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契約結婚のその後で、早々に離婚を目指します

作者: 奏多

離婚経緯をもう少し詳しくして再構成してみました。

 私が伯爵夫人になると決まったのは、ある日突然のことだった。


 原因は、家が貧しくなったから。


 裕福な家じゃないのに、金銭感覚がゆるい両親がパーティーで目立とうと買い物ばかりして、借金が重なった。

 それを解消するため、私を結婚させて、婚家からお金を引き出そうともくろんだのだ。


「そんなわけで、あなた、ローランド・グレイ伯爵と結婚してちょうだい」


 久しぶりに家に戻ってきて、何年かぶりに私を探した両親が言ったのは、そんな言葉だった。


 私はというと、


(とうとう売られるのか……)


 という気持ちになっていた。

 なにせ両親は、自分達が楽しく遊ぶことしか考えていない。

 貴族の義務だから子供は作ったけど、乳母を雇って放置。

 しかもその乳母を雇うのも、家令に丸投げしていた。


 幸い、乳母が母性あふれる人だったから、私はそれほど屈折しすぎないで育ったのだけど……。

 そのうち遊ぶお金が足りないからと、使用人を首にしていき、私が十歳になったらもうどうにかなるだろうと、乳母も解雇されてしまった。

 あとは娘に令嬢らしい教育も服も与える気はなく。

 自分達は黒貂の襟巻やら、ビロードに金刺繍のマントや冬のドレス、宝石なんかを買うのに、私は完全放置。


 使用人の給料も渋り出したせいで、私の食事も使用人にあてつけで放置されることも増える有様だった。


 本当は私も、逃げ出したかった。

 家出して独りで生きていける技術があったら良かったんだろうけど。

 乳母が解雇されて以降、仕事の手伝いがてら家令が帳簿の読み方なんかを教えてくれたり、両親の飾りになっている蔵書を読むことを勧めてくれたおかげで、多少は学があったとはいえ、正式な物じゃない。


 今時はどこの家庭教師に教わったかがステータスらしく、実際に何かができても認めてもらえないのだ。


 そしてお腹が空いて、野山で果物なんかを採取しに歩くことを知っていても、畑仕事が続けられるほどの体力もない。

 意外と頑健じゃないことも、私には足かせになっていた。


 そして最初の資金を……と思っても、お金にがめつい両親が、私におこずかいをくれるわけではない。

 そして最後の頼みだったけど、魔力がない私は魔術師の端くれにすらなれなかった。


 魔術師になれたら、自力で爵位を得ることだってできたし、そうじゃなくても仕事をして生活できたんだけど……。


 かなり八方ふさがりの私は、仕方なく結婚するしかなかった。


 ただ、一つだけ希望があった。


(ローランド様が、良い人かもしれないし)


 どうやらローランド・グレイ伯爵は、結婚したくないそうだ。

 でも親戚である王太后が、とにかく仲人をしたがる人らしく、結婚しない限り諦めそうにないので、ローランドに異を唱えない人間を置いておきたいらしい。


「従順にしていれば、悪いようにされないし、いきなり不貞を働いたと言いがかりをつけて、縛り首にしたり修道院送りにもされないでしょ。しかも大金持ち! 支度金を沢山くれたから、きっといい人よぉ!」


 母がキツイ化粧をほどこした顔でそう言って、にっこりと微笑む。

 話半分だとしても、結婚したくないのなら……。


(逆に、お互い干渉せずに暮らせるかしら?)


 相手が浮気をしようが、何も言わなければ大丈夫だろうか。

 その間に、伯爵夫人らしくという名目で勉強なりして、いよいよ伯爵に結婚したい相手ができた時、身を引けるようにしておけば……。


(自由に生きられるようになるかも?)


 私はそれに賭けることにした。


 ***


 そうして迎えた結婚式。

 遠い子爵家の領地からやってきたのは、王都のグレイ伯爵家の邸宅だ。

 結婚式にはどうしても、仲人役をした王太后が出席したがったらしく、王都で挙式を上げることになっていた。


 王太后は神殿の控室まで私の顔を見に来て、ため息をついていった。


「あんまり綺麗な子じゃないのねぇ、ローランドはどこが気に入ったのかしら?」


 真正面からそんなことを言われて面食らう。

 あれか。

 自分が身分が上だから、何を言ってもいいと思っているんだろう。

 いや、ある程度はそうだけども。

 だからってひどい。


(そりゃ、すごい美人じゃないけど)


 美人だと褒められたことはないし、鏡に映る自分はたいてい頬がこけて陰鬱な目をしている。

 鼻はやや低めだし、目は……並み?

 中の中ぐらいといった感じだと認識してたから、不美人だと言われるのはさておき、王太后なんて身分の人が、率直に悪口を言うとは思わなかった。


 王太后の背後にいるお付きの人達は、無表情だ。

 ……いつもこんな感じなんだろう。

 当の王太后は頬に手を当てて言う。


「まぁ、とにかく結婚さえしてくれれば……。本当は私の勧めた人にしてほしかったけど、結婚しないよりはマシよねぇ」


 そうして王太后は、ひとしきり文句をつけて退出していった。

 自分が気に入らなかったことだけは主張したかったのだろうか?


