18 いちごを交えた将来に関する各論
「っはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
全身でため息を吐き出すあおちゃんに、りえは思わず顔をしかめた。
「なによ。辛気臭いカオして。せっかくの課外授業だっていうのに」
そう。今日は学童保育の課外授業で、希望する児童と先生でいちご狩りに向かう。
いちご狩りの農場は学校から車で一時間ほどの距離で、バス移動だ。バスの中であおちゃんはずっとしょんぼりとした顔をしていて、隣に座るりえとしてはかなりうっとおしい。
「だってー、今日星野さん、お休みだったんですよー」
「へえ、土曜日に休みなんて珍しいわね」
「そうなんです! なのにあおちゃんは今ここに……!」
「だったら、課外授業の方を休んじゃえばよかったのに」
「だめですよー! りえちゃんと美恵ちゃんと行くのが先の約束ですもん!」
「それならため息なんてつかないでよ。りえたちのためにしょーがなく来たとか、迷惑もいいとこよ」
りえがはっきり言うと、あおちゃんは背筋を正した。何度かうなずいて、改めてりえに向かって深々と頭を下げる。
「そうですね。ごめんなさい! ちゃんと、りえちゃんと美恵ちゃんといちご狩りするの、すごく楽しみですよ!」
「……なら、いいけど」
──あおちゃんの素直なところは、りえはちょっと苦手だ。どうしたらいいかわからなくなる。
「あ、りえちゃんってば照れてます? 珍しいカオしてるー!」
「うっさいわね!」
真後ろの席から茶々を入れてくる美恵をにらみ付けて、改めてあおちゃんを見た。
あおちゃんはもう、機嫌良さそうに笑っている。
「いちごはいっぱい採って星野さんのお土産にします!」
「持ち帰りは別で販売されてるのを買うのよ」
「ええー!」
到着したいちご農場は、ビニールで囲われた建物がいくつもあって、すぐ傍にお土産ものを扱うカフェも併設されていた。お店のロゴもかわいいので、かなり多角経営をしている農家さんらしい。
バスから降りると、春先の陽気で銀色のビニールハウスがぴかぴかと光っていた。参加児童がビニールハウスの前に集まって、農家さんからの注意事項を聞く。その後でさらに先生が同じ内容を繰り返した。今日は学童の課外授業なので、年齢の低い子にあわせているのだろう。
りえももう小学五年生。小学校の中ではかなりおねえさんだ。
「いちご狩りの制限時間は一時間。食べ切れる量しか採っちゃダメだからね。練乳がほしい子は入口にあるから、必要な分だけカップに入れて持っていくように。低学年の子は先生が手伝ってあげるから、こっちに並んでね」
引率の平川先生が、いつもよりゆっくりしゃべっているのが珍しくて、なぜかこっちがちょっとくすぐったくなる。
「あおちゃんたちよりちいちゃい子もたくさんいますね!」
「はい! 私たちもお手伝いしてあげましょうね!」
あおちゃんと美恵がなにやら張り切っている。低学年の児童を前にしておねえさんの自覚が出たらしい。そう言えば、きょうだいがいるのはりえだけだ。
「ふふん。この溢れんばかりのおねえさんパワーを持つりえを見習うがいいわ!」
「りえちゃん、あんまりおねえさんって感じしないですよね……」
「面倒見とかいう字面から一番遠いひとですものね」
美恵は本当にうるさいな!
