13 夢見がちなブッシュ・ド・ノエル 後編
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今年のクリスマスは平日だ。なので、クリスマス会は学校が終わってからになる。
一度学校で解散して、荷物を持って美恵ちゃんのお宅に行く。
美恵ちゃんの家は学校から10分くらい離れた、瓦屋根を乗せた和風のお宅だ。りえちゃんのお家と違ってごくごく普通の大きさのお家で、あおちゃんはちょっと安心した。
門に付いた呼び鈴を鳴らすと、玄関が開いて美恵ちゃんが出てきてくれた。
「いらっしゃい。りえちゃんはもう来てますよ」
玄関まで出てきてくれた美恵ちゃんの後ろに、上品なおばさまが立っていた。
おば……おばさまがいいところだ。
背は高くないけれどすらっとしていて、アクセサリーとかピカピカ光ったお高そうな感じのものを着けている。ショートカットの髪もつやつやだ。
おばさまはあおちゃんににっこりと笑いかけてくれる。
「はじめまして、美恵の祖母です。貴方があおちゃんですね。美恵はいつも貴女のお話しをしてくれるんですよ」
や、やっぱりおばあさまだったー!!
「あおちゃんが知ってるおばあちゃんと違う……!」
「おばあさま、お若いんですよね。世間では若作りって言うそうですよ」
「美恵」
ぴしゃりとした声音に、美恵ちゃんがぴゃっと体を固める。教育にこだわりのあるおばあさまと聞いていた。
「あ! あおちゃんです。いつも美恵ちゃんと仲良くしてもらってます! これどうぞ」
そう言って渡すよう、星野さんから何度何度も言われたあいさつをして、手土産をおばあさまにお渡しする。
「あら、ご丁寧にありがとうございます。さあ、お家へどうぞ」
おばあさまにちゃんとごあいさつできて、あおちゃんはほっと息を吐き出した。
部屋に入ると、ちょっとした廊下があって、開け放たれた襖の奥からりえちゃんが座布団に足を放り出してくつろいでいる姿が見えた。畳部屋にいるりえちゃんは、なんだか新鮮な感じがする。
「あ、やっと来た?」
「りえちゃんが早すぎるんですよー」
「アケチに荷物持ってこさせたから、学校からそのまま来たの」
「チート行為ですよ!」
「学校活動じゃないんだからいいでしょ」
「りえさん、いくらプライベートでも、お行儀は大事ですよ」
おばあさまが声をかけて、りえちゃんが嫌そうな顔をする。嫌そうな顔をしながら、ちゃんと座布団の上に正座した。
「りえちゃん、うちのおばあさまが苦手みたいなんですよね。ふふ、いつもわたしが背負っている大変さの何分の一かでも味わえばいいんです……!」
「美恵」
「ひゃい!」
「……今日は私は書斎にいますから、なにかあったら呼びなさいね」
「はい。わかりました」
「おばあさまも一緒じゃないんです?」
こういう集まりではなにかあってはいけないから、と大人が傍に付いているものだと思っていた。星野さんは絶対にあおちゃんをひとりにしないし、誰か大人が傍に付いているようにしてくれる。
「……あおちゃん、お誘いありがとう。でも、私がいない方が楽しめる子もいるんですよ。もちろん、この家の中だけで、お友だちと一緒という条件付きですけれど」
「へえ」
あおちゃんの後ろで何度も美恵ちゃんとりえちゃんがうなずいている。あおちゃんにはぴんと来ないけれど、そういうものなのだろう。
「じゃあ、あおちゃんのぽとふ、あとで食べてください! ちょっと残しておきます!」
そう言ったら、おばあさまはあおちゃんの頭をなでてくれた。
「ふふ。あおちゃんはいい子ですね。ありがとうございます。後で必ずいただきましょう」