「なんか、前途多難……」


 伯爵夫人として、あの王太后とも今後顔を合わせることもあるだろうに、最初から不満そうな顔をされては、どうしたらいいやら。

 ため息を飲み込み、私は淡々と結婚式に望んだ。


 ローランド・グレイという人は、真面目そうな感じの人だった。

 容姿もそう悪くない。

 だから王太后も、美人の妻を横に並べたかったのだろう。


 ただ、これからが問題だ、と私は気合を入れる。

 神殿の結婚式はいい。

 その後のパーティーが……王太后が出席しないからと、ローランドはパーティーを取り止めた。


「…………?」


 合理主義なのだろうか?

 それとも、なんかおかしな考え方の人なのか。

 ちょっと心の中に警戒心が芽生える。

 だって、伯爵家の結婚式よ?

 普通、色んな繋がりがある貴族家を呼んで、自分の妻の紹介やら、ついでにもっと友好関係になりましょうねとかしそうなのに。


 それでも結婚はしてしまった。

 だからその夜は、ものすごく覚悟をしていた。


 グレイ伯爵家の使用人達は、粛々と物事を進めていく。

 夕食が一人だったのは、逆にほっとした。

 これから今まで誰にもさらけ出したことのない部分を見せる相手と、なごやかに食事をする気分になれなかったし。

 それが望んだことなら別だろうけど。


(恋とか、してみたかったな)


 ぽつりと心の中で思う。

 私だって、無理だと思うから全て諦めていただけで。

 もし普通の貴族令嬢として育って、普通の両親だったとして、どこかのパーティーで気になる人に見染められることがあったら……。


 首を横に振る。

 もしもなんて、人生にはなかなか起きないもの。


 そんな風に諦めきった気持ちで、入浴をさせられ、着替えさせられる。

 薄いワンピースの上から、暖かなナイトガウン。

 どちらも白の寝間着を着せつけて、メイド達はいなくなった。


 部屋のソファに座って、じりじりと待つ。

 すると無造作に扉が開いた。

 振り向けば、普通に服を着たローランドが入ってきたところだった。


(それにしても、手に紙……?)


 首をかしげていると、ローランドは立ち上がろうとする私を静止し、ソファーの向かい側に着席。


「単刀直入に言う。白い結婚を通させてもらうため、契約しよう」


「白い結婚……え、嬉しい」


 思わず素で返事してしまい、ぱっと口を押える。

 普通、貴族同士の結婚で、片方の権力が強いうえ、相手側の利権に魅力があるので一時的に結婚という形をとる……なんて場合でなければ、白い結婚なんて成立しない。

 相手側は、搾取されかねないからだ。

 結婚で子供が生まれれば、権利は自分達の方にも残るのに、それすら許さないという物だから。


 普通、嬉しいなんて言うはずがない。

 グレイ伯爵家よりかなり格下の私側からは、絶対にありえないし、彼の気を悪くさせてしまうと思ったけど……。


 ローランドは淡々とうなずく。


「同意してくれそうだな、良かった」


 そう言うのみだった。

 それからローランドが、今回の結婚の経緯を話してくれる。


 ローランドは親戚である王太后から結婚するよう迫られていた。

 けれどローランドは、亡き両親から『結婚などしたら相手が自死しかねないので、やめておくように』と言い聞かされていたらしい。


「相手が自死しかねない、ですか?」


 とんでもない言葉に驚いていると、ローランドが説明してくれた。


「私は、生来、人の感情がわからないタイプの人間なのだ」


 とにかく人の感情を理解できないうえ、自分自身もあまり感情がない。

 ローランドの両親は、幼少期からのこの性格を見て「これはマズイ」と思ったそうな。

 その後は両親が一通りの基準を教え込み、それを守ることが大事だとすりこんだので、普通にふるまえている。


 という、とんでもない話を、ローランドは自分のことなのに気にせず話す。

 その様子から、私は納得した。


(あ、マジで感情がよくわからないんだ)


 普通、そんな話を人にするなんて恥ずかしかったり、屈辱だと考えるだろう。

 お前は人感情がわからん奴だなと言われて、嫌な気分にならない人はいない。

 でも本当にローランドは、わからないのだ。

 だから他人事みたいに、事実を話せる。


 こんな経緯で、ローランドは問題なければ遺言通りに独身を貫くつもりだったらしい。

 そこへ問題を投げ込んだのが、王太后だ。

 ローランドは考えた。

 父母の言いつけは秘匿せねばならない。

 おおっぴらになったら、伯爵家そのものの評判が落ちるからだ。


 しかし王太后の圧力により、伯爵家が不利益を被るだろうことは理解できる。

 父母の守った家を、自分の代でつぶすのはダメだと考えたローランドは、一つの解決策が思い浮かんだらしい。


 ――結婚しても別居ができるのなら、大丈夫なのでは?