三人そろってビニールハウスに入ると、中はけっこう温かかった。
ハウスの奥行きに沿って直線に並べられたビニールの隙間から、鮮やかな緑と真っ赤ないちごがちらちらと見え隠れしている。
まだ午前中ではあるものの、ビニールを通して日差しがさんさんといちご畑に降り注いで、いちごの表面がつやつやと輝いていた。
「いちごの生育気温は日中20度から25度。夜間は5度から10度程度にして寒暖差をつけることで発育を促す──らしいわ!」
「おおー、さすがりえちゃん! 下調べに余念がないですね!」
「歩くウィキ●ディアと言っても過言じゃないですね! 今はスマホがあるから、覚えられなくてもとくに困りませんけれど」
「アンタは少しくらいものを覚えなさいよ」
美恵はお稽古はたくさんしているのに、学校の成績はイマイチだ。別に頭が悪いわけじゃなくて、学校の授業をろくに聞いていないせいだろう。興味のないことはとことん無視するのが美恵だった。
美恵の興味はすでにいちごに移っていて、青々としたかわいい葉っぱの間からどーんと乗り出した大きないちごに釘付けになっている。それはあおちゃんも一緒だ。
「わあああああ! かわいいですね!」
「わあああああ! おしそうですね!」
姉妹みたいにそっくりなリアクションをして、いちごをつまんだ。大きないちごをえらんでかぶりついている。とたんに大きな目がきらきらときらめいた。
「んー、甘ーい!」
「練乳いらないですね、これ!」
りえも近くに成っていた小ぶりのいちごを、ひとくちで食べる。たしかに、とても甘い。酸味はほとんどなかった。
「でもこれに練乳を付けるくらいが、りえはうれしい……!」
「なんて暴力的なことを考えるんですか、りえちゃん! あおちゃんもやります!」
「私も、練乳取ってきます!」
ふたりがダッシュで入口の練乳を取りに行っている間、小ぶりのいちごをつまんで、たっぷりと練乳をすくって口に入れる。傍で美恵が見ていたら、練乳かいちごかわからないですね、などと言いそうだが、そんな妄想より今はいちごだ。
練乳いちごは、とっても甘かった。ミルクを感じるまろやかな練乳に、いちごのさわやかな果汁が乗っておいしさが相乗する。いくらいちごが甘いといっても、やはり自然物の甘さだ。練乳の人工的な甘さとは違う。酸味を感じるいちごとあわさってこそ、この練乳の味が完成するのだ。いつの間にか練乳が主語になった気がする。小さなことだ。
「りえちゃん、さっきからちょっとちいちゃいやつ選んで食べてます?」
「そうよ」
「どうしてですか?」
「だって、個体によって味って違うじゃない。ひと口で食べられるのを、たくさん食べた方がいろいろないちごの味がわかるでしょ」
「!」
「!」
あおちゃんと美恵は雷を打たれたように衝撃を受けた表情を浮かべた。
「……ッ大きいいちごは……ッお高いので……ッ! ここぞとばかりに選んでいましたッ……!」
「でも、いろいろな味のいちごを味わうのも普段では絶対にできないぜいたく……! どちらのぜいたくを取ったらいいんでしょう?!」
「どっちも取ったら良いじゃない。りえだって大きいのも食べるわよ」
「天才」
「天才」
「まあね」
そんな風に思い思いにいちごを味わっていたら、あっという間に一時間が経ってしまった。
「じゃあこれからお昼休憩と自由時間だよ。お土産買うひとはお店に行ってね。ご飯を食べるひとは、近くに公園があるから先生と一緒に移動します」
平川先生は引率の先生として、お弁当を持ってきた子たちのために公園へ行ってしまった。
残った子はだいたい小学4年生から6年生くらいまでの、比較的おねえさんおにいさんの児童ばかりだ。彼らはりえたちと同じく、お弁当がないので併設のカフェで食事をするのだろう。
併設されたカフェに入ると、店員のおねえさんに丸いテーブルへ案内される。
テーブルには四つ椅子が用意されてあって、メニューは一枚だけ置かれていた。座席の奥側で引率の先生がお店にいる児童たちを見ている。お休みの日なのに、代休もなくしごとするなんて先生って大変だなと思った。
「このカフェって、フードメニューはそんなにないんですね」
「サンドイッチとかですねー。あっ、でもいちごサンドとかありますよ!」
まあ、これはりえはしっかり下調べしているので、驚くことではない。それも見越して、家の人間にはカフェで食べると言っておいた。
そして星野も美恵の祖母も、連絡事項に『弁当持参』の文字さえなければお金で解決することを選ぶはず。りえの読みは当たっていた。
「……そのサンドイッチを三人で分けて、これを食べない?」
りえが指さしたのは、メニューのケーキ欄だ。
ショートケーキ、タルトケーキ、いちごのババロアが並んでいる。
あおちゃんも美恵も、瞳がかがやいた。
「おおお……食事よりケーキをたくさん食べちゃうなんて……そ、そんなことしたら星野さんに怒られてしまうのでは……?!」
「でもここには星野さんもおばあさまもいない……?! やりたい放題やっても許されてしまう?!」
「許されるわ。きっと」
課外授業──またの名を、遠足。誰かに迷惑をかけたりケンカしたりさえしなければ、基本なんでも許される特別な日。
「じゃあ、あおちゃんはいちごのタルトにします!」
「私はババロア!」
「じゃありえはいちごのショートケーキよ。あと、ちゃんとサンドイッチは野菜も食べるように」
「はい!」
「はい!」
見なさい。このりえのあふれんばかりのおねえさんぢからを……!