おばあさまはそう言って、家の奥へ歩いて行った。
美恵ちゃんはあおちゃんを広間に入れて、そそくさと襖を締める。
「おばあさまはちょっと堅苦しいんですよね。りえちゃん、膝崩してもいいですよ」
「はー、あのおばさまホント苦手。正座とか久しぶりすぎてすぐに足痺れちゃう」
「りえちゃんは美恵ちゃんのおばあさまとお知り合いなんです?」
「親のしごとの取引相手」
「おばあさまは骨董商なんです。お金持ち相手のおしごとだから、わたしにもマナーとかお行儀にうるさいんですよ」
「へー」
骨董。お金持ち。
……思わず広間にある装飾品をきょろきょろと見渡してしまう。星野さんの家よりは広くて、畳が何枚もあるけれど、こう、木の段みたいになっているところ以外に置物はなかった。木の段には掛け軸だけで、その近くにはナナカマドの赤い実が飾ってあった。
「ちなみに、うちに骨董はないですよ。わたしが壊しちゃったら大変なので」
よかった。壊しちゃったらどうしようかと思った。
「じゃあお料理温めましょうか! レンジは隣のキッチンにあります。火は使わないでくださいね」
「はーい」
「はーい」
テーブルに、それぞれ持ち寄ったお料理を和室のテーブルに並べる。
あおちゃんのポトフ、りえちゃんはパン(多分、お家のひとが手伝ってる。チートです)、美恵ちゃんは甘い人参の千切りサラダだった。キャロット・ラ・ペと言うらしい。レーズンとかオレンジとか入っていておいしそうだし、なにか色味がおしゃれだ。
ほかに、おばあさまが用意してくれたという唐揚げとサラダが並ぶ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす!」
ご馳走を食べながら、それぞれ好き勝手なおしゃべりがはじまった。ゲームだって必要ない。お話ししたいことがたくさんあるのがお友達というものだ。
「今年のサンタさんからのプレゼントはなにがもらえるでしょうか……」
プレゼント交換を終えて、美恵ちゃんはあおちゃんからのプレゼントのお菓子セットを抱きしめながら言った。ご近所さんで有名なお菓子屋さんのクッキーセットで、缶がかわいい。
しかし、プレゼントを手に入れたばかりだと言うのに、もう次のプレゼントを妄想するとは、美恵ちゃんもなかなか強欲だ。
「美恵ちゃんはサンタさんになにをお願いしたんです?」
「動画用のタブレットですね」
「うーん、なかなか大胆なおねだりですね。りえちゃんは?」
「りえはとくにリクエストしないの。ほしいモノは大抵手に入るから」
そう言いながら、美恵ちゃんからのステーショナリーセットをしげしげと眺めている。パステルカラーのグラデーションで統一されている、ちょっと大人っぽいデザインのやつだ。
多分、りえちゃんはなにが、というより、誰から、の方が大事な子なのだろう。
「あおちゃんは?」
「うーん。モノじゃなくて体験派なんですよね」
「あー、いいんじゃない? どこかへ連れて行ってもらう系?」
「……! 今までその視点はなかったです……!」
美恵ちゃんが衝撃を受けた表情を浮かべた。美恵ちゃんは物欲が豊富なのだろう。
「ちなみに、どこへ……?」
「へへ。ないしょでーす!」
「なにそれ。やらしー」
「やらしくないですもん」
「さて、そろそろケーキ出しましょうか」
「ケーキ!」
「ケーキ!」
美恵ちゃんが冷蔵庫から持ってきてくれたケーキは、予定通りブッシュ・ド・ノエルだ。
外のクリームはチョコレートで、切り株を模して木の皮みたいにわざとうねった表面になっている。上にはヒイラギの葉と、大きないちごとクリームでつくったサンタさんが乗っかっていた。