 ただし普通の令嬢なら、夫に顧みられないとか、話もできないのは屈辱的というか、無視され捨てられたように思い、自死しかねない。

 でも困りごとを抱えている立場の弱い貴族家の令嬢なら、最初から別居を申し出ても大丈夫なのでは? と。

 権力と金で契約を結んでしまえば、相手も納得すると思ったらしい。


 それで、折よく私の話を持ち込んだ私の親にうなずいてしまったようだ。


 最初は、私もこの話に喜んだ。

 真実の妻としては扱えないけれど、伯爵夫人としての体裁を整えられるよう、支給する金銭についてとか、契約書まで書いてくれたのだ。


 ローランドに感謝して、しっかりとサインをして契約した。


 これだけ公平な人なら、普通の夫婦にはなれなくとも、平穏に暮らしていけるだろうと。

 親の浪費で薬代もなくて困ったことがある私は、お金の心配がないのはとても嬉しかったから。


 別居婚なので、敷地内の別邸に部屋をもらって、それも私は嬉しかった。

 気が変わって、結婚生活を迫られる心配はなくなる。

 このまま伯爵夫人として、どうしても必要な場面だけローランドとパーティーに出席するほかは、独立のための勉強なんかを頑張ろう。

 そう決意して、私は新生活をスタートさせた。


 だが、それは大きな間違いだったと私はすぐに思い知った。


 ***


 数日後、王太后から様子を見に行ってほしいと頼まれていた貴族が、私の元を訪問した。

 相手は老齢のベイリー公爵だ。

 自分が紹介したのではない令嬢と、ローランドとの結婚がよほど気に食わなかったようだ。

 ベイリー公爵はそうだとは言わないけど……。


「王太后陛下も、長く結婚をしたくないとおっしゃっていたグレイ伯爵のことを気になさっておられてな。仲良くやっているかを確認してほしいと、こう、この老骨に頼まれまして」


 ベイリー公爵はそんな風に、やんわりと表現した。

 気になったにしても、結婚式後数日で探りを入れてくる時点で、疑っていそうな気がしてならない。


(まさか、気づいたわけじゃないわよね?)


 偽装結婚みたいなものなのだけど、王太后陛下が来ていた時に、私はそんなつもりはなかったから気取られることはなかったと思うし……。

 ローランドが淡白すぎて、疑いを持ったのだろうか?


 でも、ちゃんと伯爵邸の応接間で、おほほあははと穏やかに会話をして、微笑んで帰って行ったので、とりあえず確認はとれたからもう来ないと思っていたのに……。


 次にベイリー公爵は、まっすぐに私の別宅を訪問してきた。

 メイドも驚いていたけれど、相手の身分の高さゆえに、私のところへ通さないわけにはいかなかったらしい。


 私が急いで来客対応ができるドレスに着替えて、別邸の小さな居室へ向かうと、ベイリー公爵は困った表情をしていた。


「すまないね、伯爵夫人。どこかから、夫人が別邸に住んでいて、そこをちゃんと見て来るようにと王太后陛下がおっしゃったものだから、来ないわけにはいかなかったんだ」


 公爵という地位がある人に言われては、私も拒否はできずに、とりあえずお茶を勧める。

 そして肝心なことを聞いておいた。


「ご同行されている方は、どなたでしょうか?」


 ベイリー公爵は、今回は自分と従者だけの訪問ではなかった。

 明らかに身分のありそうな同行者がいたのだ。


 彼は私より数歳年上っぽい、青年だった。

 ベージュ色の長めの髪は、首元でくくられていて、どこか神官のような雰囲気が漂う。


 何より綺麗で驚いた。

 初めて人に見惚れるという経験をしたような気がする。

 切れ長の目も顔のラインも、芸術家が何度も書き直して作り上げたような完璧さ。

 そんな人の青い瞳が、私を見ていることに気づいた時、あわてて下を向いてしまう。


(じっと見てたこと、気づかれたかな。嫌な気分になったかな)


 嫌われたくない、という気持ちが芽生える。

 そんな風に思ったのは、乳母とか、私の状況を知っていてたまにご飯を食べさせてくれてた、町のおばさんだったりとか。

 山で何が採れるのか、食べられるのか教えてくれた、木こりのおじいさんぐらい。


 しかも、相手は自分の年齢に近い人。

 あと、衣服の豪華さや公爵と一緒にいるところからして、絶対に貴族だ。

 伯爵夫人なのに色目を使ったと思われたくないなと、つとめて彼を見ないようにする。

 そんな私に、ベイリー公爵が紹介してくれた。


「彼は南のジークリード辺境伯だ」


 伯爵どころか、辺境伯!

 国防の要だからこそ、軍を持つことを許可されているし、事実上侯爵以上の序列にいる人だ。


「リュシアンです。はじめまして、伯爵夫人」


「は、はじめまして。どうぞ私のことは公爵閣下もシエラと名前でお呼びください」


 自己紹介されて慌てて返す。


「彼は、錬金術師になってくれる人を探していてね。できれば時間を持て余して、経済的にも困っていない人の方が最適だからと、私に貴族の中にそういう人がいないか紹介してくれと言われて。この後、何人か貴族の三男坊や、子供のおられない奥方を紹介することになっているんだ」


