21 友情のもちもち桜もち
りえちゃんと美恵ちゃんと学校で話していて、お花見をしよう、ということになった。
だって、今日はとってもいいお天気で、街路樹の桜もほろほろと開きはじめていたので。
放課後に近所の公園で再集合することに決めて、あおちゃんは一度星野さんの家へ戻った。速攻でキッチンの戸棚へ向かって、この前つくったマシュマロサンドクッキーの材料の残りをお出かけ用サコッシュに詰める。本当はサンドにしたかったけれど、今は星野さんも奈々ちゃんもいないので火は使えない。ホワイトデーでみんなに渡したら好評だったので、またぜひともプレゼントしたい。
すぐに星野さんのお家を出て、約束の公園を目指す。公園は星野さんの家から学校側に少し歩いたところにあって、遊具もブランコしかない小さな公園だ。けれど植えられている桜はどれも立派で、ご近所中では有名な桜の名所だった。
ご近所のマンションやお家の庭を眺めつつ、早足で道を進む。道路傍では咲きはじめの桜がゆらゆらと風に揺れていて、歩道には菜の花やたんぽぽも咲いてた。顔を上げても下げても春とご挨拶できる。今度、星野さんにもこの道の様子を教えてあげましょうねえ。
公園に到着すると、すぐに手を振る人影が見えた。
「あおちゃん、こっちですよ!」
公園の桜の木の下で、レジャーシートを敷いている子どもの集団がいた。傍には見慣れたりえちゃんのお守り係のひとがいる。
元気に手を振る美恵ちゃんと、すでにレジャーシートの上でくつろいでいるりえちゃん。
──それから、なぜか腕を組んで仁王立ちしている、ちいちゃな男の子。
「すごい……! 男の子のりえちゃん……! あまりにそっくりで疑いようのないりえちゃんの弟さん感……!」
「そうだろ! ぼくはお姉さまにすごくよく似てかわいいだろ!」
「あっ、そういう感じなんですね」
すでにかなり濃い自己紹介をされたような気がするけれど、ちらりとりえちゃんを見る。
「……コイツは弟の大輝。今日は塾がたまたま休みで、どうしても付いて来たいって言うから、仕方なく連れてきたわ。ごめん」
「どうしてお姉さまが謝る必要があるんですか!」
「女子会に混ざろうとする男は須く燃やされて骨も残らないって相場が決まってんのよ」
「えっ」
「えっ」
「あおちゃんは今なにに驚いたんですか?」
「これって女子会なんです?」
「そうよ。女子だけで集まって、おいしいお菓子を食べておしゃべりする。これが女子会じゃなくてなんなわけ?」
りえちゃんが至極当然みたいな顔をするので、そういうものかとうなずいた。あおちゃんは世の中のことをりえちゃんほど詳しく知っているわけではない。
それは大輝くんも同じらしい。
「……そうなんですか……僕はお姉さまの顔に泥を塗ってしまったでしょうか……」
「あー……さすがにそこまで言うほどじゃないわよ。本当にそうなら、そもそも連れて来てないし」
りえちゃんの返事に、大輝くんの表情がすぐに復活した。どことなく、あおちゃんに近しいものを感じますね。
「大輝くん、はじめまして! あおちゃんです!」
「……大輝だ。今日は邪魔して、悪かった……」
妙に偉そうな口調でいきなり謝罪された。面白い子だ。さすがりえちゃんの弟さん。
「大輝くんって、前から思ってましたけどキャラ濃いですよね」
「お前には言われたくない」
「大輝くんと美恵ちゃんは、前からお友だちなんです?」
「はい。大輝くんはりえちゃんと違ってずっと日本にいましたから、りえちゃんより付き合いは長いですよ。りえちゃんの弟なら、わたしの弟と言っても差し支えないと思います!」
「あるよ」
「あるわよ」
大輝くんとりえちゃんのツッコミをものともせず、美恵ちゃんは自分のリュックをごそごそとまさぐりはじめた。
取り出したのは、プラスチックの容器に並べられたきれいな桜の形をした和菓子だった。
「今日は急な集まりだったので大したものはないんですが、おばあさまに言ったらお茶菓子として注文していた練り切りを分けてくれました。ちょっと渋いですけど、大輝くんはうれしいでしょ?」
「う……うん……」
「大輝くんは、和菓子が好きなんですか?」
「そ、そうだ……」
大輝くんは恥ずかしそうに言って、りえちゃんの隣に隠れるように座った。りえちゃんも小柄な方だけれど、大輝くんはもっと小さい。
「大輝くんは、今何年生ですか?」
「……小学3年生……9歳だ」
「うふふー、あおちゃんよりちいちゃい子とお知り合いになるの、あんまりないので嬉しいですね。どうぞよろしくおねがいします!」
あおちゃんがお辞儀をすると、大輝くんはびっくりした顔をした。なんでそんな顔になるんです?