「わあ! とってもかわいいですね! サンタさんじゃんけんしましょうよ!」
「りえいらない」
「美恵ちゃんがほしいならあげますよ」
あおちゃんとりえちゃんが遠慮したら、美恵ちゃんのほっぺがぷくっと膨れた。
「違います。いえ、いちごサンタさんが欲しいのは本心ですけれど、こういうのはみんなでじゃんけんして獲得するという行為がパーティーっぽくていいんです!」
「ほー」
「ほー」
レジャーに対してはなにごとも手を抜かない姿勢は相変わらずだ。
それでは、と仕切り直してじゃんけんする。
りえちゃんが勝った。無欲の勝利だ。
「そ、そう……! こういうのでいいんです……! こういうので……!」
「声が震えてる。いいって言ってるのに……」
「じゃ、三等分しましょうか! ちっちゃいですけど」
「……サンタのばらばら死体みたいになるから、それはちょっと……」
結局、りえちゃんが美恵ちゃんに譲ってあげた。美恵ちゃんは正直、かなりうれしそうだった。じゃんけんの意味とは。
切り株のケーキを三等分して、それぞれのお皿に乗せる。断面はロールケーキになっていて、チョコレート色をしたクリームがぎっしりと詰まっていた。
フォークでひとくちサイズに切り分けて、口の中に入れる。
外側のチョコレートクリームは濃厚で、でも甘ったるくない。ちょっとオレンジのような味もした。中のクリームはミルクチョコレートで、なにかさくさくした……くるみとかだろうか? なんだかよくわからないけれどおいしいものが混ぜられている。生地はもちもちなのに薄くて、外側と内側のクリームが口の中でちゃんと混じった味はとても軽やかだ。
あっ、これなんかお高いやつ。
ひとくちであおちゃんがそう思うくらいなので、星野さんが食べたら味わって食べろと注意されるだろう。とりあえず、大事に食べることにする。
でも美恵ちゃんが入れてくれた紅茶と交互に飲み食いしたら、またおいしい。大事に食べたいのに、フォークが止まらない!
ちなみにあおちゃんは食べながらしゃべらないように星野さんに言われているので、その間無言だ。
あおちゃんが無言の間、りえちゃんと美恵ちゃんはおしゃべりを続ける。
「ねえ。美恵の家にはちゃんとサンタが来るのよね?」
「はい。私、いい子なので」
美恵ちゃんはなんの迷いもなく言い切った。すごい。この前寝坊して朝礼遅刻してたのに。どこから来る自信なのか。
「りえは見たことないんだけど、美恵は見たことある?」
は! なんてギリギリのラインを攻める質問なんですか!
思わずにらむものの、りえちゃんは素知らぬ顔でケーキを食べて幸せそうな顔を浮かべている。糖分で頭ゆるゆるになったんです?!
美恵ちゃんはなにも気にせず、神妙にうなずいた。
「ええ。夜中に偶然目が冷めた時、ちらっと人影が見えました。ちゃんとサンタの帽子を被っていて、起きたら枕元にプレゼントが置いてありましたよ。サンタさんは良い子のところにちゃんと来てくれます……!」
「そ。よかったわね」
「訊ねておいてあっさりし過ぎの反応なんじゃないですか……?! あおちゃんもなにか言ってやってください!」
「えー? うーんと、ケーキおいしいです!」
「おいしいわ」
「おいしいですけども!」
ごはんもケーキも食べ終わると、もうお家に帰る時間になった。
あおちゃんはりえちゃんのお迎えの車に乗せてもらうことになっているので、車が来るまでみんなでお片付けをする。
「あ、ぽとふ! おばあさまに持っていかなくちゃ!」
「そうですね。おばあさま、夕食どうしたんでしょう。もしよかったら、あおちゃんが持っていってくれますか?」
