どうぞ、ご勝手に
私は、ヴィオレッタ・アルカランテ。
アルカランテ帝国の第六皇女で、側妃の母は没落した男爵家の出身。
没落しているので後ろ盾なし。
ついでに母も五年前に流行病でこの世を去った。
表向きは帝位から一番遠いのに、目の色と三つの異能を知られると、一気に祭り上げられてしまう。
だから前髪を伸ばして、自信なさげに俯くのが常。
そんな私は、後宮では空気のような扱いになっている。
危うく忘れ去られ、餓死しそうな時に、たまたま侍女になってくれる人と護衛になってくれる人を見つけて、今日も何とか生き残っている。
今我が国では、帝位争いの真っ最中だ。
私は空気だから関係ないが、この数年で側妃と皇子、皇女が何人も死んだ。
もともと、皇子が18人、皇女が6人いた。
現在は皇子が7人、皇女が4人。
帝位争いがどれほど苛烈か、これでわかるだろう。
私も危うく、巻き込まれかけたことがある。
私の異能で、何とか逃げ切ることができたが。
異能があって良かったと言うべきか、異能がなければ祭り上げられる心配がないと思えばいいのか。
いや、やっぱりこの帝国に生まれた時点で、異能はあった方が良かっただろう。
異能がなければ、この年まで生きていない。
もう私は空気でいいから、他所で勝手にやってて欲しいと言うのが、切実な気持ちである。
私は毎日異能を使っているせいか、異能が日々強くなっている。
それに合わせて、紫色の目が宝石のように煌めいていくのだ。
おそらく異能と目は、何らかのつながりがあるのだろう。
そう言う勉強は受けていないから、わからないけど。
私の日課は、専ら読書か刺繍だ。
部屋の外に出れば何があるかわからないから、極力外に出ないようにしている。
それに私はもともと身体が弱いので、部屋にいるのは苦痛にならない。
外に出る時は異能を使って、どこが安全か見てから出かける。
少しでも油断すると、危険だから。
今日の私は、侍女のシャロンに差し入れてもらった本を、読み耽っている。
特に好きなジャンルはなく、書庫の本を手当たり次第、順番に読んでいる。
かれこれ、3〜4年は読み続けているから、結構な量を読んでいると思う。
兄や姉たちと違って、家庭教師もいないので、教育は受けたことがない。
私の知識は、全て本譲りだ。
そんな本と刺繍に囲まれた毎日を過ごしてきたのに、皇帝の一言で、全て崩れ去ってしまった。
全ての皇子と皇女が集まって、晩餐をすると言うのだ。
皇帝は帝位争いを面白がっている。
時々難題をふっかけたり、争いを煽ったりする悪い癖がある。
巻き込まれる方は、たまったものじゃゃない。
けれど、皇帝の言葉を無視するという選択肢はない。
避けられない場合は、予知をしないようにしている。
だって避けられないのに、知っていても虚しいから。
今回は何を仕掛けられるのか。
私は胃が痛くなりながら、晩餐の準備に取り掛かったのだった。
―――――
物理的にも精神的にも重い身体を動かし、晩餐会場である皇城の第一食堂にやって来た。
王女と言えど、私は一番立場が低いので、一番早く会場入りしなくてはいけない。
だから実際の1時間ほど前に会場に来た。
使用人がまだ準備をしている途中であったので、部屋の隅っこでしばらく待つことにした。
30分前になってくると続々と集まってきた。
私は一人一人に頭を下げ、自分が下であることを示した。
私は毒にも、薬にもならないので、放っておいてほしい。
そんな気持ちを込めながら、頭を下げる。
まあ他の皇族たちは、私など眼中にないので、チラリと視線だけ向けて席についていった。
私も使用人に促されるまま、末席に座ることになった。
予定時間から少し遅れて、皇帝が食堂にやってきた。
皇帝の合図で、地獄の晩餐が始まった。
無言のまま進む食事は、緊張で全く味がしなかった。
「気高き竜は、いかにして竜となったか。お前たちはどう思う?」
「初めから高貴な竜だったのでしょう。」
「気高き竜は、他の竜を守ったのでしょう。」
私は皇帝の質問に心当たりがあった。
ある書物に書かれていた『登竜門』のことだ。
鯉が流れの激しい急流である竜門を登ると、鯉でも竜になれるという話だったはず。
皇帝の意図が私の思っている通りなら、他の皇族の答えは的外れなのだろう。
だが急にどうして、この質問をして来たのだろうか。
「末の皇女はどう思う?」
「鯉は、困難な急流を登ることで、竜となります。気高き竜は、気高くあろうとするから気高いのだと愚行いたします。」
私は咄嗟に、何も考えずに答えてしまった。
そして答えた後で、ハッと気づいた。
他の皇族が、蔑む表情で見ているのに対し、皇帝の表情は面白そうに笑みを浮かべた。
「ほう。面白い答えだ。皇女よ、名は何と言ったか。」
ヒィィィィーーー
「……ヴィオレッタと申します。」
「うむ、精進するといい。鯉も竜になれるのだから。」
やめてぇぇぇーーー
他の皇族が、一気に敵意を露わにした瞬間だった。
私の馬鹿、私の馬鹿、私の馬鹿ーー。
皇城では一つのミスが、命取りになる。
それを実感した瞬間だった。
帝位なんて興味ないから、他所で勝手にやっててよ!