「この子、年上からちゃんと挨拶されたことないのよ。なんだったら、ひょろっちいから同い年の子にも舐められるし」
「だから性格ねじ曲がって、いきなり先制パンチ喰らわすような危険児童になっちゃったんですよね」
「本当に美恵には言われたくない」
大輝くんはそう言って、どこかで購入してきたらしい紙袋を開けた。
取り出したのは、美恵ちゃんと同じように黒いプラスチックケースに入れられたお菓子だった。
桜の葉っぱと、桜色をした薄い生地でこしあんを包んだ、いかにも春っぽいお菓子。
そして、その隣には同じように桜の葉っぱでつつまれた、まぁるいおはぎも並んでいる。
「わあ! 桜もちですね!」
「変わったおはぎもまじってますね。大輝くん、おはぎも好きでしたっけ?」
「これはどっちも桜もちだ」
「えっ」
美恵ちゃんは目を丸くして、つぶつぶの感じが残った桜色のおはぎを見つめた。
「桜もちは関東と関西で違う見た目をしてるんだ」
「えっ、なんでですか?」
美恵ちゃんの質問に、けれど大輝くんはうっと声を詰まらせた。どうやら大輝くんが知っているのはそこまでらしい。
そこで、りえちゃんがしぶしぶ、助け舟を出す。
「……昔、江戸の長命寺ってところで白焼きの薄いおもちに塩漬けの桜の葉っぱを巻いたものが庶民に広まったのが関東風桜もち。関西では道明寺って尼寺が、もち米を一度乾燥させた粉を蒸して戻したお餅を桜の葉っぱでくるんだものが広まったんだって」
「へえー、どっちもお寺発祥なんですね」
「長命寺は隅田川の近くにあるお寺で、花見客相手の商売だったらしいわよ。それで、道明寺の方はもとがお供え物用で、保存がきくようにつくってたんだって。それを、『桜もちってやつが流行ってるらしい』と聞いて、同じように桜の塩漬けの葉っぱをくるむようになったとか。
というか、こういう話は多分アンタのおばあさまの方が詳しいわよ」
「……もしかしたら、どこかで習ったかもしれません……」
「聞いときなさいよ」
「お前はあんまり驚いてないな」
大輝くんが不思議そうにあおちゃんを見てくるので、あおちゃんはお姉さん面して微笑んだ。
「ふふん。あおちゃん、これは知ってました! これでもあちこちいろんな土地に行ったので!」
「へえ。旅行によく行くのか?」
「そんなものです! 今は定住を希望していますが!」
大輝くんはあおちゃんの事情を知らないので、なんとなく瞳が輝いているように見えた。大輝くんはあまり旅行に行かないのだろうか。そう言えば、りえちゃんも移動先は海外と聞くことがあるけれど、旅行に行った話はあまり聞かない。
まあ、ご家庭それぞれですよね。
りえちゃんは大輝くんの様子を横目で見ながら、タンブラーから紙コップにお茶を注で手渡してくれた。お茶からは甘くていい匂いがする。なんていうお茶かはわからないけれど、紙コップには緑色のきれいなお茶が満たされていた。多分緑茶というやつだ。わざわざ持って来てくれたらしい。こういうところは、りえちゃんってやっぱりおねえさんだなぁと思う。
「ちょうど和菓子ばっかりね」
「あ、あおちゃんはマシュマロとクッキーですよ」
「ああ、いいわね。この前のホワイトデーの残り?」
「えへへー。そうなんです。今日は奈々ちゃんがいなかったのでサンドにできなかったですけど」
「そういや、最近見かけないわね」
「んー……なんか、うちのマンションに帰ってきてないみたいなんですよねえ。廊下でもすれ違わないですし」
多分、裕一郎くんのところにいるのだと思う。
よかった。きっと星野さんも安心しているだろう。なにせ、公園で別行動になった直後から「あそこからこじれたら俺は二度と他人の世話は焼かない」と繰り返し呟いていたので。
「ふーん。まあ、あの家もいろいろあるらしいから。りえにはよくわかんないけど」
「そうなんですか」
「それはそれとして、お菓子をいただきましょう!」
美恵ちゃんがテンション高めの声を上げた。目の前に未知なるお菓子があるので、美恵ちゃんの無限の好奇心が暴走気味らしい。