美恵ちゃんは、サボりがちなりえちゃんを見張るのに忙しいらしい。あおちゃんはうなずいて、レンジでチンしたぽとふと、りえちゃんのパン、美恵ちゃんの甘いにんじんの千切りをお盆に乗せて、おばあさまの書斎に声をかけた。
「おばあさま、お夕飯ですよー!」
声を掛けると、おばあさまが襖を開けてくれた。
「あら。あおちゃんが持って来てくれたの?」
「はい。美恵ちゃんはお片付け中です」
「そう……ありがとう。あおちゃんはいい子ですね」
おばあさまはお盆を受け取って、やさしく笑ってくれた。
「……あおちゃんは、星野さんのお家にいるんですよね? この前お電話をいただきましたけれど、しっかりした方でした」
「はい。星野さんはとっても頼りになるひとです!」
「……星野さんは、ご両親ではないと聞きましたが……」
おばあさまが、できるだけやさしく言おうとしているのが伝わってきた。あおちゃんのことを心配しているのだ。いいひとだ。
「はい。星野さんは、あおちゃんのお父さんでもお兄ちゃんでも、親戚のひとでもないです。でも、とっても良くしてくれます」
「ご両親は?」
「しんじゃいました」
おばあさまは、眉を下げて、お盆をお部屋に置いてから、あおちゃんの頭をゆっくりとなでた。
やっぱり、あおちゃんのお話はしんみりさせちゃいますねえ。
「ごめんなさい。辛いことをお話しさせましたね」
「大丈夫です。もう前のことなので、だいぶ平気になりました! それに、星野さんもりえちゃんも美恵ちゃんも、みんなあおちゃんと仲良くしてくれるので、全然さみしくないです!」
「そう」
おばあさまはうれしそうに笑ってくれた。
「……美恵の両親の話は、聞いたことがある?」
「あおちゃんと一緒で、一緒に暮らしていないっていうのは知ってます。どうしてかは知りません」
できるだけ表情を変えないように答えた。家族の話というのは、気を遣う話題なのだ。みんな同じご家庭ではないので。
だからおばあさまも慎重に言葉を選んでいる。少し考えながら、話を続けた。
「……美恵は両親と暮らしていないのですけれど、生きてはいます」
「そうなんですね。あおちゃんと同じじゃなくて、良かったです!」
「……でも、ふたりとも、美恵と一緒に暮らそうとはしませんでした。私の教育の至らなさで、孫にかわいそうなことをしてしまいました」
おばあさまは、なんだかとても辛そうに見えた。どうして美恵ちゃんのお父さんとお母さんが一緒に暮らしていないのか、今の説明ではあおちゃんにはわからない。
でもそれって、そんなに辛いことなんだろうか?
「うーん。ご事情はあおちゃんにはわかりませんが、別にお父さんやお母さんがいなくても、楽しく過ごせますよ。りえちゃんが、『今の日本は4組に1組はリコンするのよ』とか言ってましたし、多分、クラスメイトにもそういう子はいます。美恵ちゃんは毎日楽しそうにしてますし、気にすることないですよ!」
なにせ、あおちゃんが毎日楽しいのだ。断言できる。
おばあさまはやさしい微笑みを浮かべて、またあおちゃんの頭をなでた。
「……美恵は、うちで貴女の話ばかりしています。きっと、元気でやさしい貴女と一緒にいるから、楽しいのでしょうね」
「へへへ。そうだったらうれしいです!」
そうかー、美恵ちゃんはあおちゃんのお話をいっぱいしてくれるのかー。なんだか照れますねえ。
「あおちゃーん! アケチ来たー!」
「はーい!」
「気をつけて帰ってくださいね。星野さんによろしくお伝えください」
「はい、今日はお邪魔しました!」
星野さんに言われた通り、ちゃんと頭を下げてお辞儀をして、美恵ちゃんの家を出た。
──おばあさまは、どうしてこの話をあおちゃんにしたんでしょう?