「錬金術師……珍しいですね」


 私が思わずそう言うと、リュシアンが目をまたたいた。


「錬金術師を知っているんですか?」


 私はうなずく。


「その方が珍しいですよ、伯爵夫人。なにせ、我が国にはほとんど錬金術師がいませんからね」


「そ、そうですね……あはは」


 錬金術師を知っている話を聞かれたらどうしようと思いつつ、笑ってごまかす。

 なにせその話をするためには、私が食事を用意されない哀れな令嬢だったことを話さなくてはならない。

 そうすると、さすがに夫であるローランドの名誉にかかわるだろう。


 けれど何を察したのか、私は適当ではないと思ったのか、リュシアンは何も聞いてこなかった。

 ただ。


「もしご興味がおありでしたら、ベイリー公爵を通してご連絡ください」


 そう言ってくれた。

 ベイリー公爵との話は、その後も和やかに進んですぐに終わった。


 ベイリー公爵としては、結婚したばかりの夫婦のことに口を出すのも……と思っていたらしい。

 だから、別邸については『伯爵夫人に伯爵が特別に用意した、絵画などをする趣味の場所』と報告してくれるらしい。

 助かった。


 これでローランドの名誉が傷つくことも、これ以上王太后があれこれ探りを入れることもないだろうと考えた。

 なのに……。


 ***


 その日の晩。

 夕食も終わってゆっくりしている頃、唐突に階下が騒がしくなった。


「何かしら?」


 寝支度前だったので、私は様子を見に行こうとした。

 でもその前に、ノックもなく扉が開く。

 そこにいたのは、めずらしく険しい表情をしたローランドだった。


 こちらを睨むように見る目が怖い。

 思わず私は、数歩ローランドから離れてしまう。


「君が浮気をしている疑惑がある。結婚の契約における不履行は、伯爵家への裏切りだ」


 淡々と告げるローランドの表情はなく、それが恐ろしい。

 でももっと恐ろしいことがあった。


「な、なんで剣を持ってるんですか!?」


「返答次第では面倒ごとになるので、始末するためだ」


 なんでもないことのように言われて、私は卒倒しかけた。

 え、この人、私を闇に葬ろうと思ってるの!?


「誰にそんなことを言われたんですか!?」


「我が家のメイドだが? 貴族の末席の生まれだから、慣習にも詳しいはずだ。その者が、夫の同席がない状態で男性が訪れて来るなんて、といぶかしんでいた。浮気かもしれない、と」


「それだけで!?」


 めまいがする。

 そもそも、変なことを言ったメイドは誰だ!

 追及したいが、それ以前に自分の命を拾わなくては!


 だって、浮気だと疑っただけで「裏切りには死を」みたいな勢いで、直々に命を刈り取って処分する人間なのよ!

 普通は貴族の浮気の場合、普通だったら離婚されて家へ送り返され、その後他の家に嫁ぐぐらいで済むはずなのに。


 でも、ようやくローランドの両親が彼に「結婚するな」と言っていた意味を心の底から理解した。


(そっか、感情がわからないから……私のことも、他の人も全部、物みたいに思ってるのね)


 殺して闇に葬った方が楽だなんてところまで、私の存在を軽く見ているのは、そのせいかもしれない。


 とわかったところで、私は死なないためにローランドを説得した。


 まずは契約違反をしていないことを説明。

 先方の護衛も、こちらの使用人も複数同席していたこと。

 間違いがあれば、ローランドを可愛がっている王太后が怒り狂うので、相手方もそんなことはしないと言うと、ようやくローランドの表情がいつもの淡白な状態に戻る。


 あと、もう一つ。私が契約違反をしない理由を付け加えた。


「身ぎれいであればあるほど白い結婚だと証明しやすいですし、できればそれを理由にいずれはローランド様と離婚したいので、男性と付き合う気はありません」と。


 正直、お金も何もいらないからすぐさま離婚したい。

 ちょっとの誤解で、直情的に剣を持ち出されていては、おちおち安眠できないもの……。


(ようやくひどい両親から解放されたと思ったのに、命の危険と隣り合わせのままとか、平民になってもいいからもう逃げたい!)


 しかしローランドは自分のやってることがとんでもないなんて思わないので、不思議そうに首をかしげた。


「なぜ離婚したいのだ?」


「もう平民になってもいいから、一人で暮らしたいんです」


 そうして私はぶちまけた。


 借金を重ねて、娘の病気の時にもお金を渋って医者を呼ばない、社交界にもドレスを買うお金がもったいないので出なくていいという両親とも離れたい。

 何より勘違いで剣を持ち出されるのは困ると。


 怒るかな? と思ったが、私が列挙した理由にローランドは納得したようだ。

 スン、といつもの無表情に戻ったから。

 ……後になって聞いたが、平民になってもいいからとまで言ったことで、私の覚悟を感じたそうだ。


 ほっとしたところで、今後も似たような事件が起きると困ると思った私は、浮気について詳しい概念をローランドに叩き込んだ。


(はっきりした判断基準がわからないと、他人にいいように操られかねないものね)


