疲れに効くのは(百合。同棲中。どちらも社会人)
「ただいまー……」
「……どしたん。顔、すごいよ」
先に帰宅していた恋人が、私の顔を見るなり目を見開いた。
風呂上がりなのか、まだ毛先が濡れていて、ほのかに石鹸の香りがする。
「今日はもう朝からトホホの連続で」
「トホホの連続」
私は、よろよろと鞄を置きながら説明する。
「発注ミスするわ、聞き間違い連発するわ、電話かけ間違えるわ、挙句の果てに帰りの電車乗り過ごすわ!」
「あらら」
口にしてみると、本当にミスばっかりだ。
「もうやだ、今日は厄日だ……」
「そりゃあ災難だったねぇ」
自分の駄目さに顔を覆う。気持ちのリカバリーがまったく出来ず、ミスがミスを呼んでいた。
認識すればするほど、気分が落ち込む。
またため息が零れ落ちかけたところで。
「まああれだ」
「!」
彼女にタオルを差し出され、ハッとした。
「サクッと風呂に入って来い」
「……うん」
私がめそめそしている間に、お風呂の準備をしてくれたらしい。
心が少し、ほっと緩んだ。
※
とりあえず身体を清め湯船に浸かると、多少気持ちに余裕が出来る。
良かった。ありがたい。
そんなちょっとほっこりした気分でリビングへ戻る。
「上がったよー……、!?」
すると、何故か。
机の上に、ババンッと。目立つように肌色成分多めの薄い本が、数冊並べられていた。
その隣には、いい香りのお茶(多分カモミール)と米菓(ふわふわさっくりのきなこ餅)が置かれてある。
「な、なんこれ、???」
センシティブかつ刺激的なものと、ほんわかしたお茶セットのコントラストがあまりにも強く、動揺した。
わずかにあった余裕など消し飛んだ。
何これ。
「最近読んだエッセイであったんだよね」
ソファーでゲーム機をいじりながら、彼女が言った。
「人間の求める究極の一つは『美味いもん食ってセックスだ』って!」
真面目な顔で、しかし高らかに。はっきりきっぱり、言い切った。
「だから、美味いもの食って、えっろい本読みな」
そうすれば元気になる、と深く頷く彼女に(そのときだけゲーム画面から視線を外し、こちらを見ていた)、
「何だそりゃ」
ぷはっ、と思わず噴き出した。
私の笑いに、
「笑えればそれで良し!」
彼女が、何故か不敵に微笑む。
いや、何でそんな勝ち誇った笑みなのよ。
だけど、気持ちは嬉しかった。
「とりあえず、ありがたくきなこ餅は頂くね」
これは本当に美味しいから。
袋を開けてひと口。さく、ふわ。
香ばしいきなこの甘味とさくさくなのに溶けゆく食感。最高だ。
彼女にもそれを分けつつ。
「ていうか、セックスは別にアンタが担当してくれてもいいのでは?」
恋人だろうに。とツッコんだ。今度はゲーム画面から視線を逸らさず、彼女は言う。
「だって今夜はゲームがしたい」
「ひどい」
私は苦笑し、カモミールティーを飲んだ。
それでも、悪い気分は既に何処かへ消えてしまった。
END.