お友だちだから、知っていてほしかったのかもしれない。
内緒話というのは、抱えている側もしんどいものなので。
星野さんの家に帰ると、きれいな格好をした奈々ちゃんがいた。
黒いぴかぴか光る生地のロングワンピースに、胸元にさらにびかびか光る大きな宝石が付いたネックレスとじゃらじゃらしたイヤリングを着けている。
普段着でもきれいなおねえさんだと思っていたけれど、きれいな格好をすると、本当に動画の中のモデルさんや役者さんみたいだ。
そんなきれいな奈々ちゃんは、金ピカラベルのビール缶をすごい勢いで空けている。ソファに座る姿もかなりやさぐれていた。
「あれ? 裕一郎くんはどうしたんです?」
「裕一郎なんて知りません」
どうやらケンカしてきたらしい。裕一郎くんはなにをしているんだろう。
「今日はごはん食べちゃったので、もうお風呂入って寝るだけですよー」
「いいです。あおちゃんの生態を眺めてビールでも飲んで癒やされます」
あおちゃんのことをなんだと思っているんでしょうか……。
とは言え、星野さんはおしごとで今夜はいないので助かるのは間違いない。
奈々ちゃんはおつまみのスルメを憎々しげに噛み締めているけれど、意識ははっきりしていた。そっとしておいて、あおちゃんはお風呂に入る。
「奈々ちゃん、あおちゃんが寝ちゃったらお家帰ってくださいね。お泊りしたら、多分裕一郎くんが心配しますよ」
「だから、あんな男知りませんってば」
奈々ちゃんがムキになっている。なにがあったんだろう。
でも、好奇心より眠気の方が勝った。たくさん遊んで、たくさんおいしいものを食べたので、もうすぐにも夢の中に入れそう。
「奈々ちゃん、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい。クリスマスですからね、良い夢が見られますよ」
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朝。目が覚めたら、ベッドの横にきれいに包装されたプレゼントが置いてあった。
ふたつ。
ひとつは奈々ちゃんからかもしれない。あとでお礼を言っておこう。
多分、きれいな赤色の包装紙にきんぴかのリボンが付いているやつが奈々ちゃんからので、ちゃんとしたプレゼント用包装ではあるものの、まっ黒くて小学生の女の子へのクリスマスプレゼントと思えないような見た目なのが星野さんからのだろう。
まず赤色の包装紙のやつから開ける。
おしゃれな子ども用の調理器具セットが入っていた。
「あおちゃん専用の包丁……!」
すごい! 奈々ちゃんは天才なのでは?
たしかに、大人用のだから危ないわけで、子ども用ならちゃんと使えば大人用ほどの危険はないはず。これなら星野さんも野菜を切ることまでは許してくれるかも!
「……星野さんのは……」
黒い包装紙をていねいに開くと、手のひらサイズの箱が現れた。
こ、これは……!
「ほしのさぁーーーーーーーん‼︎‼︎‼︎‼︎」
声を上げてリビングに走る。
「朝からうるせえ!」
夜勤明けでリビングのソファでくつろいでいたらしい星野さんが声を荒げた。
気にせず星野さんのお腹に飛び込む。腹筋がごつごつしてちょっと痛い。
「これ! クリスマスプレゼント‼︎」
「ああ」
──キッズ携帯だった。
あおちゃんは今までこういうのを持ったことがない。長らく連絡する先がなかったので。
「お前のお願い、サンタさんから伝言があった。『叶えてやれ』ってな。そっちは心配することねえから、それは俺からだ」
サンタはいる、という設定は崩さない方向らしい。
なんでもいい。すごくすごくうれしかった。
「これで星野さんにいつでも連絡できますね!」
「そうだな。ちゃんとルール決めるから守って使えよ」
「はい! あ、使い方教えてください!」
「お前が学校から帰ってきてからな」
「星野さん、ちゃんとお家います? つぎのおしごとは?」
「今日は休みにした」
「え!」
年末だから忙しいって言ってたのに。
あおちゃんが目をまぁるくしていると、星野さんがやさしく笑った。
「……クリスマスだろ」
「わああぁああ! 星野さん、お休み取ってくれたんです⁈」
「職場の奴らがうるせえんだよ。ガキがいるヤツは強制休暇だと」
「じゃあ、今日はあおちゃんとクリスマスですね! ごちそうとケーキ食べましょう!」