 恋愛方面に疎くて感情的にも理解できないと拒絶しているローランドは、だからこそ浮気についてもよく知らなかったらしい。

 だから男女が会っていて、浮気だと誰かが判断したらそうなのだと言われ、信じてしまったのだ。


 そうして私は、ローランドとの早期の離婚を目指すことにした。


 けれどこの事件で、良かったことも起きた。

 ローランドは「取引は公平にすべし」という、両親の薫陶を律義に守る人だった。

 一応、虫けらと同等の命の価値しかない私にも、「むやみに疑って剣で脅したのは申し訳なかった」と詫びてくれた。


 そして贖罪を……というので、頼み事をした。

 私が離婚後、穏やかに生きていけるようにするために。


「では、両親を処断してもらえますか? 借金のために、色々と税をごまかしたりしているはずなので、探せば粗が出るはずです」


 まず両親が健在で子爵として存在していると、離婚した私の次の嫁ぎ先を探しかねない。

 そして親が決めて来た結婚を拒否するのは、この国の貴族の間ではとても大変なのだ。


 その後にローランドが人を使って調べさせたところ、あっけなく税の不正が発覚。

 数か月後、両親と税の不正にかかわっていた親族は、みんな国外追放になった。


「あと離婚後、私は故郷に帰りたくないので、どこか違うところで暮らせるようにしていただきたいのです。子爵家の領地は伯爵家に差し上げます。もしくは王家に返還を」


 故郷には子爵家の係累がまだいる。

 ローランドに脱税調査と断罪を頼んだ以上、彼らから甘い蜜を取り上げたことで恨まれ、嫌がらせされるのはわずらわしかったのだ。

 きっと、

 説明すると、ローランドはうなずいてくれた。


「君はけっこう賢い人のようだ。その通りにしよう」


 後日、その私の頼み通り、新しい領地で暮らせるように配慮してくれた。


「あともう一つ、ローランド様はすぐにでも養子をとってください」


「なぜだ?」


「結婚をする必要がなくなります。私と離婚後、王太后陛下からまた結婚するように命じられては困ると思いますし」


 何より今後結婚なんてしたら、普通の令嬢は本気で大変なことになる。

 うっかりローランドが斬り殺したりしたら、大惨事だ。


 だから彼の親族のうち有望な人物は誰なのかを調べるように話し、自分と離婚する前に養子にするよう勧めた。

 夫婦二人ともが同意しての養子縁組は、ローランドが独り身の時よりも国王から同意を得やすい。

 そして養子がいれば、結婚をしない理由はできる。

 ローランドは王太后に結婚をせかされても断りやすくなるわけだ。


「それはいい方法だ。すぐに養子を探そう」


 うなずいてくれたローランドに、最後の要望をする。


「では最後に、もう離婚が決まったようなものなので、私が誰か異性と会ったり話したりしていても、浮気にはあたりません。なので、二度と剣を持ち出すようなことはなさらないでください。もちろん、伯爵夫人の称号がある間、ローランド様の名誉にかかわるような真似はいたしません」


「わかった。私の今後についても有難い提案をしてくれたのだ。その要求を受け入れる」


 そうして私はようやく、身の安全を手に入れた。


 ***


 問題は、これからの私の収入についてだ。

 ローランドに平民になるんだ! と啖呵を切った以上、仕事ができるようにならなければ。

 できれば手に職がいいだろう。


 その時ふっと、リュシアンが言っていた錬金術師のことが思い浮かぶ。

 このアルストリア王国ではあんまりいないけど、錬金術師の薬はよく効くのだ。

 小さい頃に一度使って、一気に治った経験があるので効果は知っている。


 だけど私、すごく頭がよかったりするわけじゃない。

 頼んだところで選んでくれるかどうか……。


「地道に、代書屋とかそういうのにするかな」


 難しい文書になると、読んだり書いたりするのが難しい人がいる。

 なので手紙や提出書類の代書や要約ができると、重宝されるらしいと聞いたことがある。

 だからベイリー公爵に連絡はしないでおこうと思っていた。

 ダメだった時、がっかりするのが辛いから。


 でもその三日後、ふいにリュシアンが一人で訪問して来たのだ。


「もしご興味があったらと思って、もう一度訪ねてまいりました」


「あの……、家庭教師について一通りの勉強をしていなくても、なれますか!?」


 これを逃してはいけない。

 私はそう思ってリュシアンに尋ねた。


「大丈夫。貴族令嬢が家庭教師について学ぶなんて、詩やせいぜい歴史ぐらいだからね。帳簿を見たことがある? それなら十分以上だよ」


「本当ですか! 嬉しいです!」


「喜んでもらえて良かった」


 私の歓声に、リュシアンが微笑む。


「それにしても、どうして私を誘ってくださったのですか? たぶん先日は、そのおつもりではなかったですよね?」


 私は疑問に思って尋ねる。

 だって、考えてみればおかしいのだ。


 リュシアンは辺境伯。

 そして後で家令から聞いたのだけど、英雄であり魔術師でもあるというとんでもない人物だった。


 錬金術師を探しているのは本当かもしれない。

 条件が、とても具体的だったから。


 とかく研究と名のつく物にはお金がかかるのは聞き知っているし、本でもそういう話をいくつも読んだ。

 だから貴族の三男とか、夫に先立たれた夫人を、と思うのは当然だ。

 しかも彼らの場合、金銭はある程度持っている上で研究をする時間もあるのだから。

 

 でも、私の元にまで連れて来る必要はない。

 リュシアンの条件には合わないのだし。

 わざわざ私の所へ一緒に来なくても、ベイリー公爵とその後に待ち合せればいいはず。


 だから考えたのだ。

 もしかして、王太后が何らかの依頼を魔術師である彼にしたのでは? と。


「鋭いね。実は王太后様が、君は悪い魔術師で、ローランドに呪いをかけているのではないか? と思ってしまったようで」


「…………は?」


 ぽかーんとしてしまう。

 私が、悪い魔術師?


「魔力が多かったら、魔術師になりたかったのに、なれなかったような私が?」


「うん。だから、王太后様は魔術師に君を見せて、魔力があるかどうかを確認させようと思ったみたいだね」


 そしてリュシアンは経緯を語った。

 王太后は、ベイリー公爵の報告が気に入らなかったようだ。

 一方で、ローランドも『穏やかに暮らしております』としか言わない。

 だけど別居状態だという話を耳にして……色々と妄想してしまったらしい。


 ローランドは騙されているのではないか? と。


(なんかこう、息子に結婚してほしかったけれど、結婚したら息子を一人占めにする嫁を敵視する姑みたいな、不安定な人よね王太后って)


 私はそんな感想が思い浮かぶ。


 で、魔術師のリュシアンに声がかかった。

 たまたま王都へ来ていたリュシアンは、私が呪いをかけていないか検証してくれと頼まれたのだそうな。

 王太后は、呪いなんてありませんでしたと聞いて、さらに混乱していたそうだ。


 でもまぁ、混乱しても仕方ないと思う。

 普通の結婚ではなかったのだから。

 とはいえ契約結婚で、早々に離婚するんだという話はおおっぴらにはできないし。


「とりあえず、誤解が解けたようで良かったです」


「私も、君が疑われたままでは勧誘しにくいからね」


「そんなに私、適しているでしょうか?」


 首をかしげてしまう。

 特に先日の話でも、特別錬金術について話したわけじゃないのに。

 するとリュシアンが言った。


「君は錬金術を知っているだろう? そう、反応で気づいた」


「ええ。そうですが……」


「あと、伯爵家から出たいと望んでいるんじゃないかと思ってね」


「なぜですか?」


 と聞いた私に、リュシアンが困った顔をする。


「なかなか強烈な御夫君がいらっしゃるようだから……」


「うわ、まさか、ローランドが難癖をつけてきましたか!? すみません!」


 とりあえず謝った。

 やんわりした言い方だけど、絶対に何かやらかしてるでしょローランド!

