05 きんぴか焼き芋
月に一度の金曜日。放課後に校庭の掃除当番が回ってくる。
あおちゃんが通う学校は普通の公立小学校で、校舎はちょっと古くて、その校舎をぐるっと木や竹が囲っている。きっとこの辺りはもともと林か谷かなにかで、そういう名残りが古くからある校舎に残っているのだろう、とりえちゃんが言っていた。
春には桜、夏にはサルスベリ、秋は金木犀、冬でも椿が咲いていて、探検には困らない。あおちゃんが学校で好きな場所のひとつだ。
今日はあおちゃんとりえちゃん、美恵ちゃんの班が掃除当番だった。校舎から一番遠くの林。竹でつくった学校でしか見ないほうきを使って、秋風で落ちてしまった茶色や黄色の落ち葉をばさばさと掃く。
「きれいな色ですよね。わたし、秋の落ち葉って好きです」
美恵ちゃんがそう言ったら、りえちゃんが白けた顔をした。
「雨降ったらぐちゃぐちゃじゃない。あと銀杏はすごい臭いするからイヤ」
「どうしてりえちゃんは、嫌いなところばっかり言うの?」
「アンタが良いところしか言わないから」
「りえちゃんは、美恵ちゃんがいい子だって言ってるんですねえ」
あおちゃんがうんうん、とうなずいたら、美恵ちゃんが笑って、りえちゃんがますます嫌そうな顔をした。
「あおちゃんは、落ち葉を見たら焼き芋をしたくなりますねえ。前、星野さんがキャンプにつれてってくれた時にやったんですよ」
楽しかったし、とてもおいしかった。この前の夏休みのことで、夜になると星もいつもよりきらきらして見えた。また行きたい。
ちょっとだけ思い出に浸っていたら、りえちゃんが首を傾げたのが見えた。
「⋯⋯焼き芋って、なに? スーパーで売ってるでしょ?」
あおちゃんと美恵ちゃんが、はっとして顔を見合わせた。
「⋯⋯りえちゃんは、焼き芋をしたことないんです?」
「は? 焼き芋は固有名詞でしょ。勝手に動詞にしないでよ」
「!!」
「!!」
あおちゃんと美恵ちゃんは、衝撃を受けた。
りえちゃんはとてもお金持ちで頭が良い。でも、知らないことがあるのだ──!
「美恵ちゃん! 先生にお願いして、焼き芋をしましょう!」
「そうですね! お願いしに行きましょう!」
美恵ちゃんも力強くうなずいてくれた。りえちゃんだけが、わけがわからない、という顔をしている。
ふたりでほうきを持ったまま、慌てて一緒に掃除をしてくれていた先生に駆け寄った。
平川先生はすぐそばにいて、やっぱり同じように校庭のはじっこで竹のほうきを持って落ち葉を掃いていた。先生はいつも優しい笑顔を浮かべていて、今もなぜか楽しそうにほうきを左右に振っている。
「せんせいー! 焼き芋しましょう!」
「ダメだよ。学校で火を使ったら危ないからね」
優しく秒で断られた。ただ、ここで諦めるあおちゃんたちではありません!
「りえちゃんが、焼き芋はスーパーで売ってるって! 落ち葉で焼き芋したことないんですよ!」
あおちゃんの訴えを聞いて、ようやく先生の顔が驚いたものになった。先生もりえちゃんがとても賢いことはわかっているから、余計にびっくりしたのだろう。低く落ち着いた声で小さく唸るのも聞こえた。
「そうか⋯⋯。それで、りえちゃんに焼き芋を教えてあげたいんだね?」
「はい!」
「学校でやるの、絶対ダメですか?」
美恵ちゃんとあおちゃんのお願いポーズが効いたのだろう。先生は微笑みを浮かべて、あおちゃんたちの頭をなでた。
「そうだね⋯⋯校長先生に訊いてみるから、お掃除をしながら少し待っていてもらえるかな?」
そう言って、先生は校舎の方へ歩いて行った。後からのんびりやって来たりえちゃんが、
「なんなのよ、一体⋯⋯先生にまで言いに行くほどのことなの?」
「そうですよ。それほどのことなんです」
「焼き芋が?」
「りえちゃんに、あおちゃんたちがなにかを教えてあげられるかも、ってコトがです!」
あおちゃんの言葉に、りえちゃんはびっくりしたような顔をした。
「そんなの⋯⋯」
「わたしたちじゃ、こんなコトくらいしか教えてあげられませんけどね」
美恵ちゃんが照れくさそうに笑うので、りえちゃんは口を閉じてしまった。
「もし学校でしちゃダメってなったら、星野さんにキャンプに連れて行ってもらいましょう! あおちゃんは星野さんとキャンプして焼き芋をしたんです」
「わあ、いいですね! みんなとキャンプ、楽しそう!」
「⋯⋯うん。そうね」
りえちゃんはなんだか眉を下げて、困ったような顔をしていた。もしかしたら、キャンプもしたことがないのかもしれない。ならばやはり、星野さんにお願いして連れて行ってもらわなければ。奈々ちゃんに教えてもらったお料理でおもてなしをすれば、あおちゃんの健気さに星野さんもきっと「仕方ねえな」と言ってくれるはずです!