「……昨日も食べたんじゃねぇのか?」
「それはそれ。これはこれです」
「……まぁ、そういうことにしておく。じゃあ、俺は寝てくる。お前は学校行けよ」
「はーい!」
テンションが限界突破した状態で、朝の支度をはじめる。顔を洗ったあおちゃんの顔が鏡に映った。にまにましている。
サンタさんへのお願いごとは、心配することないらしい。
──星野さんと、ずっと一緒にご飯食べたいです。
そんな、お願いだったけれど。
「へへへー! りえちゃんと美恵ちゃんに自慢しちゃいましょう!」
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寝静まった街。平屋の一軒家に、声を潜めた男女が訪れた。
──毎年のことながら、迷惑なこと。
すっかり寝入っている美恵を起こさないように玄関の扉を引く。
そこには、かつてこの家に住んでいた娘と、元婿が不安そうな表情を浮かべて立っていた。
「お母さん。美恵は寝てる?」
「ええ。今日はお友だちとクリスマス会をしていましたからね。疲れてぐっすり眠っていますよ」
一年ぶりに家へ来たが、相変わらずだ。あいさつもろくにしない。それに、いつも不景気な顔をしている。少なくとも、この二人は自分の前でずっとこんな顔をしていた。
──不甲斐ない己が身をわきまえるなら、こんな都合のいい親ごっこなどやめてしまえばいいのに。
「じゃあ、クリスマスプレゼント置いてきます」
娘と元婿が、不躾に家へ入って美恵の寝室へ向かう。
毎年、彼らが来るのは日付も変わった深夜だ。
互いに別の家庭があり、それぞれに子どもがいた。
そのどちらにも、美恵には居場所がない。
馬鹿娘たちがそうしたのだ。
だからこの家で美恵を育てることにした。血縁関係は祖母だが、戸籍上では母親だ。
今振り返れば、しごとにかまけて娘の教育を疎かにしていた。稼いだお金で、良い教育機関を選べたと思っていたが、それでは娘はダメだった。
気がついたら、娘は依存する先をしょっちゅう変えるような女性になってしまっていた。
いくら後悔しても、娘はもう戻れない。
娘は今の生き方が、どれほど恥さらしなことなのかわかっていない。恥とも思わず、自分が悪いとも思っていない。
だからこうして、都合良く親の義務を果たしたと思いたくて、クリスマスと誕生日の日にだけプレゼントを持ってやって来る。美恵に会わせるつもりはないが、モノだけは渡すことを許可していた。
美恵はこれからだ。自分で歩いていける自立した女性になってほしい。
だから、大切に、大切に見守りたい。
娘たちが美恵の部屋から出てきた。物音を立てないような動きは、こそ泥のようにも見える。
「終わったなら帰って頂戴。貴女たちと違って、私にはしごとがあるの」
「……お母さんは、ずっとそうね。私の実家じゃないの?」
「美恵を置いて行った時点で、貴女とは縁を切ったわ。ここを実家だなんて、厚かましいにもほどがある」
睨みつけると、娘の瞳に涙が浮かんだ。
美恵はもっともっと悲しい思いをしているだろう、なんて、思いもしていない無神経さが苛立たしい。
「早く帰って」
さっさと二人を追い出して、鍵を掛ける。
なんとなしに不安になって、美恵の部屋にそっと入った。
今夜ははしゃいでいたから疲れていたのだろう。ぐっすりと眠っている。良い夢を視ているのか、ふにゃふにゃとうっすらした笑みを浮かべている。その様子に、思わずこちらの口元もほころんだ。
きっと、子どもにクリスマスの奇跡なんて必要ない。
子どもの周りには、いくつもの奇跡がある。日々笑い、学び、気付き、成長する歓びに満ちあふれている。
そんな子どもたちを通して夢を視ているのは、大人たちの方だ。
贖罪。希望。エゴ。子どもが子どもらしく、幸せでいてほしいという願い。
子どもの心を忘れた大人たちは、子どもたちを通して夢を視ている。
いつかこの夢が夢でなくなる瞬間がやって来るだろう。
その時に、希くば、夢よりかがやく現実を進んでほしい。
そんな願いが込められているのが、この日なのだと思う。
「メリークリスマス。いつも善い夢をみせてくれて、ありがとう」
皆さま、メリー・クリスマスです!
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