 そして私の予想は当たった。


 リュシアンが語ったところによると、帰り際にベイリー公爵が一応ローランドに挨拶をしに行くというので、リュシアンは先に馬車に乗っていようと思ったらしい。

 特にグレイ伯爵家と友誼を結ぶ予定もないので。


 しかし馬車の前に、ローランドがいた。

 藪にらみし、妻に近づいた浮気男じゃないかと邪推する彼に、リュシアンはドン引きしたようだ。

 

(そりゃそうよね……。普通に訪問して、しかも一人きりで会いに行ったわけでもないし、付き添いだし、王太后に依頼されてのことだったのに……)


 まぁ、私の浮気に関する説明をする前だったので、ローランドが疑念をつのらせていたせいだろう。


 私なんかが、選ばれるわけもないのに。

 ローランドのように『契約結婚でも文句を言わない娘』というのは、たとえ顔が良かろうと結婚相手や浮気相手にするには厳しいのだ。

 だって背後に、うちの両親のような金をたかりかねない人間がいるのだから。

 そんな厄介な女と浮気する人間が、どれだけの人数いるだろうか?


 そもそもリュシアンは、容姿も権力も魔術師として個人的にも力を持っている人物だ。

 好かれたい女性は沢山いるはず。


 とにかく迷惑をかけてしまった後なら、少し事情を話しても大丈夫だろう。

 私は契約上の結婚だということ。

 離婚の準備を双方の協力ですすめていること。

 その原因として、ローランドの性格上のことがあると話した。


「なるほどね……。彼は区別がついていなかったということか。でも君はすごいな、シエラ」


「え? 私ですか?」


「そう。そこまで斜め上に暴走した相手を説得して、離婚の約束までとりつけたんだから」


「まぁ……命がかかってましたし」


 金輪際、抜身の剣を持って夜中に現れる人なんて見たくない。

 そろそろ就寝か、と気を抜いていた時だったから、本当にびっくりしたのだ。

 でもリュシアンは首を横に振る。


「すべての人が、君みたいに勇敢なわけじゃないよ」


 そういった彼の表情は、何か遠い昔の傷を思い出すような感じだった。


 ***


 その後、リュシアンの知る錬金術師と私は会った。

 無事に錬金術師は私を弟子にしてくれることになったんだけど……。


「は!? 一か月!?」


「そうだが? わしはもう引退して、娘夫婦がいる町へ引っ越すのだからな」


 なるべく早く引っ越したいと思っているらしい。

 それで、一か月ということなのだとか。


「そもそも、本を自身の力で読み解きながら調合法を編み出していくのが錬金術。基本を掴んだら、後は独学じゃ。ほっほっほっほ」


 そう言って笑う白髭の老人は、本当に一か月しか私に教えてくれなかった。

 まだ学んだりした方がいいと思うのだけど……。


 最後の日にもそう言った私に、錬金術師は言った。


「正直、三か月ぐらいは余裕があったんだがな」


「は!?」


 え、じゃあなんで一か月!?


「お前さんを最初にテストした時、錬金術師としての素質はあると思ったからよ。実際に、わしの想像通りだったな。普通、一か月で媒介の調合を始めてしまえる人間はそうそうおらんでな」