内心絶叫しながら、晩餐は不穏な空気を漂わせて幕を閉じた。
ーーーーー
あの晩餐の翌日から、私の部屋には早速贈り物が届けられた。
この数日、休みなく送られる贈り物。
名前のない贈り物。
中身は虫の死骸から動物の死骸まで、多種多様。
出しゃばればこうなる、と言うのを示唆しているのだろう。
また、食事には毒が混ぜられるようになった。
私は異能があるので問題ないが、料理に対する冒涜である。
私は気分を変えるために、久しぶりに書庫に向かっているところだ。
人通りの少ない場所を選び、シャロンと護衛のシエロと共に書庫への道を歩く。
だがそれが間違いだったと、後から気がついた。
人通りが少ないと言うことは、目撃者が少ないと言うこと。
つまり、暗殺がしやすいということなのだ。
「シャロン!シエロ!」
異能によって察知した刺客の刃を、手に持った扇子で弾き返す。
…1、2、…8
「8人よ!」
隠れている刺客も含めて、二人に伝える。
刺客たちは一瞬動揺したようだが、すぐに暗殺へと移行するのだった。
私身体が弱い。
だけど戦えないわけではない。
ただ、身体が弱いことも事実なので、長期戦は無理だ。
なので短期戦、予知で最短の道筋を読んで制圧していく。
「はあ…。これどうしよう?」
刺客は尋問しても吐かないだろうと思いつつ、二人は生きたまま捕えてある。
廊下は血まみれ、五体の死体。
これを処理するための伝手など持っていない。
パチ、パチ、パチ
途方に暮れていた私の耳に、手を叩く音が聞こえる。
新たな面倒事に顔を引き攣られつつ、その方向へ身体を向けた。
嫌な予感は的中。
そこにいたのは皇帝とその側近だった。
手を叩いたのは皇帝。
驚きで目を見張っているのが側近だ。
私たちは皇帝に礼をしようとしたが、手で制された。
「見事な腕前だ。まるで全てわかっていたみたいに。」
皇帝が近づいてくるが、私たちは逃げたくても動けない。
皇帝が私に手を伸ばし、私の長い前髪を上げた。
視界がクリアになり、皇帝の顔がいつもよりはっきり見える。
「紫水晶か。透明度と煌めきが強い。これほどまでの目と異能を隠し通していたとは。ふっ、面白い。実に面白い。」
皇帝は手を離し、周囲を見ながら面白いと呟く。
「これらはこちらで処理しよう。行くといい。」
「御意に。」
言いたいことを全て飲み込んで、皇帝の前を辞した。
皇帝の視線を背中に感じながら、書庫への道を急いだ。
次の日。
とある皇帝のお触れが、皇城中、いや、帝国中を騒がせた。
『第六皇女ヴィオレッタを、次期皇帝候補筆頭とする』
「はあぁぁぁぁぁ!?」
とある後宮の一室で、そんな絶叫が響いたのだった。
いやもう本当に、帝位争いなんて、他所で勝手にやっていてよ!
私を巻き込まないで!!




