダンボールを持ち上げた。
子猫は人懐っこいのか、特に逃げることも怖がることもなく、きょとんとした顔で彼女を見上げている。
「ええ!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。梅原ちゃんの部屋に、猫砂と猫トイレあるから」
梅原ちゃんとは、顧問の先生のことだ。寮には、顧問の自室もある。
「前にも同じことがあってね。そのとき臨時で買ったやつ。多分まだ置いてあると思うよ」
どうやら、これが初めてのことではないらしかった。
有田さんが歩き始めたので、私も慌てて後を追う。
「預かってもらって、どうするんです」
「ん? 里親探して、見付けて、その人に引き渡す」
前もそうしたのだ、と彼女が言った。
「それって……その、けっこう面倒くさいですよね」
「んー? まあ、みんなでチラシ作って、手分けしてスーパーとかに配ったり、ホムペ作ったりするわけだから、ある程度の労力はかかるよ」
まったく部の内容に掠っても居ない労働だ。
それを、新入部員である私が持ち込んでしまうとは。
「すみません」
居たたまれなくて、身を竦める。
「厄介事を持ち込んでしまって」
「別に、厄介とは思ってないよ?」
けれど、有田さんはさらっとした様子で否定した。
「二回目だしね。慣れがあるから。それに、一回目のときも案外さくさく事が進んだし。気にしなくていいよ」
むしろ何だか楽しかったしねぇ、とのんびり言う有田さんに、気遣いの気配は無い。
単に事実を言っているだけ、といった感じだ。
それが本当か演技か、私にはちょっと見分けられなかったけど。
「その……ありがとうございます」
気が楽になったのは確かだから、ぺこりと頭を下げる。
「どういたしまして」
有田さんが、楽しげに続けた。
「ま、僕としては、思いがけず白山の情のあるところを見れて面白かったから。全然かまわないよ」
有田さんは、自分のことを『僕』という。
「……私のこと、何だと思ってるんですか?」
「え? だって捨て猫とか一瞥して通り過ぎそうじゃない」
「失礼な。……まあ、一瞬迷いましたけど」
基本、私は生き物に対してそこまでの慈悲は無い。
今日は……何かこう、天候とか、塾も学校も新天地でなかなか慣れず疲れたとか、そういう、色々あれで、つい見てしまっただけなのだ。
「あははは、ほらね、やっぱり」
「いやいや、みんなそうするでしょ!」
「だろうねぇ」
「もう。だったら、私が特別冷たいってわけでもないでしょうに」
「えー? 僕は冷たいなんて一言も言ってないよ~?」
街灯のオレンジ色に、有田さんの食えない笑みが照らされる。
何だこの人、と思いながらも、その横顔は何だか悪くない、と私はそのとき思ったのだ。
……寮に帰り着き、先生や先輩方に説明するとき。
有田さんは「自分が拾った」と報告した。
ある意味、嘘では無かった。
ダンボールを先に拾い上げたのは、有田さんだった。
けれど、私は何だかそのことがくすぐったかった。
そして、先生や先輩方に「有田にもそんな情があったんだね」と言われている姿を見て、思わず笑ってしまった。
END.