しばらく三人でたくさん落ち葉を掃いて集めていたら、平川先生が帰ってきた。
「三人とも、校長先生がいいよって言ってくれたから、焼き芋をしようか。今教室に残ってる子たちも呼んできなさい」
「やったー!」
「やったー!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
焼き芋は火を使うので、絶対に大人と一緒にしないとダメだと、星野さんに言われていた。その点、先生なら完璧だろう。先生は事前準備を星野さんと同じようにしっかりしていた。
水が一杯入ったバケツ、ライターとお芋、新聞紙、アルミホイル、きれいに洗ったお掃除用のハサミ、軍手が校庭の隅っこに並べられた。お芋は校長先生が買ってきてくれたらしい。
お芋を新聞紙で包んでお水で濡らし、それからアルミホイルで巻く。葉っぱの山はつくっておいたので、先生がそれに火を付けた。勢いよく燃えて、傍にいると熱を感じるくらいだ。
「わあ! 燃えてる匂いがします!」
「ちょっと怖いですよね」
「怖かったら離れていてもいいよ」
先生が優しく言ってくれて、美恵ちゃんが少しだけ後ろに下がる。あおちゃんとりえちゃんは、ぼーっと火が燃えるのを眺めた。こんなに大きな火は、キャンプの時にしか見られないから珍しい。火はきれいだなと思う。
火柱が落ち着いてから、先生が校庭にある竹林からひろってきた古い竹を入れた。
「葉っぱだけじゃないんです?」
「お芋に火を通すのには時間がかかるから、長く燃えるものを入れておかないといけないんだよ」
「どれくらい時間がかかるの?」
「一時間くらいかな」
平川先生の答えに、りえちゃんがえーっと声を上げた。
「ムダ過ぎ⋯⋯スーパーで買ったら3分だけど」
「りえちゃん、焼き芋は、レジャーなんですよ」
美恵ちゃんが真剣な顔で語りはじめた。美恵ちゃんが真剣な顔をしている時、それは大抵遊びに関することだ。
「レジャーはこころを豊かにするんです。お勉強や習い事が大事なのは、わかっているんです。そういうことだって、わたしたち子どもには必要なんでしょう。でも、こういうレジャーでこころを広く豊かにすることも、子ども時代にしかできないんですよ。ええ、別にサボっているわけじゃ全然ありませんから!」
「美恵ちゃん、おばあちゃんが教育ママさんなんですよね」
美恵ちゃんの力説に、それなりのストレスがあることを感じた。あおちゃんは結構自由にさせてもらっているので、星野さんからそういう圧を感じたことはない。お行儀とか、安全に関してはほかのお家よりは厳しいと思うけれど。
平川先生は美恵ちゃんの主張に笑ってから、りえちゃんに視線を向けた。
「美恵ちゃんの言う通り、これはお友達や家族と一緒にやるのに意味があることだね。りえちゃんだって、みんなと遊ぶのは好きだろう?」
「⋯⋯うん」
「焼き芋は遊びの一部だよ。まあ、大人がいないとしてはダメな遊びだから、ちょっと特別な遊びだけれど。そういうのを、みんなとやってみるのは大切なことだ」
「⋯⋯うん。わかった。時間効率を考えちゃいけないトコロなのね?」
りえちゃんの素直な答えに、先生はうれしそうにうなずいた。その隣で、美恵ちゃんもしたり顔でうなずいている。
「でも、お芋を焼いている間になにをするの? 火の番だけ?」
「お芋が焦げたり炭にならないように、時々ひっくり返すんだ。だから、思っているよりは忙しいよ。今日はりえちゃんがやってごらん」
軍手とハサミを渡されて、りえちゃんは顔を縦に振った。
落ち葉の火が落ち着いて、竹がゆっくりと燃えていくのを確認してから、お芋を静かな火の中に入れる。
「わたしも、こうして焼き芋をするのは、ちっちゃなころに参加した町内会の焼き芋パーティー以来ですね。その時は炭火セットを使ってましたし、こうやって落ち葉でやるのはわたしもはじめてです」
美恵ちゃんが、りえちゃんにそんなことを話しかけた。りえちゃんは火を見つめたまま、静かに返事をする。
「⋯⋯焼き芋がレジャーになるなんて、考えたことなかった」
「なんでも遊びだと考えた方が楽しいですよ」
「りえはお勉強が遊びだと思ってる」
「⋯⋯⋯⋯りえちゃんとわたしでは見解の相違がありますね」
美恵ちゃんが引いた顔をしているけれど、りえちゃんはそのまま話続けた。