「この、関西の桜もちをいただいてもいいですか?」
「ちゃんと人数分あるわよ」
「じゃあみんなでいただきましょう!」
りえちゃんがそれぞれにお米のつぶつぶが残った桜もちを紙皿に乗せて配ってから、手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます!」
「いただきまーす!」
「……い、いただきます……」
大輝くんもあおちゃんたちおねえさんを見習って、手を合わせた。美恵ちゃんのテンションにちょっと引いているように見える。
美恵ちゃんはうれしそうに関西風桜もちをひと口くらいの大きさに切ってから口に運ぶ。仕草がとってもきれいで、本当に美恵ちゃんって素敵だな、と思った。きっとおばあさまにいっぱいいろいろ言われているのだろう。
「うーん、食感がぜんぜん違いますね。いつものはお餅がつるんとしてて薄いですけど、こっちは本当におはぎみたいでもちもちしてて、食べ応えがあります!」
「関東のは餅と言っておきながら小麦粉が入ってるのよ。ほとんどクレープよ、クレープ」
「あー、言われてみれば確かに!」
あおちゃんは、関東のも関西のも食べたことがあるので、その味を思い出した。
見た目も違うし、味も結構違う。関東のは薄いお餅にこしあんが包まれていて、あんこがメインでつるんと食べられてしまう。関西の桜もちはもちもちのおもちで、あんこもつぶあんで、あおちゃんは一個でお腹がいっぱいになってしまうのだ。
「あおちゃんも、こうやって食べ比べするのははじめてです。やっぱりけっこう違いますよねえ」
「そうね。りえもはじめて知った時は結構びっくりした。大輝が教えてくれたのよ」
「へえー! そうなんですね!」
みんなで大輝くんを見ると、急に注目されたのが恥ずかしかったのか、きゅっと肩を縮こめてしまう。うーん、おねえさんとしてちいちゃい子に親切にするのは、なかなか難しいですねえ。
「大輝くんは和菓子好きですもんね。昔からおばあさまのお茶の会にも良く来てるみたいですし」
「お前は来いよ。最近全然見かけないけど」
「だってほかのお稽古が忙しいんです」
りえちゃんもあおちゃんも、美恵ちゃんがお稽古をサボりがちなのは知っている。あえて行ってないのだろう。甘いお菓子が出るはずのお茶の会に行かないのなら、それ以上に嫌ななにかがあるのかもしれない。というか、美恵ちゃんは多分興味ない場所でじっとしているのがわりと嫌なんだと思う。
「大輝くんはりえちゃんと一緒で、好きなことはいっぱいお勉強してるんですねえ」
「……お前は、勉強しないのか?」
「し、してますよ! ちゃんと! テストで平均点くらいは取れてます!」
ぎりぎり平均点だけれど。でも星野さんはなにも言わないし、体育がA評価なのを褒めてくれる。
でも大輝くん的には納得していないらしく、じっとりとした視線をあおちゃんに向けてきた。
「……お姉さまの友人としては、どうかと思う……」
「ち、ち、ち。いけませんよ、大輝くん」
関西風桜もちを完食した美恵ちゃんが、おねえさん顔をして人差し指を左右に振った。
「お友だちは、お勉強ができるとか、運動ができるとか、お金持ちだとか、どこのお家の方だとか、両親が揃ってるかとか、そういうので決めるんじゃないですよ。
こうやって一緒においしいものを食べようって言い合って、楽しく過ごせたら十分なんです」
美恵ちゃんは自分の発言に満足したらしく、何度もうなずく。大輝くんのじっとりした視線は美恵ちゃんに向けられた。
「それはもう友だちだからだろ。友だちになるまでには、どうやって相手を選ぶんだ?」
「フィーリングです! 完全に! この子とお友だちになりたいなー、と思って話しかけに行く! これ以外ないです!」
「その割にはお前、友だち少ないだろ」
「わたしがいいな、と思っても、相手が同じようにお友だちになりたいって思ってくれるわけじゃないですからね」