「え? だって師匠。媒介ぐらい初めて一週間で調合できるようになるもんだって」


「できはするだろうが、代替物の選び方や調合の調整なんかは、研究と素質の問題よ。それができるなら、あとは練習するのみ。ほれ、これからはここにある本が師匠だ」


 そう言って私に沢山の本と、家にあった道具の全てをゆずってくれた。


「まぁ、これだけ素質があれば、いつかはあの辺境伯の望みをかなえられるだろうさ。がんばりな」


 無責任に応援した師匠は、あっさりと娘夫婦の元へ旅立って行った。


 リュシアンが錬金術師になる人を探していた理由。

 それは……リュシアンのような魔術師達が抱える問題。


 ――魔術を使うと寿命が減る。


 酷い人になると、最初に魔術を使ったことで、ほんの数年しか生きられなくなるらしい。

 心臓が魔石のように変化し、そして死んでしまうのだとか。


 リュシアンはそんな魔術師達を救えないかと考えて、色々方法を探した末、錬金術師に依頼することを思いついたらしい。


 でも、錬金術は衰退していたんだよね。

 生活必需品のうちぱっと使える物は、錬金術より魔石を使う方が、簡単に作れるし簡単に使える。

 その結果、錬金術に目を向ける人も、買う人も少なくなってしまった。


 薬の分野では、錬金術でなければ作れない物もあったりして、そちらは珍重されてきたようだ。

 けれど錬金術師が高価な薬のみを売るようになった結果、衰退に拍車をかけたのだ。

 高価な品を作れるからこそ貴族に囲われ、逃げようとすると殺される、なんてことが繰り返されて。


 だから錬金術師はほとんど見かけなくなっていた。

 でも、わけあって錬金術師を探し続けていたリュシアンは、王都で師匠を見つけた。

 しかし引退寸前だったのだ。


 高齢で調合の量を測るのもきつくなっていたらしいので、やむをえないことだったんだけど。

 それなら、とリュシアンは後継者を探した。

 少しの時間だけでも、指南してほしい。それまでは引退を思いとどまってほしいと頼んで。


 そして間もなく私が手を挙げたことで、錬金術は私に引き継がれた。


「たぶん、リュシアンも寿命、短くなってるんだろうな……」


 本人はまだまだ大丈夫だと言っているけど。

 英雄なんて呼ばれている人なんだから、絶対に沢山魔術を使っているはずだし。

 私に手に職を与えてくれた恩人だから、リュシアンに長生きしてもらえるようにがんばろうと思う。


「リュシアンが立派なおじいさんになるぐらい……。いや、おじいさんになったリュシアンってどんな感じになるんだろう」


 今は白皙の美青年だ。

 年を取ったら、渋いおじい様になるんだろうか?


 想像して、ちょっとそれもいいなと思って、あわてて打ち消す。

 だめだめ。

 依頼を完遂したら、関係がなくなる人だ。


「変に色々想像して、好きになっちゃったら大変じゃないの」


 つぶやいて、なんだか寂しくなったのは……たぶん私の気のせいだ。


 ***


 その後の生活は、とても充実していた。

 錬金術の本を読んだり、ささやかな実験を続けて、失敗してはローランドに苦情を言われたり。


 一方で養子縁組の話も順調に進み、ローランドと共に面接をしたうえで絞り込んでいく。

 その後、この子だと思える少年を見つけ、伯爵邸に宿泊してもらった。

 当然、ローランドの特殊性の片鱗を見た上で、やっていけそうか見極めるためだった。


 一緒に生活してたら、一週間ぐらいもあれば「え?」ってことがあるはずなので。


 で、その試みも無事に通過できた子に決定。

 彼自身も、ローランドの特性を認識したうえで、刺激せずに生活することも、今後爵位を受け継いでからもフォローを続けることについても了承してくれた。


「まぁ、のんだくれた上に急に思い立って子供を捨てたり、急に連れ戻したりするよりは全然マシですよ。約束は守ってくれますから」


 けっこうな苦労人の少年だからこそ、ローランドへの順応性があったようだ。

 でも、心配なので、ローランドには色々とやってはいけない事柄や、養子との今後の約束事、事務的なこと以外は養子の助言に従った方が全て円滑に進むのだと教えておいた。


 これでローランドの特殊性が外へ漏れず、養子も安全に暮らせるだろう。


 そこまで準備が整った頃、養子縁組の書類に国王が判を押してくれた。

 これで、私はお役御免だ。


 すべてが整った翌月。

 私達は離婚について国王に申請した。


 この時、一番気を付けなければならなかったのは王太后だ。

 養子のことは聞いたので、必ずしも妻が必要ではないとわかっただろうけど、結婚こそ至高! という人なので、ごねて離婚をナシにする可能性もあった。


 そこで私は、妻として不適格なので離婚する! とローランドに言ってもらった。

 その方が王太后も納得し、円滑に離婚できると言ったのだ。


 結果、作戦は成功した。

 私は謁見の間から出た後、思わず口元がゆるむ。

 もう取り消せないのだから、ちょっとだけニヤニヤしてもいいだろう。


 王宮のエントランスを出て、人がほとんどいない王宮前から門へと伸びる長い白の石畳の上に立ったところで、私は言った。


「無事に終わりましたね、グレイ伯爵様」


「うむ。協力に感謝する、夫人……いや。今日からはシエラ殿か」


 律義なローランドが、さっそく呼び方を変えてくれた。

 夫婦としては一緒にいられない危険人物だけど、真面目であるところはこの人の美質だったなと、私は感慨深く思う。


(私も、そうそう再婚なんてしないだろうし、これが最後の結婚になるかもしれないから感傷的になってるのかもしれないわ)


 でもすぐに思い直すことになる。


「ところで、領地へ行ってもまだ……あの錬金術というのをやる気なのか?」


 ローランドが嫌そうな顔をしている。

 私は即うなずいた。


「もちろんです。趣味をおおっぴらに実行できる環境になって、伯爵様には感謝しております、うふふふふ」


 上品に笑ったつもりが失敗。

 ニヤニヤ笑いをしてしまう私に、ローランドは引いていた。


「またあの異臭を発生させるのか……。迷惑な」


 ぼそっと付け加えたのも無理はない。

 錬金術の実験で、異臭を漂わせたのはまごうことなき真実だ。

 そのせいで、ローランドがむせることになったのは申し訳なかった。


(領地に行けば、錬金術も好きなだけし放題よ!)