「うん。りえはアンタたちより頭がいいけれど、知らないことがいっぱいある。そういうのは、ちゃんと知ってる。だからいつも、アンタたちにいっぱい教わってると思ってる」
美恵ちゃんとあおちゃんは、思わず顔を見合わせた。りえちゃんが素直なことを言うのは、ちょっぴり珍しい。
ちょっとだけこちらを見たりえちゃんのほっぺは、かすかに赤く見えた。
「──こんなことくらい、じゃないわよ。りえが知らないことなんだもん」
あおちゃんと美恵ちゃんは、なんだかうれしくなった。これは、りえちゃんなりの「ありがとう」なのだとわかったから。なので、うんうん、とふたりで何度も納得顔でうなずく。
「そうですか。そうですね。わたしはやればできる子ですので!」
「じゃあこれからも、あおちゃんたちがいっぱいりえちゃんに教えてあげますからね!」
「アンタたち、マジで秒で調子に乗るわよね」
「さて、もうそろそろいいかな」
りえちゃんやほかのクラスメイトがていねいに転がしていたお芋からは、ちょっと焦げたような、けれどあまあい匂いが漂っていた。
火傷をしないように慎重にお芋を取り出して、ちょっとだけ冷ます。先生が人数分にお芋を割って手渡してくれた。
あおちゃんに手渡されたお芋は、まだアルミホイルと新聞紙に包まれていて、その中からきんぴかのお芋がこんにちはしていた。
「わあ、おいしそうです!」
「りえちゃん、熱いから気をつけてくださいね」
「⋯⋯たしかに、こんなに熱いのはスーパーのじゃ食べられないわね」
三人でふーふー息を吹きかけて冷ましながら、ひとくちかじる。実際に火にくべているからこそのちょっと焦げた匂いと、ほくほく甘いお芋が、秋の空気と混ざって売っているのとは全然違う味に感じた。
「おいしーい!」
「やっぱりこういう風につくって食べるのって、おうちのとは違いますよね」
「⋯⋯うん、たしかに」
初焼き芋を食べたりえちゃんは、なにか観察するような目をして、ひとりで何度もうなずいている。
「りえちゃん、焼き芋はおいしいかな?」
全員にお芋を配り終わったらしい平川先生が、りえちゃんに話しかけた。りえちゃんは顔を上げて、
「先生、焼き芋がこんな風においしくなるのって、どんな理由があるの? 家で難しそうなのは、長い間低温で焼くってところなんじゃないかと思うんだけど」
「うん。その通り」
先生がうれしそうな顔をしたので、あおちゃんと美恵ちゃんはちょっと遠い目になった。りえちゃんだけが楽しそうに目を輝かせている。
「焼きいもが甘くなるのは、さつまいもに含まれる消化酵素が加熱されて別の甘い味の成分をつくるからだよ。この成分が変化する温度が70℃前後と言われていて、この温度帯をいかに長く保持するかが焼き芋のおいしさのポイントになるんだ」
「ふーん、なるほど。加熱による化学変化で味と質感が変わってるんだ」
「調べてみると面白いと思うよ」
「わかった」
りえちゃんの知的好奇心に火がついたらしい。あおちゃん的にも、野菜やお肉は熱を通すといろいろな味に変わる、というのは面白いとは思うけれど、過程に興味はない。おいしければいい。星野さんが喜んでくれたらもっといい!
「ねえ、この後図書館行きたい」
「今日は遅くなっちゃったから、明日にしましょうよ」
「そうですね。おばあさまが心配しちゃいますから」
りえちゃんは焼き芋を頬張りながら、えー、という顔をした。これは今からお付きのひとを付き合わせて、お芋についていろいろ調べはじめるに違いない。大人のおしごとって大変だな。
「せっかく調べるなら、お家でどうやって同じような味が出るかも調べてみるといいよ。あおちゃんも美恵ちゃんも、それなら興味が湧くんじゃないかな?」
「それなら調べます!」
「星野さんにつくってあげます!」
「アンタたち、現金過ぎない?」
平川先生の提案に両手を挙げて賛成したら、りえちゃんににらまれた。
「まあ、明日ね。みんなで図書館に行くわよ」
「はーい」
「はーい」
きんぴか焼き芋が家でもつくれるといいな、と思いながら、でもできなくてもいいや、と思い直す。
今日のことも、それからお芋のことも調べるのも、どっちも思い切り楽しめれば、きっとそれだけでいいのだ。
評価・ブックマーク・感想お待ちしています!