しれっと美恵ちゃんが言ったことに、大輝くんは口をつぐんだ。なにか大輝くんの心に刺さったらしい。
「うーんと、あおちゃんは、たくさんのひととお友だちになりたいですねえ。なので、あおちゃんとお友だちでいたいと思ってくれる子とはお友だちでいたいですし、そう思われる良い子でいたいですね。
ありがたいことに、星野さんには良い子認定されていますので、生涯の心の友の座を目指したいです」
「星野的にはどうなのかしらね」
「大輝くんも、あおちゃんとしてはお友だちになりたいんですけど、どうですか?」
りえちゃんの弟で、美恵ちゃんのお友だちだと思うと、あおちゃんが仲間外れなのはさみしい。
大輝くんは大きく体を揺らして、あおちゃんをにらんできた。
「……その。お姉さまの学友だから! 美恵もお前も! だから、友だちなんかじゃないけど! ……み、道端で話しかけても、いいぞ……」
「わあ! ありがとうございます!」
初対面から、いつでも声をかけてもいいよ、認定された。これはかなりのお友だち度だ。
「よかったわね、大輝。アンタ、美恵より友だち少ないでしょ」
「そ、そんなことありません! 美恵よりはいます!」
「わたしも、最近はお友だちが増えてきたんですけれど……あおちゃんのおかげで!」
「えー、そうですか?」
「はい。奈々ちゃんと星野さんともお友だちになれました」
「あ、そこも含めるんだ」
「それはよかったです!」
なにせ、星野さんも奈々ちゃんも大変素敵な大人なので、最高のお友だちだ。
「ただ、星野さんの一番大事な子ども枠はあおちゃんのものです。そこは譲りません」
「あおちゃんの目が怖いですね。その枠は狙ってませんから安心してください」
「今度は大輝くんにも星野さんをご紹介しますね。男同士ですから、きっとすぐに仲良くなれますよ!」
「星野……?」
眉をひそめる大輝くんに、りえちゃんが後で説明するわよ、と声をかけた。たしかに、ここであおちゃんと星野さんの歩みを説明するには時間が足りない。きっと何日もかかるので。
「お菓子食べたら、桜の木を調べてみません? あおちゃん、色とか形とか、桜なのにいろいろあるのが気になってたんですよねぇ。落ちた花をひろって図鑑で見比べてみましょうよ!」
「わあ、いいですね。わたし、桜もちの葉っぱって本当に桜の葉っぱなのか気になってたんです」
「美恵、生えてる葉は食べないでよ。食用加工されてないから」
「さすがにわかってますよ! ちょっと匂いとかは確認したいですけど」
桜もちを食べながら、桜のお花を観察する。また星野さんと平川先生に報告する話ができてしまいますねえ、と考えてにやにやしてた。
「どう、大輝も一緒にやる?」
りえちゃんが隣の大輝くんを見る。大輝くんは、少し迷ってから、一度小さくうなずいた。
りえちゃんが小さく笑う。
「……りえの友だちは、悪くないでしょ? お金持ちじゃなくても、親がいなくても、勉強ができなくても」
「…………はい…………」
最後はなにかを話していたみたいだけれど、あおちゃんのところまでは届かなかった。
空を見上げると、きれいな青空と、少しあたたかい色になったおひさま、それに照らされた桜の枝がそよ風にふわふわと揺れている。薄い色、濃い色の花弁がたくさん重なって、すごくきれい。
みんなと見れて、よかったです!
みなさんはいつ関西風と関東風の桜もちについて知りましたか? 私は友人に教えられ、あまりに驚いて新幹線に乗って食べに行きました。
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春編を最後までご覧いただき、ありがとうございました。次回は6月頃に初夏編をお届けしたいと思っています。
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今後ともあおちゃんと星野さんたちをよろしくお願いいたします。