 未来に胸を高鳴らせ、私はやってきた馬車に乗って伯爵家へ戻る。

 そして到着したのは、私が一年を過ごした別邸の前だ。


 白漆喰の別邸は、本邸に比べるとこじんまりとしたものだ。

 その前には、荷物がまとめられて馬車二台に積み込まれていた。


 貴族夫人の引っ越し荷物としては、かなり少ない。

 でも結婚の時は馬車一台でもスカスカだったので、増えた方だろう。


 そのほかに一台、目立ちにくいながらもしっかりとした黒塗りの馬車がある。

 こちらは私が乗って移動する物だ。

 途中、旅程によっては馬車の中で寝泊りする可能性も考えて、やや大きめになっている。


 王宮から乗って来た白い伯爵家の馬車から降りると、その黒い馬車の横で待っていた人物が話しかけてきた。


「シエラ。無事に離婚が成立したみたいだね」


 淡いベージュ色の髪を首元で結んだ青年、リュシアンだ。

 相変わらず、誰もが美青年だと言う顔立ちだ。

 ローランドがリュシアンに一礼した。


「お久しぶりです、偉大なる魔術師、リュシアン・レイ・ジークリード辺境伯殿」


「久しぶりです、ローランド・グレイ伯爵殿。今日は、シエラ殿を迎えに来ました」


「領地に同行されるのですか?」


「ええ。ちょうどそちらへ行く用事もありますし、物騒ですからね。友人が途上で災難に遭うのは嫌ですから護衛をしようかと」


 王都の外に出れば、山賊や魔物だって出てくる。

 だから私も、護衛として雇う兵士を増やそうと思っていた。

 けれど「西に用事があるので同行しないかい?」と声をかけてきたのがリュシアンだったのだ。


「私の方は、西の王国が騒がしいこともあって、その状況を調べに行こうと思っているのですよ」


 リュシアンの言葉に、ローランドが納得したようにうなずいた。


「確かに。シエラ殿に譲った土地は西の辺境伯家に接しております。割譲を決めた時は、飛び地でもあるので譲りやすい場所で、戦争の気配がなかったからそこに決めたのですが……。それほど危険な状況なのですか?」


 責任を感じたのか、ローランドが尋ねた。

 異臭を漂わせる謎の実験を繰り返す名前だけの元妻とはいえ、さすがに戦火に近い場所へ行かせるのは不安だったのだろう。


「始まってしばらく経ちますが……詳細がまだよく伝わってこないのですよ。でも陥落しても、併合するのと軍の再編に時間がかかることでしょう。その後、こちらの国まで来るかはまだわかりませんから」


 そういわれて、ローランドはうなずく。


「戦場をご経験になっている辺境伯殿に、そのあたりのご判断はゆだねるしかありません。大変迷惑を被った相手ではありますが、シエラ殿の移動についても案じていましたので、よろしくお願いいたします」


 託す相手への言葉にしては、内容がちょっとどうかと思う。

 リュシアンは笑いそうになりながらうなずく。


「承知いたしました。……それでは行きましょう、シエラ殿」


「はい、道中よろしくお願いいたします」


 私は一礼し、すでに準備されていた馬車に乗り込む。


(色々と一年間、沢山大変な思いをしたり、夫のせいで肝が冷えたこともあるけれど、良いこともあったな)


 そんな風に統括できる一年間だったなと思いつつ、馬車に乗って出発すると、リュシアンがふっと雰囲気をやわらげた。


「それにしてもシエラ、あの堅物グレイ伯爵が嫌がるような、何をしたんだい?」


 それが気になってしかたなかったんだろう。

 早速尋ねてきた。


「その、錬金術の錬成中に失敗したのよ。それで、とんでもない煙と異臭が出て」


「異臭?」


「たとえるなら腐敗臭に胡椒を混ぜたような」


 想像したのか、リュシアンが苦笑の表情になる。


「しかも、用があって私の別邸にローランドがやってきた瞬間だったのよ」


「それはまた、ずいぶんと良いタイミングだったようだね」


「おかげで、ローランドがさらに離婚に積極的になってくれて、色々な手配を急いでくれたのよ。人生何が幸いするかわからないわよね」


 私は笑みを浮かべてそういった。

 リュシアンもうなずく。


「そうだね。あ、まだ言っていなかったけど、離婚おめでとうシエラ」


「ありがとうリュシアン。ようやく解放されたわ……。正直、契約上の結婚生活が、あんなにキツイと思わなかった」


 思わず漏れる愚痴。

 原因を知っているリュシアンが笑った。


「私もこれから、君のところを訪問する時に色々気を回さないで済むことにほっとしているよ。これからは、気にせず会いに行けるね」


 そう言われて、私はちょっとドキドキとしてしまう。


「ええと、でも南の辺境伯領から行き来するのは大変じゃない?」


 頻繁には来られないしと言ったのは、少し、期待してしまいそうな自分を抑え込むためだったのだけど。

 リュシアンは気づかないのか、それとも何か気づいているのか。


「すぐだよ。何度でも会いにいくよ……研究の進捗も知りたいしね」


 付け加えられた言葉にほっとする気持ちになりながら、でもまだ心臓がどきどきしている。


(何度でも会いに行くって、そんなほいほい言うもんじゃないと思う! 勘違いしたらどうするの!)


 そう思うものの、本当に勘違いだと言われないかが怖くて、私は結局言い出せずにいるのだった。

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― 新着の感想 ―
前書きに「離婚経緯をもう少し詳しくして再構成」とありますが続きへの誘導をされていますので、完結している連載の方を読ませるためだけに冒頭部分を再構成して掲載したようにしか思えません。
短編なのに最後に続きはこちらとか……だったら最初から連載にしろよ。 短編詐欺じゃん。 読んだ時間無駄にしたわ。
ローランド、人の気持ちが分からないのもそうだけど視界が非常に狭いタイプなのでは。ちょっと考えれば養子を迎えれば良いって分かりそうなのに、自分の考えに固執しがちで世界が外に広がない。 親戚の王太后も同じ…
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