運ばれてきたサンドウィッチとケーキたちを食べながら、ふと美恵が切り出した。
「おねえさんと言えば、私たち、次は6年生ですね」
「そうですねえ。早いものです」
「それで、その次は中学生です」
「すごい……! あと一年とちょっとで中学生なんておねえさんになるなんて、全然実感湧きません……!」
あおちゃんが無邪気な様子で笑った。きっと中学生になった自分のことを想像したのだろう。
美恵もいちごのババロアを口に含みながら、なにげなく問いかけた。
「学校はどこへ行きます?」
「ふぇ?」
あおちゃんが至極間抜けな声を出した。美恵はババロアに夢中で隣のあおちゃんの様子が見えていないらしい。構わず話を続ける。
「おばあさまが、お受験するならいい加減どこにするか決めなさいって。私、どの学校がいいとかいまいちピンと来なくて……ふたりはどうします?」
「えっえっ……おじゅけん??」
あおちゃんが大きな目をぐるぐると回しながら、動揺した声を上げた。
あおちゃんは、そして星野は、知らないのだ。
このあたりの小学校では、私立を受験する児童が相当数いることを。
「あおちゃんは……このままみんなと一緒に、近くの中学校に行くんだと思ってました……」
泣きそうになっているあおちゃんに、りえはうなずいて見せた。
「いいんじゃない? りえもそうする」
「え、りえちゃん公立に行くんですか? 意外ですね」
美恵が本当に驚いた顔をしたので、わざとイジワルに見えるように笑ってやった。
「だって、りえはどこの学校行ってもおんなじだし。中学受験する子が多いって言ったってせいぜいクラスの半分くらいだし、落ちたらやっぱり公立になるし、実際は三分の二くらいは公立に入るんだもん。りえはお友だちと一緒にいることの方が大事だから、公立でいい」
りえとしては、中学校は日本国民の義務で通っているに過ぎない。もう大学までのカリキュラムは済んでいるのだから、今さらどこでも同じなのだ。
だったら、りえはあおちゃんと一緒がいい。
りえたちの学区の公立学校は、別にそこまで荒れているわけでもないし、レベルも低くない。公立に行くと言っても、家族からもあまり文句は出ないだろう。
あおちゃんはりえの言葉に、あからさまにほっとした表情を浮かべた。
「よ、よかった……誰も同じ学校に行かなかったら、あおちゃんかなり寂しかったですよぅ……」
「ええー、じゃあ私も公立にしましょうか……おばあさまも、どっちでもいいって言ってましたし」
「アンタの場合は、もう今から準備する程度じゃ間に合わないからでしょ」
「それもそうですね!」
美恵はりえの嫌味を大きく笑い飛ばした。美恵は見た目はおしとやかそうに見えるのに、神社の鳥居より図太い神経を持っている。
「じゃあ、中学校もみんなと一緒に行けるんですね!」
「……あおちゃんは、ずっとここにいるの?」
できるだけ軽い調子で尋ねてみた。
ずっと確認したくて、でもできなかった。けっこう込み入った質問だと、りえにはわかっていたから。
あおちゃんは、あー、と声を漏らしながら、いちごのタルトをつついた。
「……わかんないです……ずっといたいですけど、あおちゃんだけで決められないので、わかんないです……」
「……まあ、そうよね」
「星野さんに三人でお願いしたらどうでしょう? 土下座すれば聞き届けてくれるかも!」
「それはりえが嫌」
「ひとまず、今日はいちごをお土産にしてウルトラキュートなあおちゃんとの楽しい毎日をアピールしてみます!」
多分、それがいい。
星野だってあおちゃんのことはそれなりにかわいがっていそうだし、やはりあおちゃんからのおねだりが一番効果があるだろう。
「みんな一緒に、おんなじ中学校でおねえさんになれたらいいですねえ」
夢見るみたいにあおちゃんが言って、その口にいちごタルトを運んだ。
りえもうなずいて、ショートケーキを大きく切って口に入れる。
これからどうなるかなんて、子どものりえたちにはちっともわからない。いつかは別々の道を行くことになるのだろうと思う。
けれど、できればまたいちご狩りに行きたいし、こうしておいしいおやつを一緒に食べたい。
りえたちはなんでもできる未来があるけれど、今すごくやりたいのは、そんなこと小さなことだった。
星野さんは昔のひとなので、小学生が受験する文化など全く知りません。
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